第155話 カイジン
氷原のシャーマン、アーパの手が眩く光りイズガモの脚を癒していく。
これが神聖魔法の法術というやつか。
俺の回復魔法と違い、カッコいいエフェクトがかかっている。
いかにも癒しって感じで緑がかった光がクールだ。
俺の回復魔法は発動しているって様子がまったく見えないもんな。
ありがたみが全然ない。
やはり神聖魔法は宗教関係らしく雰囲気とかパフォーマンスを大事にしているのかもしれない。
アーパから発せられる光が少しずつ収まっていくが、傷は全快していなかった。
「ふう……だいぶ化膿しておる。少し休ませておくれ」
一度には治せないようだ。
アーパの保有MP量はあまり高くないのだろう。
総じて第七階層や第八階層の住民たちはMP保有量が低い。
だから魔法を使える人が極端に少ないのだ。
俺が治してやれば早いのだが、そんなことをすればアーパの面目が潰れてしまう。
せいぜい傷口を消毒してやるくらいにとどめておこう。
「ありがとうアーパ婆。少ないがアザラシの肉でも食ってくれ」
治療を受けたイズガモが上半身を起こそうとしている。
さっきより顔色はよくなっていた。
「余計な気を使うでない。最近は不漁なんだろう。そんなものよりお湯を一杯おくれ。今日は冷えてかなわんよ」
こうして家の中で改めて見ると、みんな痩せている。
外の犬たちもあまり食べていないようで元気がなかった。
さっきジャンとボニーさんに頼んでおいた件はうまく行っただろうか。
俺にもお湯が振舞われたので、それをいただきながら情報を集めた。
「皆さんの中で北の精霊の祠を知っている人はいますか?」
「それならみんな知っているぞ」
イズガモが代表して質問に答えてくれた。
「詳しい場所はわかりますか?」
「それは知らん。もっと北の連中なら知っているかもしれん」
最初に訪問したアラートアより140キロ北上しているが、ここの人たちも正確な場所は知らないか。
「じゃあ、ここより北のアラートアはどのあたりにありますか?」
「そうだな、ずっと行ったところにある」
相変わらず氷原の民の答えはアバウトだ。
「何日くらいかかりますか」
「何日? ……そうだなあ……何日くらいだ?」
皆で相談している。やっぱり時間的感覚に乏しいんだな。
「あそこに行くまでに俺は飯を7回食べた」
「俺は4回だ」
「俺は9回だぞ!」
氷原の民の場合一日三食とは限らない。
なんせそういう決まりはなくて、腹が減ったら思い思いの時間に食べるのだ。
大人も子供も関係ない。
聞いた話から総合的に判断して、犬ぞりで二、三日といったところか。
だいたい150キロから300キロくらいとみた。
かなりアバウトな数字だがないよりはましだ。
「おっさん、俺だ」
イヤフォンからジャンの声が聞こえる。
「おお、どうだった?」
「いたぜ。四頭獲ったけど足りるかな?」
「それだけあれば充分だろう」
「おう。20分で戻るわ」
ジャンとボニーさんはうまいことトナカイを獲ってきてくれたようだ。
ジローさんのレーダーを使って、上空から探せば見つかると思ったが、成功してよかった。
これでこの人たちが飢え死にすることはないだろう。
傷が治って、腹が満ちれば新しい狩場へ移動することだって可能だ。
入口が開いて誰かが入ってきた。
ジャンにしては早いなと思ったら、一人のお婆さんだ。
目つきが鋭く陰険そうな顔をしている。
どこの世界にも嫌な奴はいるらしい。
いやいや顔だけで判断するのはいけないな。
「病人がいると聞いてせっかく来てやったんだ。道を開けな」
横柄な態度だ。
やっぱり人は顔に性格が現れるという方が正しいのか。
家の中にいた人たちが怯えたように道を開ける。
この人もシャーマンだろうか?
「なんだいアーパ、わざわざこんなところまで出張ってきたのかい? 相変わらずがめついね」
アーパを見つけた婆さんは意地悪そうな顔を更にゆがめた。
「呼ばれたから来ただけさ。呼ばれもしないのにやって来るアンタの方が余程がめついんじゃないのかい、エビンゴ?」
エビンゴはアーパを無視して怪我人に話しかけた。
「そんなヤブに診せるからだよ、まだきちんと治ってないじゃないか」
悪態をつきながらエビンゴは回復魔法を発動した。
緑色の光が手から溢れ傷口を癒していく。
この婆さんも神聖魔法が使えるのか。
魔法の力だけでいうならエビンゴの方がアーパより優秀だった。
傷口は綺麗に治っている。
「あたしの方が腕がいい。なんであたしに頼まないのかねえ」
エビンゴの鋭い視線がイズガモに突き刺さる。
「い、いや。お礼の肉が今はないんだ。セイウチの肉と脂肪が僅かに残っているだけだ」
おっ、イズガモもちゃっかりしている。
さっきアーパに出そうとしたアザラシの肉は隠しておくつもりだな。
「はん! セイウチはいただけないねっ! トナカイが取れたら持ってきておくれ」
腕はいいけどぼったくるタイプのシャーマンのようだ。
「そもそもあたしの言う通りにしないからこんなことになったんだよ! さっさと生贄を差し出すべきだったんだ!」
生贄とは穏やかじゃないな。
エビンゴの言葉にそれまで静かに受け答えていたアーパも目をむいた。
「まだそんなことを言ってるのかい! 生贄なんて無駄さ! 勘違いも甚だしい! そんなものでカイジンはとまらんよ」
「100年前のことを忘れたとは言わさないよ! エルヴィス師を飲み込んだカイジンは海へ帰っていったじゃないか!」
生贄?
カイジン?
何のことだろう。
アーパを迎えに来たイケトック少年にそっと状況を尋ねた。
イケトック少年にきいたところ、この近くの海域はもともとクジラがよく獲れたそうだ。
イズガモさんたちもクジラ漁のためにこの地に移動してきた。
ところがこの海域にカイジンと呼ばれる魔物が住み着きクジラ漁ができなくなってしまったというのだ。更に悪いことは重なり、北上してくるトナカイのルートが例年と違うものになってしまった。
集落は一気に飢えて、移動も儘ならなくなったというのだ。
「儂は予言したはずだぞ。生贄を差し出さなければ早晩この集落は危機に陥るとな!」
「そんなに生贄が好きならお前が食われちまえばいいんだよ!」
エビンゴとアーパは怒鳴り合いの喧嘩を続けている。
「本当は俺が生贄になるはずだったんだ……アーパ婆が俺を助けてくれた……」
過酷な環境に身を置くと、根拠のない行為にでも縋りついて、心の安寧を求めるものなのかもしれないな。
だが他の人々の心の安寧のために犠牲にされる方はたまったもんじゃない。
それにエルヴィス師が飲み込まれた?
100年前になにかあったのだろう。
俺はイケトック少年の肩に手を置いた。
「トナカイの肉、食べないか?」
「そりゃあ食べたいけど……」
「ナイフを砥いでおきなよ。たらふく食わせてやるぜ」
イケトックは訳が分からないという顔をしている。
「おっさん、ジローさんを集落に着陸させていいか? 獲物が多いから大変なんだよ」
ジャンからの通信だ。
絶妙すぎるタイミングだぜ。
空から舞い降りた飛空船に最初は誰もが尻込みしていた。
だがFP部隊によって荷台からトナカイがおろされると、既に飛空船を目にしていたイケトックが真っ先に近づいていった。
「いいのかい兄ちゃん?」
「ああ、始めてくれ!」
イケトックがトナカイを引きずり解体を始めるのを見て大人たちもやって来る。
最終的には食欲が恐怖をねじ伏せ、みんながトナカイに群がった。
解体をしながら皆がトナカイを貪り食っている。
エビンゴもちゃっかり分け前を貰って食べていた。
アーパにしろエビンゴにしろ老婆とは思えない食欲で生肉を胃袋に納めていく。
これが若さの秘訣なのか?
それにしてもカイジンとはいかなる魔物なのだろうか。
ちょっと気になるところだ。
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