第150話 ハローグッバイ

 アザラシ猟の帰り道、なんと今度はトナカイの群れに遭遇した。

幸い風下にいたせいかトナカイたちは俺たちに気が付いていない。

極夜のおかげで辺りが暗かったのもよかったのだろう。

「シャムニクいけそう?」

「わからんな。隠れる場所が少なすぎる」

ここは起伏の少ない丘陵地帯で身を隠せる場所は少ない。

シロクマの毛皮だけではトナカイたちの目は誤魔化せないということか。

俺は服の一番下に来ていたシャツを脱いだ。

「気でも狂ったかイッペイ?」

「違うよ。さっきのアザラシの骨をかして」

錬成魔法を駆使して骨とシャツで盾のようなものを作った。

防御力などないが、シャツは白いから、これを衝立ついたてとして使えばトナカイの目を誤魔化せるかもしれない。

「なるほど! これに隠れて近づくんだな」

シャムニク一人が衝立を持ってトナカイに近づいていった。

 結果は大成功だ。

盾に隠れて接近出来たおかげで、シャムニクが放った矢は、大きなトナカイのオスに当たった。

傷ついたトナカイは逃げ出したが犬たちが追いかけて見失うことなく捕まえることができた。

皆の顔がアザラシをとった時よりもはるかに喜びに満ちている。

アザラシよりトナカイの方がずっと美味しいからだ。


 ここでも記念に氷像を作った。

トナカイと俺たち4人の姿を氷で作る。

戦隊もののヒーローが決めポーズをとっているみたいになってしまったが、これがシャムニクたちに大受けだった。

特に爺ちゃんが喜んでくれたぞ。

「まさに儂の若い頃にそっくりだ!」

みんなで獲物を解体してソリに積み込み、喜びの内に帰宅することができた。


 家に帰ると、シャムニクと爺ちゃんは寝てしまい、従弟はどこかへ行ってしまった。

それぞれが本当に自由に暮らしている。

 イヌーティがさっきとったトナカイの角をもってきた。

「その角でなにか作るの?」

「ううん、食べるのよ。イッペイも食べる?」

角なんて食べられるのか? 

よく観察するとトナカイの角にはびっしりと毛が生えている。

イヌーティは角の先っぽをナイフで切ると、毛皮をはいで中身を取り出した。

薄いピンク色をしている。

食べてみるとコリコリとした食感で、臭みもなくて意外と美味しかった。

「美味しいでしょう?」

「ああ、初めて食べたけど不思議な食感で甘みも強いんだね」

イヌーティと並んで角を食べていたら、突然無線のコール音が鳴り響いた。

寝ていたシャムニクがむくりと起き上がる。

「なんだ?」

「すまないシャムニク。仲間から連絡が来た」

俺は胸の通信機を外して応答する。

「こちらイッペイ!」

「……生きてた」

「ボニーさん!」

ようやく仲間と連絡が取れたよ。喜びが体中を駆け巡るようだ。

「今、氷の像の……前」

「どの氷像かな。あちこちに建てておいたんですよ」

「トナカイと……愉快な仲間たち」

ああ、さっき作った奴だな。あそこからなら8キロくらいだ。

「すぐ近くですよ」

「……随分……楽しそうじゃないか」

「え?」

「アザラシと……愉快な仲間たちも見たぞ」

「はあ」

俺の作品の数々を鑑賞して下さったのですね。

「私が……どんなに心配したか……それなのに……イッペイは楽しそうだ」

ボニーさん怒ってる?

「いやその、……ごめんなさい」

「すぐに……迎えに行く」

「お願いします」

あとでボニーさんにはよく謝っておかないとな。あれ? 今度はプライベート回線で通信が来たぞ。

「こちらイッペイ」

「おっさん、ジャンだ」

「おう久しぶり! どうした?」

「ボニーさんな……泣いてたんだ。一応教えといてやろうと思ってな」

「……そうか。ジャンにも心配をかけたな。すまん」

「おう」

今夜はボニーさんの好きな食べ物をいっぱい作って、お風呂を沸かして、マッサージもしてあげようかな。

ボニーさんだけじゃない。

マリアにもジャンにもゴブにも心配をかけたはずだ。

皆にいっぱいサービスしてあげるとしよう。

「おいイッペイ、今の声はイッペイの女か?」

「違うよ。仲間だよ」

「ふーん」

シャムニクには女の仲間というものがよくわからないらしい。

「どんな女だ?」

「そうだなあ、優しくて強いんだ」

「強い? どれくらい強いんだ?」

どうやって表現すればいいかな。あの強さは異常だもんな。

「シャムニクはイエティ……じゃなくて、白くて毛の長い魔物を知っているかい?」

「ケナガのことか? あれは氷原で一番強い魔物だ。あいつに襲われたら助かる人間はいない」

イエティはケナガと呼ばれているのか。

「ケナガに出合ったら諦めるしかない。ケナガは数も少ないし、一回に一人しか攫わない。一人が犠牲になれば残りは助かる」

ケナガは乱獲を避けて、食料である人類を絶滅させないように気をつけているのね。

「それでケナガがどうした?」

「これから来るボニーさんはケナガに勝てるほど強い」

俺がそう言うと家中の者が吹き出した。

笑いは収まるどころか次第に大きくなっていく。

「イッペイは面白いなあ! そんな人間いるわけがないだろう。いたら化け物だ」

確かに化け物じみてるんだよ。

とはいえボニーさんだけじゃない。

最近はジャンもマリアもかなり強くなっている。

「だけど、俺たちは精霊の祠の向こう側から来たんだぜ」

俺の言葉に全員が口をつぐむ。

「本当にケナガより強いのか」

「もちろんだ」

「ふーん……」

シャムニクたちはそれ以上ボニーさんのことを聞いてはこなかった。

いつものように寝てしまったり、お茶を淹れたりと思い思いに過ごしている。

だが、実際は狸寝入りだったり、お茶をこぼしたりと、どこかソワソワしていた。

これは氷原の民流に恰好をつけているのだな。

氷原では緊張するような場面こそ余裕を見せる人間が最高にいかしているのだ。


「おっさーん、いるかぁ?」

外からジャンの声が聞こえる。

俺は表へ飛び出した。

『不死鳥の団』全員で迎えに来てくれたんだね。

俺は皆に謝罪と礼を言った。

 家の陰からコッソリ覗いていたシャムニクたちも、ボニーさんが普通の外見をしているのを見て、表へ出てきた。

「中へ入ってくれ。とれたての肉を食べよう!」

最高の獲物で客人をもてなすのは氷原の民の男にとってこの上ない栄誉なのだそうだ。

「もっとシロクマみたいな女かと思ったが、儂好みのいい女じゃ。まあ、儂のモノはもう役にはたたんがの」

爺ちゃんが小声で笑っていた。


 トナカイの肉をいただき、お礼にナイフや滑車カム付の弓矢などをプレゼントした。

「シャムニク、本当に世話になった。ありがとう」

「なんだ、俺たちとここで暮らさないのか?」

誘いは嬉しいが俺は冒険がしたいのだ。

「俺は北の祠に行きたいんだよ」

「そうか、じゃあ仕方がないな」

相変わらずあっさりしたものだ。

「シャムニクもみんなもまた会おう」

「うん。どこかのアラートアで会えるだろう。元気に行ってこい」

イヌーティも俺にスッと近づいた。

「行ってらっしゃい。帰ってきたらこの間の続きをしましょうね」

うーん、とっても惹かれてしまうぞ。

そういえばイヌーティの2番目の夫はもう何か月も旅から帰ってきていないそうだ。

獲物を求めて旅をする氷原の民にとって、こんな別れは日常茶飯事なのかもしれないな。

最期にもう一度礼をいって俺たちは家を出た。

相変わらず見送りはない。

そう、こんな別れなんて氷原では日常茶飯事なのだ。


 タッ君に俺とボニーさんで乗った。

荷台の上に二人で座っていると、少しだけボニーさんが体重を預けてきた。

「ボニーさん、心配をかけてごめんなさい」

「生きてたから……許す」

暗い八層の中でずっと俺を探し続けてくれていたんだろうな。

「なあ……イッペイ」

「どうしたんですか」

「さっきの女……イヌーティ。何の続きを……するの?」

あの会話を聞かれていたか!

「あれは、その、トナカイの腱から繊維がとれるんですよ。それを糸の代わりにするんですが、その作業を一緒にですね――」

久しぶりの詐欺師スキルが発動だ。

でも誤魔化せたかどうかは微妙なところだった。

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