第137話 星の海へ

 『エンジェル・ウィング』を乗せた遊覧飛行は、エリアの調査や、シャワーなどで予定したよりもずっと時間がかかってしまった。

地上で待っていたボニーさんがかなりご立腹だ。

「お腹……空いた」

眼光に殺気が籠っている。

「今夜はボニーさんの大好きなアイスクリームを作ろうかな」

「!!」

影鬼えいきの二つ名を持つ冒険者が殺気を放っているのだ。

俺も切り札を出すしかなかった。

ジローさんには冷蔵庫を乗せているので新鮮な卵とミルクも貯蔵できる。

魔力で動くアイスクリームメーカーも既に作成済みだ。

俺は魔物だけに備えているのではない。

あらゆる危険を想定しておくのが一流の冒険者というものさ。

「ボニーさんだけ大盛です」

追い打ちをかけるように彼女の耳元で囁く。

「許す……今回だけだぞ」

ふっ、今日も生き延びることができたか……。


 予定はオーバーしてしまったが、パティーたちも今後の進路の情報をたくさん手に入れることができた。

午後三時という中途半端な時刻だが『エンジェル・ウィング』はここで今夜の野営をすることになった。

俺たちも『エンジェル・ウィング』と一緒に夕飯を食べることにする。

食材はこちらが提供した。

次のオアシスのジャミレまでは直線で300キロ程の距離があるのだ。

移動手段がラクダとテーラーの混成部隊である『エンジェル・ウィング』にとっては5日以上かかる道のりだ。

移動が楽で積載量も多い俺たちがだすべきだろう。


 ワイワイと皆で野営や夕食の準備にいそしんだ。

『エンジェル・ウィング』でこういった雑事を仕切るのはお局様つぼねさまのセシリーさんだ。

ショタコンの魔女で、クロの前ではデレデレのダメウーマンになってしまうが、普段はキャリアウーマン風のきりりとした表情がかっこいい。

実家はパン屋さんで料理の腕も抜群だ。

時間は充分あるのでセシリーさんに手伝ってもらって手の込んだ料理を作ろうと思う。

「イッペイさん、何を作りましょうか?」

「そうですね。ここのところラーサ砂漠の料理ばかりですから、たまにはネピア風の料理でも作りましょうか?」

「いいですね」

「じゃあ、メインはラーサパーチを揚げましょう」

ラーサパーチはラーサ砂漠の河川や塩湖に住む大型の淡水魚だ。

味は地球のスズキに似ている。

数日前に仕入れておいた体長1メートル40センチのラーサパーチを捌いた。

これだけ大きいので15人で食べても足りるだろう。

切り身に塩コショウをして小麦粉を薄くつけ、衣を絡めてから揚げる。

ネピアでは衣にエールを入れるのだが、手に入らないのでフカールという砂漠のエールを混ぜた。

これでもサクサクの食感は出せると思う。

本当はモルトビネガーをかけて食べるのがネピア風だが、ないのでレモンを添えた。

俺はレモンをかける方が好きなのでちょうどよい。

「クロはフィッシュフライが大好きなんですよ」

「!! ……ハア、ハア」

セシリーさん、クロの二文字に反応しすぎだよ。

「前にね、丸パンにフィッシュフライとタルタルソース、スライスチーズを挟んだものを作ってやったらすごく喜んで3つも食べたんですよ」

「イッペイさん! 後で是非そのレシピを!!」

腕が痛いから爪を立てないでください。

俺のアサルトスーツは防刃ぼうじん性にも優れているはずなのに、なんで爪が刺さるんだよ?

そんなに必死にならなくてもいいですよ。

「他にもクロの好きだったものを教えてあげます。今日は一緒に作ってみましょう」

「イッペイさん……」

メグとクロは元気に勉強しているだろうか。

しっかり者のメグと真面目なクロのことだ。

心配はいらないな。

「クロは魚が好きですからね、ちゃんと覚えてアイツの胃袋をがっちり掴んでくださいよ」

セシリーさんは不思議そうに俺を見てくる。

「……イッペイさんはいつも親切ですが、今日は特に優しいです」

二人で料理を作っていたらクロのことを思い出してしまったのだ。

それに、少々行き過ぎの感はあるが、セシリーさんのクロへの真っすぐな愛情は嫌いじゃない。

「これでもセシリーさんのことを応援しているんですよ」

レシピを伝授して、セシリーさんとクロやメグとの思い出を語りながら楽しく夕飯を作った。


 夕飯を食べた後は、真面目に情報交換をした。

互いのパーティーが記録してきた地図を重ねて、より詳細な地図を作ったり、魔物の情報などを交換する。

特に地図は完成度が高いものになった。

ギルドにも高値で売れることだろう。

売り上げは二つのパーティーで折半しようということに決まった。

食事と会議が終わり、皆は思い思いに寛いでいる。

俺はパティーとのんびり話をしていた。

「イッペイ達はデザル神殿までたどり着いたらどうするつもり?」

パティーが今後の予定を聞いてくる。

「いったん魔法陣を通って、しばらくは向こうの調査をしてからネピアに戻ろうと思ってる。物資に余裕があるうちは八層でねばってみるよ」

「私たちも似た感じね。神殿手前の最期の街のラムラでうまく補給ができればいいけど、あまり期待はできないみたいだし」

ラムラは砂漠の奥地のオアシスで厳しい環境の中にあるときく。

余剰の食料はあまりなく、いくら金を持っていても物資を調達することは難しいそうだ。

この街で補給ができれば安心して第八階層を探索できるのだが、そううまくはいかない。

第八階層を入ってしばらく北に進むと集落があるという記録は残っている。

だがそれは100年前の記録だ。

今でも集落があるかはわからない。

とりあえず俺たちの目標は第八階層の集落、アラートアを発見することだ。

「幻の集落アラートアね」

「ああ。記録に残る迷宮最奥到達地点だ」

そこから先は一切の記録がない。

本当の冒険はここから始まると言ってもいいだろう。

全くの手探り状態になるのだ。

「もしイッペイ達の帰還とタイミングがあったら、その時はジローさんに私たちも乗せていってね」

「もちろんさ!」

少し狭いけどそれも悪くない。

楽しい空の旅になりそうだ。

それに、一緒に帰還すれば面倒なギルドへの報告など全てをパティーに任せてしまうことができる。

(実際はその手の実務はユージェニーさんがやる)

「イッペイ、なんか悪い顔をしてるわよ」

「そ、そんなこと……」

パティーが声をひそめる。

「エッチなこと考えてた?」

「そんなことないって」

辺りは既に暗くなっている。

俺とパティーは並んで地図を覗き込んでいた。

闇に乗じてパティーが囁く。

「私は考えていたよ……」

パティーの吐息が甘く香る。

これはどこかで嗅いだ匂いだ。

なんだったかな?

この後、もう少しだけ今後の探索について話をしたが、煩悩が邪魔をしてよく頭に入ってこなかった。



 夜もだいぶ更けてから、俺たちはジローさんに乗船した。

「先に行ってるよ」

「ええ、気をつけて」

別れの言葉は短いものだったが、今更確かめ合うまでもなく、お互いの気持はよくわかっていた。


 ジローさんはゆっくりと浮上する。

夜間飛行の始まりだ。

「ああ、アーモンドの花の匂いだ……」

パティーの吐息の正体を夜空の中で思い出した。

「なんか言ったか? おっさん」

「なんでもない」

俺はシートを倒して目を閉じる。

眼を閉じればあの香りが蘇ってくる気がしたのだ。

いつかパティーと二人で星の海を飛んでみよう。

浪漫飛行をするなら飛空船は最適だ。

ゆったりと流れるように星々の間を進んでいくことだろう。

水平線に朝日が浮かぶまで甘い夢をみせてくれるにちがいない。

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