第160話 二人は冒険者

 ワイヤーフックに括り付けられたカイジンの首が波間にぷかぷかと浮かんでいる。

かつて博物館で見た恐竜の模型のようだ。

あれはなんという名前だったろう。

地球で見た首長竜の名前を思い出そうとしたが記憶の海から浮かびあがるものはなかった。

カイジンの首から下と一緒だ。

綺麗に切断された身体は海の底へと沈んでいったようだ。

今さら拾いに行く気はしない。

とりあえず頭を氷の上にひきあげよう。

魔石をドロップすると思うから。

ボニーさんだってそのためにカイジンの頭を確保してくれていたのだ。

それとも見せびらかしたいだけ?

「お疲れ様です」

「うん……回復と洗浄……して」

戦闘時間はわずか数分間。

その内、ボニーさんが動いたのは1分あるかないか。

だが極度の緊張と集中を強いられたのだろう。

額にうっすらと汗をかいている。

ボニーさんの中の興奮はおさまりきらずに、まだ燻り続けているようだ。


 ボニーさんには休んでいてもらい、他のメンバーとFP部隊で頭部を引き上げた。

デカい目玉は見開かれたまま息絶えている。

牙をむき出し、今にも襲い掛かってきそうな表情を残したままだ。

自分の死を認識する間もなく絶命したんだろうな。

「おっさん、どうするよ?」

「鱗はないんだな……表皮の一部はサンプルとして持ち帰るか。あと牙は素材になりそうだから採取するよ」

「血は? ほとんど流れ出たけど、これだけの巨体だからまだ採れるんじゃねえか」

「うん。血液の標本はなるべく欲しい。ゴブ、薬瓶を持ってきてくれ」

ドラゴン系の血液は薬品として利用できることが多い。

カイジンも海龍の一種みたいだから、その血液も有効利用できる可能性は高いのだ。

外気はマイナス36度だから、わざわざ魔法を使わなくてもサンプルはたちまち凍ってしまう。

保存するのにも楽だ。

「おっさん! 眉間のところが盛り上がってきたぜ。魔石が出るぞ」

カイジンの眉間にこぶし大のこぶができている。

いよいよ魔石をドロップするな。

ひょっとするとCランク魔石が出るかもしれない。

もしそうなら100年以来の快挙だ。

表皮が裂け、ぽとりと魔石が雪の上に落ちる。

サファイヤのように青い魔石だ。

大きさは硬式野球のボールくらいだ。

「おっさん、これって?」

「……Bランクだ」

「……マジかよ。オジー・スミスが第七階層で『砂の冥王』を倒して以来120年ぶりだぞ」

オジー・スミスもレジェンドの一人だそうだ。

彼の率いる『オズ』は第七階層まで到達して、そこで『砂の冥王』という強力な魔物を撃破している。

その時にドロップしたのがBランク魔石だったらしい。

さてこの魔石はどうしたものか。

カイジンの資料だけ提出して魔石を出さなかったら、隠匿が疑われてしまう。

だけど資料を提出するのをやめる気にもならない。

なぜなら、この資料は冒険者全体のためのものだ。

もし俺たちが明日氷原に倒れても、この資料を提出しておけば、後に続く冒険者たちのきっと役に立つ。

パリーが残した日誌と同じだ。

それに、どうせ俺たちが生きた証を残すならよりリアルな方がいい。

Bランクの魔石があれば『不死鳥の団』がカイジンを倒したことを疑うやつは減るだろう。

「みんな、この魔石はレポートと共にギルドに提出したいと思うけど、異議のあるものはいるかな?」

「それで……いい」

「もちろんです」

「金さえ入ればそれでいいさ!」

全員一致で魔石はギルドに提出することになった。

 それにしても大きな頭だ。

素材錬成で解体を行い、荷物を整理して積み込む。

作業をしながら自然とシャムニクに教えてもらった大漁の歌が口をついて出ていた。

オーロラを背に、俺の呟くような歌声は静かに続いていく。



 カイジンを倒した翌日、パティーからの連絡で『エンジェル・ウィング』が地上に帰還することを知った。

彼女たちも一週間の調査を終え、いよいよ物資に余裕がなくなってきたそうだ。

本格的な探索は次回になる。

今回は報告書や魔石などを託しているので、そのお礼もかねてワルザドまで飛空船で送ることになっている。

俺たちも南の祠をベースに周辺を調査している段階なので、待ち合わせ場所は精霊の祠ということになった。

 定時連絡の通信機からパティーの声が響いている。

今日も音声はクリアだ。

「そうそう、アラートアでシャムニクさんに会ったわよ」

パティーの声に笑いが含まれている。

「お、元気にしてたか?」

「ええ。本当によく似てたわ。話には聞いてたけど、イッペイのお父さんと紹介されても全然違和感がないわよね」

シャムニクの家族もみんな元気にしているようだ。

「イッペイによろしく伝えておいてくれと皆に頼まれたわ」

「そうか。爺ちゃんも元気にしてたんならよかった。日に日に寒さがきつくなっているから心配してたんだ」

もっとも爺ちゃんもばかすかトナカイの肉を食べていたから、問題はないだろう。

もうすぐイズガモさんに託した、俺お手製の釣竿が届くはずだ。

喜んでくれるといいけど。

「それからイヌーティって人にも会ったわよ」

げっ! 

イヌーティはシャムニクの二番目の奥さんで、低体温症になった俺を裸で温めてくれた人だ。

俺が意識を失っている間に色々としてくれていたようだが……。

「そ、そうなんだ。イヌーティさんも変わりないかな?」

「ええ。イッペイに早く帰ってきて欲しいって言ってたわ」

ちょっとイヌーティ、パティーに何言ってくれちゃってるの!?

「パティー、誤解があるといけないから言っておくけど、俺は何もしていないからな!」

「……」

「おい! 嘘なんてついてないぞ!」

「知ってるわよ。イッペイがケナガに攫われて、その後一人で氷原をさまよって死にかけていたところをシャムニクさんたちに助けられたんでしょう?」

「うん」

「私だってパリーの日誌や、実際にアラートアを訪ねて氷原の民の文化は学んだわ。主人が客人をもてなすために奥さんを差し出したり、新たな遺伝子を取り込むために旅人と閨ねやを共にすることも知ってる」

「だけど、俺はイヌーティさんとは何もなかったからな!」

「わかってるって。イヌーティさん本人から聞いたから。イッペイと裸で抱き合って寝て、イッペイが寝ている間に……ちょっといじって遊んでたって」

確かに全部事実だ。

まったく間違っていない。

なんの救いにもならんが……。

「あのさ……俺――」

「大丈夫! 私は怒ってないよ。イヌーティさんは凄くあっけらかんとした人で、私がイッペイの婚約者と知ってわざわざ話してくれたの。その上で「イッペイを三番目の夫にしたい」って真剣に相談されたわ」

そこまで知ってたのね。

「もしこれが、コンブウォール鉱山の代官のコーデリアみたいな嫌な奴だったら許さないところだけどね」

ああ、そんな人もいたよな。

確か特殊な性癖を持ったお姉さんだ。

「ところでパティーはイヌーティさんになんて答えたの?」

「もちろん「ダメ」って答えたわ。氷原の民の文化は認めるけど、私はイッペイが他の女を抱くのを見ながら、他の男に抱かれる趣味はないのよ」

そんなの俺だって嫌だ。

「……本当のこと言うとイヌーティさんとのこと……少しだけ嫉妬してる」

当たり前だよな。

パティーが寒さの中で倒れて、シャムニクが裸でパティーを温めたとしたら……。

あまり考えたくないな。

いくら自分にやましいところがなくてもパティーを不安にさせたことは変わらない。

「……ごめんな」

「うん。その代わり……今度あったら…い…て」

「え? なんて言った?」

「だから……、今度会ったら、いっぱい愛してね……」

そうだね。

心の隙間を埋め尽くしてしまうくらいいっぱい愛し合おう。

ぴったりとくっついて、境界線がなくなるくらい一つになってしまえば、きっとお互いに安心できるはずだから。


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