第132話 髭剃りイッペイ
車両はつづら折りの悪路をゆっくりと進んでいた。
ここは火煙山の登山道だ。
風化した岩肌がまるで揺らめく炎に見える。
北の嶺からは煙も上がり、まさに火煙山の名にふさわしい光景だ。
サナは初めて乗る車両に大はしゃぎだ。
俺とナーデレさんと三人で最後尾のT-MUTTに乗っている。
「荷台から落ちないように気をつけろよ。道が悪くて揺れるからな」
「大丈夫だよお兄ちゃん。この荷車はラクダよりもぜんぜん揺れないもん!」
ニコニコと笑顔を振りまくサナの姿に癒される。
こんな素直ないい子なら、娘がいてもいいなあなんて感じてしまう。
「喉が乾いたらそこの水筒に水が入ってるから、こぼさないように飲むんだよ」
「はーい!」
実に素直だ。
サナはすっかり俺に懐いて砂漠の歌などを教えてくれる。
一緒に歌っていると結構楽しい。
だけど、そんな姿をナーデレさんが不安そうに見ているのは心外だ。
まだ俺のことを怖がっているのだろうか?
マリアに聞いた話では、俺が対価を求めずに自分たちを助けたことを信じられずにいるそうだ。
ナーデレさんは自分の身体を差し出す覚悟で助けを求めたというのだ。
男ばかりの
だが俺やジャンが昨晩ナーデレさんを抱かなかったことで却って不安になってしまったようだ。
無慈悲な王により夫は強制労働のすえ死亡し、ナーデレさんも年に何度か王宮で奉仕を強要されたという。
ひどい環境に身を置いていたせいで人の善意を信じられなくなっているのかもしれない。
ひょっとしてサナを連れて行ってしまうのではないか? と疑ってもいるのだ。
サナは可愛いけどまだ子持ちにはなりたくないな。
探索に連れて行くことも出来ない。
そしてこれだけは念のために言っておきたい。
俺は断じてロリコンではない!
途中崩れていた登山道を錬成魔法で補修しながら登ったのでだいぶ時間がかかった。
峠の頂点はもう少しだが既にお昼だ。
影を作るものが何もないのでタープを組み立てて休憩にした。
ナーデレさんは積極的に手伝ってくれる。
動いていた方が安心できるだろうから俺は敢えてナーデレさんに色々手伝ってもらった。
「ご主人様、お湯が沸きました」
……え?
今なんて?
俺が驚いたのでナーデレさんの顔にも不安が広がる。
「ナーデレさん、俺のことはイッペイと呼んでもらえばいいですから」
「でも……私を奴隷商には売らないとおっしゃいました。つまりお側に置いておくのではないのですか?」
バリバリ庶民の俺にご主人様とか言われてもなあ……。
プレイなら萌えるけど、リアルご主人様は少しひく。
パティーと二人っきりの時ならそういう遊びをしてもいいんだけどね。
「ナーデレさん。いい加減に理解してください。俺は善意で貴方たちを助けただけです。見返りを期待などしていません」
「……でも」
それでも言いつのろうとするナーデレさんをサナが遮った。
「お母さん! お兄ちゃんはヘイカとはちがうんだよ!」
ヘイカ?
陛下のことだな。
オアシスの暴君のことを言っているのだろう。
「アイツも黒い髪で平たい顔をしていたけど、お兄ちゃんとは顔が全然違うもん。あいつはお兄ちゃんみたいに優しい目をしていない。ハザマはお父さんやお母さんを虐める悪人だもん! 一緒にしちゃダメだよ!」
ハザマ?
ハザマって、まさか挟間とか羽佐間とか波佐間か?
「ハザマってオアシスの王の名前ですか?」
「はい……」
ナーデレさんは唇をかむように頷く。
思い出したくない過去があるのかもしれない。
ひょっとするとハザマは転移者だったのかもしれない。
死んでしまった今となっては確かめようもないが、この世界に来ているのが俺一人とは限らないだろう。
白人はアジア人の顔の区別がつかないという話を聞いたことがある。
ナーデレさんも俺にハザマを重ねて怯えていたのか。
「なあ、もしかして俺って怖い顔をしているのか?」
マリアに聞いてみる。
「……そんなことありませんよ」
素晴らしい笑顔だが一瞬間があったぞ。
「ボニーさん」
「……」
目を逸らした!
「おっさんは目が細いから、微妙なんだよな。よく見ると小心者ってわかるけど、いきなりだとヤバい奴に見える!」
ジャン君、正直な意見をありがとう。
それにしたって生理的に怖がっている者をすぐにどうこうできるもんじゃない。
今日中にナシュワに着く予定だからそこでお別れだが、誤解は解いておきたいな。
日本男児はハザマみたいなやつばかりじゃないですぞ!
口で言ってもどうしようもないから、意地でもナシュワに送り届けてやる。
そうすればナーデレさんも俺を見直すだろう。
感謝の視線を背に受けながら後ろ手に手を振って去って行く、最高にクールな男を演出してやるぜ。
お昼はチキンの香辛料焼きをナーデレさんが作ってくれた。
この人は中々の料理上手だ。
クスクスの上にチキンや野菜を乗せて食べたが本当に美味しかった。
ちなみにチキンは生きている鶏をかごに入れて持ってきたやつを捌いた。
南無!
ところでこの親子はナシュワに着いたらどうするつもりなのだろう。
見たところ無一文で僅かな手回り品しか持っていない。
「ナーデレさん、ナシュワに着いたらなにか生活のあてはあるのですか?」
「……いえ、何もありません」
親戚などを頼るのかと思ったらそうではないようだ。
これでは無事にナシュワについても住むところはおろか生活用品もない。
仕事だって見つかるかどうかわからないだろう。
「今後の予定はあるのですか?」
「何もありません。ですが元の家にいたとしても死を待つばかりでした。私たちはオアシスの最期の住人でしたから」
近隣の人たちはとっくに出て行ったというわけだ。
「しばらくはどこか建物の陰か、木の下にでも暮らすしかないですね。仕事は見つかればいいですが」
この辺りでは大きいとはいえナシュワは人口が1000人に満たない小さな町だ。
仕事が見つかる可能性は低い。
「イッペイさんなんとかなりませんか?」
いきなりそんなこと言われても難しいぞマリア。
そりゃあ手持ちの現金をいくらか渡してやって、仕事を探すのを手伝うくらいなら出来るかもしれないけど……。
「ねえお兄ちゃん、お母さんと私を一緒に連れて行ってくれないかな? 私、お兄ちゃんのために一杯働くよ! 冒険者の仕事だって覚えます!」
「サナ……ごめん。それは無理だよ。俺たちは魔物と闘いながら危険な探索をしているんだ。危なくてとても連れて行けないよ」
「……そっかあ」
可哀想だがこればっかりは無理な相談だ。
ナシュワには3時ごろに到着した。
町で唯一の宿屋にチェックインする。
今日はナーデレさんとサナも一緒に泊る。
ナーデレさんはサナをマリアに預け、早速仕事を探しに行った。
ナシュワは小さな池を中心にした半径2キロ程の小さな町だった。
果たして仕事は見つかるのだろうか。
少し不安が残ったが見守るしかない。
夕方の6時をまわってナーデレさんが帰ってきた。
町長の屋敷でちょうど女中を探していて採用されたそうだ。
サナと一緒に住み込みで働かせてもらえるという。
まずはめでたい。
これで予定通り明日にはナシュワを出発することができるな。
その夜はみんな疲れていたのですぐに寝てしまった。
朝が来た。
今日も紫外線が強そうだ。
これでサナたちとお別れだと思うと、たった二日一緒にいただけなのに寂しく感じる。
きっとサナが俺のことをよく慕ってくれたからだな。
出立前に道具錬成でサナの服でも作ってやることにしよう。
そんなことを考えながら食後のミントティーを飲んでいる時だった。
宿の扉が開かれ、油じみた太った男が3人の男を引き連れて入ってきた。
彫は深いがスケベそうな顔をしている。
奴はキョロキョロとあたりを見回した後、こちらの方へやってきた。
そしていきなり言い放ったのだ。
「ほれ、早く屋敷へ行くぞ。娘を連れてこい」
「あ、もう少しお待ちを。まだ恩人にお礼もきちんと申し上げておりません」
ナーデレさんが辛そうな顔をしている
「ふん、早くせんか。ん? ……これがお前の娘か? 可愛い顔をしているではないか!」
背中がざわっとした。
こいつ今……サナに好色の目を向けなかったか?
「……おい」
男は初めて俺に気が付いたようにこちらを見た。
「すぐにここから失せろ」
俺の言葉に3人のボディーガードが剣を抜こうとしたが奴らが持っているのは剣の
俺以外のメンバーが一瞬にして柄と刀身を高周波ブレードで切り離してしまったのだ。
全員驚きで声も出せない。
俺も腰のマチェットをゆっくり抜いた。
「次はお前の髭でも剃ってやろうか?」
俺は「Yes ロリータ No タッチ」宣言をしたロリコン以外の人権を認めない。
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