第140話 イエス マム!

 おばあさんたちに別れを告げてジャミレを出発する。

目的地は北に1230キロいったオイワキ聖堂だ。

「ジローさん発進。オイワキ聖堂に進路をとれ!」

「了解。ジローさん高度300メートルまで浮上。目的地座標設定。風の影響を考えて進路を北北西にとる」

別にこんなやり取りをしなくてもジローさんが勝手に連れて行ってくれるのだが、雰囲気を出すためにジャンと遊んでみる。

旅の始まりは気分を高揚させないとね。

 速度を100キロまで上げて北上した。

10時間強で到着予定だ。

「マスター、到着前に日が沈み始めますぞ」

言われてみればもう3時だ。本格的な探索は明日になりそうだな。

「到着予定時刻は真夜中か……探索は明日だな。今日はのんびりしようぜ」

俺は休む気満々だったのだが後ろから頭を小突かれた。

「訓練を……する」

ボニーさんの命令に逆らえるものはいない。

「戦闘訓練ですか?」

「それもやるけど……船から降りる訓練」

ボニーさんの説明では、ジローさんを浮遊させた状態でロープを使って地上へ降りる訓練がしたいそうだ。

いわゆる懸垂下降とか、ラペリング降下と呼ばれるものだ。

人命救助のヘリコプターなんかで、救助隊員がスルスルとロープを伝って降りてくるあれだな。

言われてみれば目的地のオイワキ聖堂は山の中にある。

着陸地点を見つけられない可能性も大いにあるだろう。

そういう場合には懸垂下降が役に立つ。

懸垂下降には道具がいるので、作成してから訓練することになった。

俺は船室の後ろの方にある折り畳み式のテーブルを出して、錬成を開始した。

ロープはあるが、これからはたくさん使うかもしれないので、新しいザイルを錬成した。

また、懸垂下降機であるエイト環と呼ばれる8の字型をした金属の輪っかもつくった。

道具の方はこれで準備完了だ。


 異変は4時を少し回ったころに起こった。

ジローさんが飛行体の接近を検知したのだ。

「敵か?」

俺の質問にモニターを監視していたマリアが答えてくれる。

「最大望遠で敵を捕らえました。ハーピーの大群です。数……数100以上です」

俺もマリアの肩越しにモニターを覗き込む。

北の空の一部に黒い雲のようなものが広がっている。

あれが全部ハーピーなのか?

「ジローさんの解析が終わりました。ハーピーの数564です」

うじゃうじゃと出てきたな。

ハーピー自体は強力な魔物ではない。

第三階層あたりから現れるネピアでは比較的ポピュラーな魔物だ。

顔から胸までが人間で、翼と下半身は鳥の身体をしている。

体長は160センチくらいだ。

二本の足に生えている鋭いカギ爪で上空からの攻撃を得意としている。

群れで活動することが多いが564羽もの群れは聞いたことがない。

「戦闘準備……各自軽機関銃とアサルトライフルで応戦……イッペイは機銃を使え」

ハーピーの防御力は高くないのでアサルトライフルでも充分仕留められる。

それに攻撃力は高くないので船を落とすほどのパワーはない。

だから着陸しないで応戦するのかな? 

戦闘指揮はボニーさんに一任してあるので、俺は質問もせずに機銃台座へ登った。

「イッペイとジローさんは射程距離に入り次第……撃て」

「了解」

「ジローさんは反転、最大船速で……なるべく距離をとれ」

距離をとりつつ一方的な攻撃は『不死鳥の団』のお家芸です。

ハーピーの方が飛行速度は速いから、いずれは追い付かれるだろう。

だが、その頃には奴らも数を減らしているはずだ。


 ドエム2機銃の射程は2000メートルなので、アサルトライフルより先に攻撃を開始できる。

俺がいる船室屋上の機銃とジローさんの船底につけられた二機の機銃が同時に発射された。

さすがに2000メートル先のハーピーを狙って、移動しながらの精密射撃はできないので、弾幕を張るように射撃した。

最初のマガジンボックス(200発)を撃ち尽くしたところで数十匹が地上へと落ちていくのが分かった。

敵の接近スピードが目に見えて落ちている。

だが密集していたハーピーは分散を開始し始めた。

半円状に広がってジローさんを包囲する意図が見える。

ハーピーには群れの女王がいるそうだ。

きっとそのハーピークイーンの指示に従っているのだろう。

「包囲しようと突出してくる部分を……狙え。イッペイは右、ジローさんは左だ」

既に軽機関銃とアサルトライフルでの射撃も始まっている。

200匹以上の仲間が死んでいるというのにハーピーの戦意はまったく衰えていない。

魔物の恐ろしいところはこういうところだ。

人間だったらとっくに退却を始めているぞ。

迫りくるハーピーを前に少しずつ焦燥しょうそうがつのる。

まだ200匹近く残っていやがる。

あれ? 

ハーピーの動きがおかしくなってきてないか。

組織的な動きをやめたばかりか、逃げ出すものもいる。

「マスター、ハーピークイーンの排除に成功いたしました」

「よくやったぞゴブ!」

さすがはゴブゴさん、安定の狙撃力だ。

「よくクイーンを見つけることができたな」

「なに、一番胸の大きな個体でしたので」

そうだね。ハーピーは顔から胸までが人間で、翼と下半身は鳥の身体をしているんだよね。

胸だけで見つけられるか?

 クイーンを失ったハーピーの群れは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

俺たちは追撃することもなく戦闘を終了した。

300以上のハーピーを倒したので、おそらく魔石がいくつか出ているだろう。

マニュピレーター(手)のついた索敵ゴーレムのススム君を出して回収にあたらせた。

「みんな、お疲れさん!」

怪我人や機体に損傷はなかったが、ジローさんを反転させて移動したのでオイワキ聖堂は遠のいてしまった。

既に太陽は西の地平線へ近づきつつある。

今日はこのへんで野営をするのがいいだろう。

「今晩はここで浮遊しながら泊まりかな?」

「そうだな。戦闘したから腹が減っちまった。おっさん今夜は大盛で頼む!」

「私もお手伝いしますね」

3人で食事の準備をしようとしたら、ボニーさんに阻まれた。

「訓練……」

「懸垂下降?」

無言で頷くボニーさんの目は真剣だ。『不死鳥の団』でボニーさんの命令に逆らえるものはいない。

「夜間訓練にもなる……ちょうどいい」

ようやく戦闘が終了したのに、続けて訓練ですか……。

ちょっと泣きそうになる。

「イッペイ……」

「どうしました?」

「回復魔法で疲労回復……なしよ」

疲れた体でやるからこそ意味があるのね。

了解です。



 訓練が開始された。

着陸困難な場所で緊急に人員を投入しなければならない事態を想定して懸垂下降を行う。

最初にジローさんの機銃とマリアの軽機関銃が周囲を警戒した狙撃体制をとる。

なんといっても船は低高度で浮遊している時が一番狙われやすい。

人もロープで下降中には反撃も出来ないのだ。

浮遊高度を5メートルに固定してもらい、ジローさんの後部から二本のロープを使って一人ずつ下降した。

本当は10メートルから始めるはずだったが、俺が断固反対したのだ! 

少しずつ慣れさせておくれよ。

 最初は自称切り込み隊長のジャンだ。

スルスルと器用におりる。

次はボニーさんだがこれも華麗だ。

ジャンよりもスピードを出して降りていた。

最後は俺だがみんなの期待通りに尻もちをついたぜ。

なかなか難しい。

全員が降りたところで、今度は腕のワイヤーフックを使ったり、昇降機を使って上る練習だ。

辺りは真っ暗になったがナイトビジョンを装着して訓練は続行された。

3時間後、最終的に30メートルの高さでも問題なく上り下りが可能になった。

時間も訓練開始時よりずっと短縮されている。

やっぱり訓練はしておかなくてはダメだなと実感したよ。

ジローさんが完成してから、みんな精神的に余裕ができていた。

余裕はいいのだが、緩みも出ていたように思う。

ボニーさんはそのことに危機感を感じて、俺たちを締めてくれたんだろう。

俺はボニーさんに声をかける。

「ボニーさん」

「……なに?」

「ありがとう」

「……」

ボニーさんは背を向けてしまったのでどんな顔をしていたかはわからない。

でも彼女の瞳の奥はいつだって優しかったことを俺は知っている。

初心者講習会で初めて出会った時からそうだった。

ボニー教官はいつだって厳しくて、さりげなく優しかった。

「続いて……戦闘訓練」

え?

「……返事」

「イエス マム!」

『不死鳥の団』でボニーさんに逆らえる者はいない。

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