第139話 塔の名は

 足元に縋りついて泣くおばあさんたちを落ち着かせた。

「大魔法使い様ありがとうございます。これで私も仕事に戻れます!」

カービド君が髭を濡らして泣いている。

良かったね。

君は砂漠の民にしては顔が平べったいから親しみが持てるんだ。

「気にしなくていいよ。君のおばあさんはナイフとマイマイを交換できたのに、マイマイだけではナイフの値段に釣り合わないと言ってくれたんだ。誠実な人にはそれにふさわしい態度をもって返したいからね」

おばあさんは感激して更に泣き出してしまった。

是非食事をしていってくれと言われるも、仲間が待っているからと断る。

するとお仲間も連れてこいと言い、半ば引きずられるようにおばあさんの家へ戻された。

結局みんなに連絡を入れて、おばあさんの家で食事をいただくことになった。


 おばあさんはマイマイの養殖で生計を立てていたようで、マイマイ料理が出された。

きちんと下処理がしてあって、柔らかく、生臭くもない。

実に美味しかった。

デザートには庭のリンゴがむかれた。

水分が少なく、俺が知っているリンゴよりも実が少し堅い。

「そういえば、こんな気温の高い地域でもリンゴが実るんですね。もっと高地に行かないと無いと思っていました」

リンゴはある程度、低温の日が続かないと育たないと聞いたことがある。

「庭のリンゴは特別でして、300年前にこの地を訪れた大賢者ミズキ様がもたらしたと言い伝えられております」

ミズキ様? 

また日本人ぽい名前が出てきたぞ。

先日はハザマという奴がオアシスの王をしていたとナーデレさんから聞いたばかりだ。

「300年前と言えば魔王がいたとされる時代ですよね」

さすがはマリアだ。

その手の情報をよく知っている。

「よくご存じで。ミズキ様も魔王討伐に功績のあったお一人とされています」

確か魔王ってボトルズ王国からずっと南のイスリアで滅ばされたんだったよな。

「ミズキ様は魔王討伐の後、この地にまいられ、ジャミレの娘との間に子をもうけました。私どもは大賢者ミズキ様の末裔なのでございます」

それでカービド君はちょこっと平たい顔なのか。

「ところでイッペイ様はジャミレにはどういった御用でいらしたんですか?」

おばあさんが聞いてくる。

「俺たちはデザル神殿を目指しているんですよ。その旅の途中で寄ったのです」

「ほうほう、デザル神殿ですかそれは遠い道のりですな。ジャミレは見るべきものもないような田舎ですが、スカイツリーだけは自慢でして」

スカイツリーだと?

「ほれ、ここからでも見えるでしょう。あちらの岩山の中でも一際高い塔のような岩が。あれがスカイツリーです」

ミズキが日本人なのはわかった。

でも300年前の人だよな。

転移した時代が違うということか。

「スカイツリーの内部は人工の岩窟になっていて、上まで登ることができるのです」

「それは凄い。我々でも入ることができますか?」

見学は自由だということで、あとでカービド君が案内をしてくれるということになった。


おばあさんたちに食事の礼をいって、スカイツリーへと向かう。

「さすがはイッペイ様。このような動く荷車など初めて乗りました」

車両に乗ったカービド君が驚きと興奮に声をかけてくる。

彼にとってはタッ君が魔法の絨毯のように見えるのかもしれない。

スカイツリーの入口には数分でついた。

巨大な砂岩をくりぬいた入口があり、奥の方に階段が見える。

そして入口の上に「SKY TREE」と刻んであるのが見て取れた。

風化にさらされ読みづらくはなっていたが、この世界の文字ではなくアルファベットだった。

ミズキが地球人というのはほぼ確定だな。

狭い階段をぞろぞろと登っていくとホールに出た。

ホールの壁には一面に文字が書きつけてある。

「ここはミズキ様の書斎だったと言われています――」

カービド君が部屋の説明をしてくれていたが、俺はほとんど聞いていなかった。


我が同胞へ

 私の名前は一ノ瀬瑞樹いちのせみずきです。1994年3月26日に生まれました。出身地は日本国、青森県 弘前市〇×です。


 そんな紹介からはじまる文章は全て日本語で書かれていた。

彼もまた転移者だった。

二十五歳でイスリア国の辺境に転移した一ノ瀬さんは魔法全般を使いこなせる力を持っていたそうだ。

そして当時、世界を絶望の淵へと落とさんとしていた魔王軍と闘うために義勇軍に身を投じたと書かれている。

各国が協力して魔王を討伐し、激動の時代を生き延びた一ノ瀬さんだったが、復興時の権力争いに巻き込まれてイスリアから逃げるようにネピアの迷宮に潜った。

そしてこの地に妻を得て定住するようになったそうだ。

文章は感情を挟まずに事象だけが淡々と書かれていて、彼の気持を推し量ることはできない。

ただ一つだけわかるのは一ノ瀬さんの晩年は、この地にリンゴの木を植えようと執念を燃やしたということだけだ。

壁に書かれている文字のほとんどはリンゴに関する彼の研究データだった。

各地からリンゴの苗を集め、掛け合わせ、時には魔法による遺伝子操作をして、砂漠でも育つリンゴを作ろうとしていたみたいだ。

「おっさん?」

知らない内に涙が零れていた。

彼の出身地は確かリンゴの一大産地だったと思う。

たぶん一ノ瀬さんのリンゴは望郷の念につながっているのだろう。

壁の片隅にリンゴの品種名が書かれていた。「ラーサ・ふじ」というそうだ。


 壁の文字から目を離し、大きく息をついた俺に、カービド君が遠慮がちに声をかけてくる。

「イッペイ様はこの文字が読めるのですか?」

「ええ。俺とミズキさんは同郷でした。もっとも俺が住んでいたところよりもずっと北の出身みたいですけどね」

カービド君に壁に何が書かれているかの概要を説明してやる。

それからさらに階段を上って塔の頂上部にある展望台へでた。

砂漠の遥か彼方まで見渡すことができる。

「イッペイ様、天井をご覧ください。ここにもミズキ様が残した文字があるんですよ」

カービド君に促されて天井を見ると、そこにも日本語だ。

「……オイワキ聖堂?」

「やはりイッペイ様には読めますか! なんでもここから北へずっと行った山の中にミズキ様が作ったとされる神殿があるそうなんです。誰も行ったことはないそうですが……」

確かに人が底へ到達するのは難しいだろう。

ここから1000キロ以上も離れていると書いてある。

しかも一ノ瀬さんは人がたどり着けないような場所を選んで建てたみたいだ。

聖堂の中に何があるかは書いていないが、機会があったら見て欲しいと書いてある。

「この塔から真北に1230キロいったところにオイワキ聖堂という建物があるって書いてある。なんのための建物かは書いてないな」

生年月日と転移した年から考えるに、一ノ瀬さんは俺の3年後に異世界へ飛ばされて、俺より300年前の過去へたどり着いている。

ひょっとすると面白い資料が残っているかもしれない。

特に魔王関係の書物はほとんど見かけないので読んでおきたいところだ。

「人がたどり着けないような断崖に囲まれた岩山の中にあるんだって」

みんなの顔が新たな冒険の期待に満ちている。

俺もこういう寄り道なら大歓迎だ。

普通の人達には無理でも、俺たちにはジローさんがある。

「行って……みたい」

「西からの風に流されそうだが、半日あれば行けんじゃねぇか?」

「ちょっとワクワクしますよね」

最近では連続する砂丘に少しだけ食傷気味しょくしょうぎみになっていたところだ。

「いきますか?」

全員一致でオイワキ聖堂へ寄ることが決まった。

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