第136話 遊覧飛行

 サナ達を送り届けて再び砂漠の探索へと戻った。

今回は飛空船型ゴーレムのジローさんによる旅なので進行速度が速い。

3日でナシュワまで戻り、そこから新たにワージド、グラハと進んだ。

ナシュワはサナの件で町長と一悶着ひともんちゃくあったので素通りした。

ワージドもグラハも町というよりは小集落だったのでこれも寄港せずに進む。


「ロットさんはグラハまでたどり着いた後、バスマまで戻ってきたんだ」

酒場でロットさんと出会ったというジャンが教えてくれた。

「そういえば、そうだったな」

グラハの先、100キロ程のところにスハという小さなオアシスがあったのだが、水が枯れてなくなってしまったという話だった。

今では無人の廃墟が並ぶゴーストタウン状態らしい。

次のオアシスのジャミレまでは更に200キロ以上の道のりだ。

補給がままならず仕方なく戻ってきたのだろう。

パティーは大丈夫かな? 

昨晩、長距離無線で話した時『エンジェル・ウィング』はその朝にグラハを出発したと言っていた。

セシリーさんは火炎魔法こそ得意だが、水魔法はほとんど使えない。

少量の飲み水くらいなら出せるらしいけど……。

食料だって足りているか心配だ。

パティーはたくさん食べるからなぁ……。

「イッペイさん」

「どうしたマリア?」

「パティーさんたちに会いたいですよね」

俺の不安が顔に出ていたか? 

気を使わせてしまったようだ。

「この船を見せびらかしに行こうぜ!」

「どうせ……進行方向だ」

昨日グラハを出発したのなら、『エンジェル・ウィング』がこの辺りにいてもおかしくない。

俺たちは1時間前にグラハを通過している。

パティーに連絡をとってみるか。


 無線機の音声はクリアだ。

元気のよいパティーの声が応答した。

「どうしたの。緊急事態?」

「そうじゃないんだ。ほら、スハのオアシスが干上がっただろう。補給は大丈夫か心配になってさ」

「今のところ問題ないわ。水も食料もテーラーに沢山積めたからね」

新しいテーラーは馬力が上がって、積載量も増えている。

問題なく動いているみたいで安心した。

「たまにはお昼ご飯を一緒に食べない? 多分、近くまで来ていると思うんだよ」

「それは嬉しいけど、うまく合流できるかしら」

広い砂漠でパティーを探すのは大変だ。

「何か目印になるものはないかな?」

「そうねえ……ブリッジロックっていう岩の連なりがあるんだけど、2時間くらい前にそこを通過したわ。それくらいよ。今は砂丘ばっかりで目印になるようなものはないわ」

それだけわかれば充分だ。

地図でブリッジロックと現在地を確認した。

思った通りすごく近い。

ここからならパティーたちがいるところまでは5分くらいで行けるだろう。


 進行方向やや左に冒険者の一団が見える。

『エンジェル・ウィング』だ。

「みーつけた!」

「え? どこ? こっちからは見えないわよ」

双眼鏡で見ると、パティーはきょろきょろと辺りを見回している。

とってもかわいい。

「そっちじゃなくて右うし――」

「隊長! 右後ろよりワイバーンらしき飛行体が接近してきます!」

ヘッドホンから『エンジェル・ウィング』のメンバーらしき声が聞こえてくる。

「イッペイごめん。敵襲みたい」

パティーは通信を切ってしまった。

ワイバーンだって? 

この空域にそんなものはどこにもいないぞ。

「おっさん、この船が狙われていないか?」

「え?」

俺は慌ててパティーにコールを送るが応答はない。

「マスター、前方にて魔力が高密度で展開されています。おそらくセシリー様のフレイムランスかと」

「あの脳筋ショタ魔女がぁ!」

「はっはっはっ、マスター、本音が出ていますぞっ!」

ゴブを無視してもしもの事態に備えた。

戦闘はやられる前にやれが基本だが、こちらを確認するくらいはしてほしい。

引き付けておいて一撃で決めるつもりだな。

「うわっ! ジローさん、セシリーさんを機銃でロックオンしちゃダメだ! あの人は敵じゃない!」

あわやという場面だったが、ここでパティーから俺に通信コールが入る。

「ねえ、もしかして空を飛んできているのってイッペイなの?」

「そうだよ! セシリーさんに攻撃魔法を収めるように言ってくれ」

びっくりさせようと思って、事前に空から行くことを伝えなかった俺も悪いが、もう少しで大参事になるところだった。

『エンジェル・ウィング』を見るとジェニーさんが望遠鏡でこちらを見ている。

冷静な彼女のおかげで助かったよ。

後で髪とお肌へ念入りに回復魔法をかけてあげることにしよう。



 ジローさんはパティーたちから少し離れた平らな地形に着陸した。

砂丘の上からラクダに乗ったパティーが駆け下りてくる。

「なんなのよこれっ!! また、とんでもないものを作ったわねぇ」

「小型飛空船のジローさんだよ」

俺はパティーを案内して、ジローさんの説明をした。

その後は『エンジェル・ウィング』の皆さんを乗せて砂漠の遊覧飛行だ。

さすがに全員冒険者だけあって好奇心が強い。

乗りたがらない人は一人もいなかった。

ボニーさんとマリアは地上で休んでいてもらい、エネルギー供給源の俺と操縦士のジャン、『エンジェル・ウィング』の11人がジローさんに乗り込んだ。

シートは八脚しかないので少々狭いが後ろのスペースに敷物とクッションを敷いて寛いでもらう。

ジローさんには極小だがシャワールームもついているので希望者に使ってもらおうと思ったら、全員が使いたいという。

「それじゃあ、一人につき10分だからね! それ以上入っていたら引きずり出しちゃうわよ」

パティーがくじを作って順番を決めていた。

是非、引きずり出してほしい!

『エンジェル・ウィング』の皆様はファンクラブができているくらい全員美人でスタイルがいいのだ。 一人10分とはいえ11人もいるから2時間はかかる。

順番待ちをしているメンバーはお茶を飲みながら空からの風景を楽しんでいた。

中には真面目に地図と進路を見比べている人もいる。

 俺が荷台に出ていると、洗い髪に風を当てながらパティーがやってきた。

ほのかにシャンプーの香りがする。

「まったく、ボニーとマリアに嫉妬しちゃうわね。こんな旅ができるなんて」

「あはは、新婚旅行用にはもっと豪華な船をつくるよ」

あと数日で俺はデザル神殿へと到着するだろう。

そうなればいよいよ結婚話が現実味を帯びてくる。

本当はいちゃつきたいが、他のメンバーの目があるからあんまりくっつくことはできない。

俺はパティーの髪に回復魔法をかけるために少しだけ近づいた。

「とうとう先を越されちゃうわね……」

「悔しい?」

「そりゃあ悔しいわよ」

パティーは視線を逸らせて砂漠の果てを見つめている。

「一緒に行かないか?」

ずっと言わずにいた一言を呟いてみる。

「……だめ。私たちには私たちの矜持きょうじがあるわ。ちゃんと自分たちの力でこの砂漠を踏破したいの」

「そうだよな。わかっていたのにごめん。そんなパティーだからこそ――」

「ゴホンッ」

わざとらしい咳払いに振り向くとジェニーさんが立っていた。

「お邪魔してごめんなさい。全員シャワーを使い終わったのでご報告に来ました」

2時間なんてあっという間だな。

後は食事をして、パティーとはまた離れ離れだ。

「邪魔なんてとんでもない。ジェニーさんもヘアケアをしましょうか?」

「嬉しいですわ。是非お願いします」

手をかざしてジェニーさんの髪にも丁寧に回復魔法をかけてあげた。

「本当にすごい船ですわね。どうやって作ったのですか?」

「Gランクの魔石を1000個使っているんですよ」

俺は例によって適当な嘘をつく。

ゴーレムではなくただの飛空船ならGランク1000個でも作成は可能なのだ。

半自立型のゴーレムにした途端、必要魔石の質が格段に上がってしまう。

「1000個ですか……。豪儀ごうぎなものですね」

「成金ですから」

ヴァンパイアの一件で俺たちが金持ちなのはそれなりに有名になっているらしい。

しばらくは俺たちの装備や乗り物に金がかかっていたとしても別段不信に思われることはないだろう。

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