第149話 タリホー!

 昨日は宴のまま、なし崩しに時が流れてしまった。

俺としてはここの家長であるシャムニクに今後のことを相談したい。

そして出来れば精霊の祠まで送って欲しい。

それが無理でもせめてアラートアまで連れて行って欲しいのだ。

寝ていたシャムニクがようやく起き出したぞ。

早速話をしてみよう。

「シャムニク、ちょっと話があるんだけど」

「どうしたイッペイ?」

シャムニクは食品庫から凍ったアザラシの内臓を引っ張り出してきて石の斧で粉砕している。

犬の餌を用意しているようだ。

「俺を精霊の祠まで送ってもらえないかな?」

「いいよ」

ずいぶんとあっさり承知してくれた。

昨日一日つきあってみてわかったが、シャムニクは実に人がいい。

「それでどっちの精霊の祠だ?」

どっち? 

精霊の祠は二つあるのか! 

たぶんもう一つが第九階層につながる転送ゲートだ。

「仲間がアラートアの南東にある祠で俺を待ってるはずなんだ」

「南の方か、それなら近いから問題ないな。だけど、まだ駄目だ。食料が足りない」

実はシャムニクもアラートアへ向かっている。

だがアラートアに到着する前にもう少し食料を補充しておきたいらしい。

さもないと他の人たちに馬鹿にされるみたいだ。

氷原の民なりの見栄なのだろう。

「トナカイがたくさん取れるか、アザラシが取れればいいんだけどな」

カチカチに凍ったアザラシの内臓は硬く、石の斧では中々粉砕することが難しい。

俺は腰の高周波発生装置付マチェットを外してスパスパと内臓を切る。

「どれくらいの大きさに切ればいい?」

驚きの顔から一転、シャムニクの顔に笑顔が広がる。

「これくらいの大きさだ。細かくしないと強い犬が全部食べちまうからな」

犬の餌やりを手伝いながら、今後のことを話し合った。

「じゃあ、今日は猟にでるの?」

「ああ、お茶を飲んだら出発だ。イッペイも一緒に来い。さっきのよく切れるナイフを忘れるなよ」

事前に氷穴を見つけてあるのでそこでアザラシなどを待ち伏せるとのことだ。

俺は猟の役には立たないが解体作業は魔物で慣れている。

少しでも恩返しがしたいので連れて行ってもらうことにした。


 ……いつになったらシャムニクはやって来るのだろう? 

お茶を飲んだら出発というからずっと外で待っているのだが、いつまでたっても誰も出てこない。

しびれを切らして中に入ってみると、皆で談笑しながらお茶を飲んでいる。

「おう、イッペイもお茶を飲め」

随分とのんびりしたものだ。

かれこれ40分は経っているぞ。

イヌーティが俺にもお茶を出してくれる。

コンブの出汁のような味でおいしい。

実際、お茶ではなく乾燥させた海藻を煮だしているようだ。

そこから更に30分お茶の時間は続き、ようやく男たちは腰を上げた。

 今日狩りに行くのはシャムニクとシャムニクの従弟、シャムニクのお父さん、そして俺の4人だ。

シャムニクがソリに犬をつけている間に荷物を詰め込んだ。


 出発直前になってイヌーティが新しい毛皮の手袋を差し出してきた。

「これ作ったの。アンタの手袋は薄いから」

俺には自前のグローブがあるが、これだけだとちょっと冷たい。

イヌーティがくれた手袋はミトンタイプで大きく、グローブの上からつけることができる。

「ありがとう。大切に使うよ」

礼を告げるとイヌーティはにっこり笑って家の中に入ってしまった。

見送りとかはしないらしい。

イヌーティが薄情というのではなく、そういう風習がないのだ。


 氷上を3台のソリが疾走している。

時速は15キロくらいだが体感速度はもっと早い。

氷原の民の男は一人一台のソリが基本らしい。

10歳にもなれば自分のソリを持つのが当たり前だそうだ。

 俺の顔を見ながらシャムニクがニヤニヤしている。

「なんだよシャムニク?」

「イヌーティはお前に惚れたな。お前がシャムヤスに似ているからかもしれん」

何を言い出すかと思えば……。

「イヌーティはシャムニクの奥さんでもあるだろ? ヤキモチとか焼かないの?」

「そりゃあ、イヌーティがお前のことばかり構えばイライラもする。だけどお前がイヌーティの3番目の夫になるのは嬉しいことさ」

なかなか難しい。

ただ俺が親族になるのが嬉しいと言ってくれたシャムニクの言葉は心にしみた。

異世界転移でハーレムなんてありえないと思っていたけど、この第八階層でいえばそんなに非現実的なことではない。

むしろ自然なことのようだ。

ただし、男も女も入り混じってみんな自由だ。

真の意味でセックスフリーな状態なのかもしれない。

過酷な環境と私有財産の少なさがこの状態を可能にしているのだろう。



 三台のソリは凍結した海へとやってきた。

氷穴の500メートル手前でいったんそりを止める。

既にアザラシが4頭来ていて昼寝をしていた。

ずっと寝ているわけではなく一分おきくらいに頭を上げて周囲を警戒している。

惰眠を貪るのではなく断続的なうたた寝をしているのだ。

さすがは野生動物だ。

シャムニクと従弟はシロクマの毛皮の服に着替えている。

氷原ではこれがカモフラージュスーツになるということか。

「爺ちゃんとイッペイはここで犬を抑えておいてくれ」

シャムニクと従弟は匍匐前進ほふくぜんしんでアザラシへ近づいていった。

氷穴の周りには姿が隠せるような氷の壁もあらかじめいくつか作られている。

シャムニクたちはアザラシたちがうたた寝している間に進み、周囲を警戒しだしたら止まっていた。

まるで「だるまさんがころんだ」をしているみたいだ。

「イッペイや、氷の壁を作っておくれ」

爺ちゃんに頼まれるままに錬成魔法で氷の壁を作る。

何をするのかとみていると、中をくり抜いた石に獣脂をいれて火をつけていた。

風よけの中でお湯を沸かそうとしているらしい。

氷原の民はいつだって余裕を忘れちゃいけない。

緊張するような場面でこそお茶をのむゆとりを持つこと。

それが氷原の民が憧れる格好良さなのだと爺ちゃんが教えてくれた。

「そろそろじゃな」

そろそろお湯が沸くのかと思ったら、狩りの方みたいだ。

爺ちゃんは犬の綱をソリか外し始めた。

外した綱は俺が握りしめておく。

シャムニクと従弟はアザラシから25メートルの距離まで近づいている。

アザラシが警戒をやめて、またうたた寝状態にはいったその時だった。

二人の男は同時に立ち上がり、二本の矢を放った。

「イッペイ、綱を離せ!」

じいちゃんに言われるまま犬の綱を離す。

二本の矢が命中してのたうつアザラシに犬が吠えながら殺到していった。

「儂らも行こう」

シャムニクたちの所へ着いた時には、既にアザラシの解体が始まっていた。

犬たちが食料を前に殺気立ってあちこちで喧嘩をしている。

 一方、人間たちは解体をしながら生肉をちょいちょいとつまみ食いだ。

俺も誘われたがさすがにレベルが高すぎるぜ。

氷原の民にとっては獲物をとって解体するこの瞬間が一番の悦びなのだそうだ。

みんないい笑顔で内臓や目玉を食べてるぞ。

解体現場周辺はかなり生臭い。

俺も断り切れなくて肝臓の端っこをちょっぴりだけ切り取って食べた。

意外に大丈夫なものだ。

レバ刺しだもんな。


「ガ……ガガッ……イ………さ……。お……」

急に異音がすると思ったらヘッドセットのイヤフォンだった。

「こちらイッペイだ。応答してくれ」

突然マイクに話しかけた俺をシャムニクたちが不思議そうに眺めている。

「マ…アで…。げ……い……――――」

通信は切れてしまった。

今の声はマリアだな。

多分半径10キロくらいのどこかにいるのだろう。

「どうしたんだイッペイ?」

「俺の仲間が魔法で話しかけてきたんだ。だけど遠すぎてうまく聞こえなかった」

「そうか」

氷原の民にはシャーマンがいて不思議な術を使うそうだ。

だから俺が魔法を使うことにシャムニクたちは疑問を感じていない。

俺の捜索は引き続き行われているようだ。

ありがとうみんな。

通信を受け取ることができたのだから、マリアがこの近くまで来ているのは確かだ。

この場所にも目印になるイッペイ像を立てておこう。

錬成魔法でシャムニクの家の方を指差している氷の像を作った。

「おお! イッペイにそっくりじゃないか!」

シャムニクたちが驚いている。

「俺のも作ってくれ!」

「俺のも頼む!」

「儂のは男前で頼むぞ!」

凍結した海の上に肩を組む4人の男の氷像が出来上がった。

みんないい笑顔をしている。

これを見たら『不死鳥の団』のメンバーも驚くだろう。

でも安心してくれる気もする。

一目見れば、俺がどんなに優しい人たちに囲まれているかわかるはずだから。

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