第161話 次元転移装置
帰還する『エンジェル・ウィング』を送ってワルザドの街までやってきた。
昨日は途中のバスマで一泊している。
たまには皆もベッドでのんびり眠りたいだろう。
俺はパティーと一晩を共にした。
次に会えるのは1か月以上後だ。
俺が帰還するか、パティーが第八階層に戻ってくるかのどちらかだ。
「魔石とレポートの提出を頼むよ。パティーが戻ってくるまで探索を進めておくからね」
「ええ。気をつけて」
少し寂しそうな笑顔を見せて、パティーは六層へ転送されていった。
俺たちは転送ゲートを離れて、ワルザドの交易所へ向かう。
以前もここでいろいろ買取をしてもらった。
たしかサマドという名前の番頭がいたはずだ。
大きな扉をくぐると、帳面をつけているサマドと目が合った。
「ようこそいらっしゃいました。以前も当店をご利用していただいた冒険者の方々でしたな」
「こんにちは。こちらでは魔物の素材の買取もしていましたよね?」
「ものによりますが」
サマドの視線が表に停めた車両に動く。
「見てもらった方が早いよね」
「拝見いたしましょう!」
良い商いの匂いを感じ取っているのか、サマドの目が期待に満ちている。
それなりにいいものが揃っていると思う。
デザートドラゴンの角と血液、第八階層で獲れたアイスウルフの毛皮などだ。
数は少ないが稀少なモノばかりのはずだ。
「これは……見たことのない毛皮です」
「デザル神殿の向こう側にある、氷の世界に住む狼の魔物ですよ。砂漠ではまずお目にかかれない品だと自負しています」
サマドは一見興味もなさそうな顔をしている。
だが、近距離ではスキルのスキャンが使える俺を誤魔化すことはできない。
毛皮を見た瞬間から脈拍や体温が微妙に上昇している。
本心ではかなり心惹かれているようだ。
これは買取価格も期待できそうだな。
値段交渉はゴブに頼んだ。
砂漠の民はゴブのことを
法外な値段はつけてこないだろうし、ゴブは口もうまいし頭も回る。
俺なんかよりよっぽど適任なのだ。
俺はこの手の交渉事が本当に下手だ。
俺だけではない。
ボニーさんとジャンは面倒な交渉などすぐに終わらせたがるし、神殿で暮らしてきたマリアも世俗のことには縁が薄い。
みんな相手の言い値で売ってしまう。
以前は会計のメグがこのような交渉事を全て引き受けてくれていた。
いなくなって分かるメグのありがたさだ。
「さすがにメグ様の域には到底及びませんが、マスター方が交渉するよりは幾分か値を吊り上げることはできましょう。お任せください」
情けないがその通りだ。
ここでの売り上げによって探索可能日数が変わってきてしまう。
頼んだぞゴブ!
ゴブの頑張りもあって、素材は全部で76万ディルで売れた。
やはり希少価値が高いアイスウルフの毛皮に高値がついた。
これで当分は探索が続けられる。
食料と木材と金属を買い足して再び第八階層へと移動した。
帰り道にルートを外れて北天山脈のオイワキ聖堂へよった。
大量になってしまった荷物の一部を第五層の小部屋に送ってしまおうと考えたのだ。
ここには一ノ瀬瑞樹さんが作った次元転移装置がある。
「マスター、移送させる物資を一つにまとめました」
ゴブが転送させる荷物を木箱に入れてやってきた。
「ご苦労さん。魔法陣の中央に置いてくれ」
魔力を送りながらスイッチを入れると、巨大な次元転移装置が低いうなりをあげて起動した。
「300年ぶりに動かすからいろいろチェックしないとね」
「これがプレイスサーキットですな」
「その通り、そこに正確な座標を入れる必要がある。まずサーキットのスイッチを入れる。上が行きたい世界の座標。下がその世界内での座標。座標は自由にセットできる」
この場合は第七階層という亜空間から、ボトルズ王国という国が存在する世界を選択する。
日本へ行きたいのならば日本が存在する世界を選択する。
実際に行くことはできないのだが……。
「これがあれば我々も簡単に帰還がかないますな」
「それがそうもいかないんだよ」
普通、転送装置は二つの装置の間を行き来するものだ。
ところがこれは一ノ瀬さんが地球に帰りたい一心で作り上げた次元転移装置であり、これ単体で用をなすように作られている。
便利と言えば便利なのだが途方もないエネルギーを消費するのだ。
しかも対象の質量が大きくなればなるほどエネルギーは余計にかかり、生物を送ろうとすれば、安全装置のようなカプセルに入れなければならないので必要MPは一気に跳ね上がる。
「人間を送ろうと思ったらどれくらいのエネルギーが必要なのですか?」
「こいつの動力はMPだ。そして人間をネピア内の任意の場所に送るには安全カプセル一つ分で1.21ジゴMPが必要になってくる」
「1.21ジゴMPですと!?」
「ああ。俺の保有MP量じゃとても足りない。Bランク以上の魔石が必要となるな。帰還するたびにBランクの魔石を使うなんてやってられないだろう?」
ちょっとした旅行に行く度にロールスロイスの新車を購入するようなものだ。
電車や飛行機など既存の輸送手段で行った方がはるかに安くつく。
だいたいBランクの魔石なんてカイジンレベルの魔物を倒さないと出てこないのだ。
この前出てきたBランクはパティーに持って行ってもらったので手元にはない。
さらに言えば地球に帰還するために必要なMPを確保しようと思ったらSランクの魔石でも足りないというのは前述したとおりだ。
結局、一ノ瀬さんは故郷に帰ることはできなかった……。
「この荷物を送るのは大丈夫なのですか?」
「これだけなら問題ない。カプセルもいらないから俺のMPだけで送れるよ」
カプセル一つが1220kgもあるのが問題なのだ。
もっとも転送する人員の安全を担保するにはかなりの剛性が必要なので仕方ないと言えば仕方ない。
ぎゅうぎゅうに詰めれば6人くらい乗れる大きさでもある。
「そこのレバーをゆっくり倒してくれ。ゆっくりだぞ」
「このレバーは?」
「そいつは、あそこのタービンにつながっている。一ノ瀬さんの計算が正しければ、タービンの回転スピードが時速88マイルになった瞬間に荷物は転送されるはずだ」
ゴブがレバーを倒すと、ゆっくりとタービンが回り始める。
回転と共に魔法陣が輝きだしたぞ。
「いいぞ。もっとまわすんだ」
ゴブが徐々にレバーを深く倒していく。
回転はますます速くなり、魔法陣が目も眩むほど青く発光しだした。
そして回転がちょうど時速88マイルになった瞬間に魔法陣の上の荷物は消えていた。
俺のMPも54万減っている。
「よし。成功のようだな」
たぶん『不死鳥の団』の居間に荷物は届いているはずだ。
「これで荷台がだいぶスッキリしますな」
「ああ。その分資材や食料を乗せるけどね」
次の第八階層への遠征は1か月は継続したいところだ。
いきなり北の祠は見つからないだろうが、集落を探して少しずつ北を目指してみよう。
「おっさーん、飯ができたぞ!」
ジャンの声がする。
今夜の料理当番はジャンだ。
あいつは手先が器用で料理もうまい。
大きな声では言えないが、ボニーさんやマリアよりも上手だ。
階上から漂ってくるのはラムチョップの香草焼きの匂いだな。
「ほほう、匂いから察するにジャン様はまた腕を上げられたようですな」
「そのようだな」
八層に行ったらトナカイかアザラシの肉ばかりになるだろう。
トナカイの肉は美味しいけど、やっぱりビーフやチキンやラムの方が俺は好きだ。
七層にいるうちにたっぷりと食べておくことにしよう。
「おっさーん、早く来いよ。飯が冷めちまうだろう!」
美味しく作ったものは、温かいうちに食べてもらいたいのが料理人の心というものだ。
ジャンの気持はよくわかる。
俺は小走りで階段を上った。
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