第133話 今夜電波に乗って
慌てふためき宿屋を逃げ出していく男たちを見ながら思った。
やっちまった……。
だけどあのままサナがスケベ親父の毒牙にかかるのを見過ごすことはできなかった。
ナーデレさんも震えている。
自分は半分愛人の扱いで女中になることを覚悟していたようだが、まさかサナにまで手を出してくるとは思っていなかったのだろう。
「おっさんにしては頑張ったな」
ジャンは褒めてくれたが、実はかなり怖かった。
あいかわらず対人だと足がすくんでしまう。
「ごめんなさい、ナーデレさん。つい……」
「いえ……」
理由はどうあれ、せっかく決まっていた職をふいにしてしまったので謝っておいた。
ナーデレさんがどう考えているかはわからない。
俯いたままだ。
「どう……する?」
そこなんですよボニーさん。
一度関わってしまったから中途半端に放り出すわけにもいかないよな。
せめて生活の道を見つけるまでは面倒をみたい。
お金を渡してさようならというわけにもいかないだろう。
あんな形で町長を追い払ってしまったのでナシュワにはもういられないな。
「一回戻るしかねえか?」
ジャンの言う通りだが、二人を連れてバスマまで戻るにしても四日はかかる。
一番大きなワルザドの街なら十日以上だ。
旅の途中で砂嵐でも来れば予定など立てようがない。
しかも魔物の襲撃は砂嵐の間ですらおこる。
いつも遠距離で倒せるとは限らないのだ。
今の『不死鳥の団』なら二人を守りながら旅をすることは可能だとは思うが、時間的ロスが大きすぎる。
やはりアレを使ってしまおうか……。
「みんな聞いてくれ。アースラの父親にもらった魔石があっただろう? あれを使いたいと思うんだ」
以前、ターヘナの族長の娘たちを助けたり、ドラゴンを退治したりの謝礼でCランクの魔石を貰ったことがある。
これの使い道についてはメンバーと話し合いを重ねた結果「保留」ということになっていた。
正確に言えば第八階層までとっておこうとなっていたのだ。
第八階層についてはギルドにも資料があまりない。
100年前の冒険者の記録から八層は氷河地帯であることはわかっている。
資料を読む限りは南極大陸のような場所に思える。
実際100年前の冒険者は探索に犬ぞりを使っていた。
犬は現地で調達している。
ただし、調査はゲート付近の50キロくらいしかなされていない。
深部や、どこから次の階層へ行けるかも謎のままなのだ。
故に何が必要になるかわからない。
だから魔石はとっておくことにしたのだ。
だけど、出し惜しみをするのも馬鹿らしい気がする。
最近ではEランクの魔石までは入手できるようになっている。
確かにCランクは稀少だが、階層が深くなればDランクは入手できるだろう。
いっそここで使ってしまうのもありだな。
どうせ今この瞬間を楽しむ生き方をしているんだ。
目一杯楽しんでしまうとしよう。
「イッペイの……好きにして」
「俺もかまわねえけど、何を造るんだ?」
「新しいゴーレムを作ります!」
みんな意外そうな顔をしているな。
「どんなゴーレムですか?」
よくぞ聞いてくれましたマリア。
「飛空船型ゴーレムです!」
ジャンが俺の腕を掴む。
プルプルと指が震えているのが分かるぞ。
さすが乗り物マニアだ。
「お、おっさん…………飛べるのか?」
「飛べます! というわけで小型飛行船型ゴーレム・ジロウさん1号を開発したいです!」
ジャンがキラキラした目で俺を見ている。
ボニーさんとマリアにも異存はない。
サナとナーデレさんは全然わからないようだ。
「マスター、開発はしばらくお預けです」
「どうしたゴブ?」
「スパイ君ミニからの情報です。先程の町長が兵を集めているようです」
こういう展開は予想していたが、当たって欲しくはなかったな。
戦闘になれば圧勝できるだろうが、ここで戦えば宿や住人に迷惑がかかる。
敵の中にも生活のために仕方がなく戦う人間だっているだろう。
第一俺が戦いたくない!
だって怖いもん!
「よーし、逃げるぞ! 全員車両に乗り込め!」
砂漠に出てしまえばラクダでは車両に追いつくことはできない。
俺たちはさっさと逃げ出すことにした。
「逃げるにしてもどっちに逃げるよ?」
先頭車両を運転するジャンが聞いてくる。
飛空船を作るにしろ材料は必要になる。
素材を集めるためには交易が盛んなバスマに戻るのが賢明だろう。
「西のバスマに戻るけど、かく乱の為に東のワージドへ行くと見せかけるよ」
一端東へ向かって、街を大きく迂回すればいいだろう。
今日は風が強いからクローラーの跡も何時間かで消えるはずだ。
「マスター、城壁の門が封鎖されました。
我々を逃がさないつもりですよ」
モニターを監視していたゴブが教えてくれる。
「わかった。スパイ君たちは壁際で人の少ないところを探してくれ。錬成魔法で穴を開けて脱出する」
俺たちは宿屋に兵たちが押しかけてくる前に出発し、東側の壁に穴を開けてまんまと脱出することができた。
三時間ほど砂漠を東へ進みそこから大きく迂回して西への進路をとった。
ラクダでは俺たちには追い付けないだろうし、進路を変えた地点までたどり着く頃にはすでに車両の跡は消えているはずだ。
午後一杯を使って火煙山を再び越えた。
今日は「不死鳥の湯」で一泊する。
サナ達との出会いの場へ戻ってきてしまったわけだ。
その夜はナーデレさんとゆっくり話し合った。
ナーデレさんはサナと二人で静かに暮らしていければどんな仕事でも厭わないそうだ。
仕事があるとすればワルザドが一番だろう。
バスマで素材をそろえて飛空船を作る。
そうすればワルザドまで1日で飛べる。
夕飯の後、俺はサナに日本の昔話をしてやっていた。
桃太郎や浦島太郎などのポピュラーな物語だが、砂漠の民のサナにとってはとても新鮮な話に聞こえるらしい。
大喜びでいくつもの昔話をねだられた。
こうして夜は更けていったが、話がいったん途絶えた時、おもむろにサナが聞いてきた。
「ねえお兄ちゃん。お兄ちゃんはなんでそんなにサナ達によくしてくれるの?」
なんでだろうね。
成り行きだと思うけど、小さなサナにそんなことを言ってもなあ。
「世界にはちょっとした奇跡が起こる瞬間があるもんなんだよ。生きている内に何回かね。そんな奇跡の一つがサナに起こったんじゃないのかな」
「ふーん……」
サナは一生懸命俺の言った言葉の意味を考えているようだ。
「お兄ちゃんにもそういう奇跡って起こった?」
「もちろんだ」
「どんな奇跡?」
俺はあの日のことを思い出す。
「俺は巨大な荷車にぶつかって死んでしまったんだ」
「死んじゃったの?」
サナはさもびっくりした顔をする。
その顔が可愛くてこちらも笑顔になってしまう。
「そうなんだ。でも目が覚めたら草原にいたんだ」
「死んでなかったの?」
「そうとも言える」
「それが奇跡?」
「それだけじゃないんだ。その草原で俺はすごい素敵な女の人に出会ったんだ」
考えてみればパティーに出合ったことこそ俺にとっては最高の奇跡かもしれない。
しかも俺を受け入れて愛し合えるようになったんだから。
「女神様みたいな人?」
「そうだな。……ああ、女神様みたいな人だ」
空に銀色の月が輝いている。
そろそろ21時。
女神さまから通信が入る時刻だ。
俺はサナに「おやすみ」を言って、少しだけキャンプを離れた。
いつもそうだけど今夜は特にパティーの声が聴きたかった。
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