第129話 お前が欲しい

 歓楽街までのいつもの道をモヤモヤした気持ちのまま歩いた。

俺はどうしたらいいのかを決めかねたままライハーネに会おうとしている。

一つだけはっきりしているのは四日後にこのバスマを俺は旅立つ。

これだけは覆すことができない俺の希望だ。

人の人生を丸々背負ってやることはできねえ。

マリアはライハーネの魂を救済するとか言ってた。

なんだそりゃ? 

天国? 

いずれにせよライハーネという女は消えてなくなる。

魂が天国に行くにしろ、自我が崩壊して怨霊になるにしろ、ライハーネがいなくなるという事実だけは変わらないと思う。

そりゃそうか。

死んだ時点で本当はもうどこにもいない筈なんだ。

それでも俺はあいつに会ってしまった。

だったら……。


「ジャン!」

俺を見つけたライハーネが小走りに駆けてくる。

とても幽霊には見えねえ。

初めて会った時よりも元気にさえ見える。

「よう。なんか今日は……綺麗にみえるな」

そう褒めたらライハーネは少し嬉しそうな、それでいて悲しい顔をした。

「……ジャンがキスをしてくれたおかげ」

「そうか」

こいつの肉体はとうにない。

それでもあの唇の感触はやけにリアルに感じた。

「ジャン……私のこともう気づいたんだね」

「ああ」

「それでも私に会いに来たの? 私は貴方にとり憑いて、ずっと一緒にいてもらおうとしたのよ」

そうなればライハーネは本当に寂しくなくなるのか?

「少し歩こう」

歓楽街を抜けて、静かな裏路地からライハーネの家へと階段を上った。

今夜は空に雲がかかり辺りは真っ暗だ。

俺はライハーネの手を握った。

「冷たい手だな」

「……ジャンの力を借りて、ジャンに幻を見せてるのよ。私がリアルになればなるほどジャンは力を失って……やがては死ぬわ」

俺たちはライハーネの家の中へと入った。

真っ暗で何も見えない。

持ってきた蝋燭に火を灯すと、昼間見た光景と同じ、何もない部屋が闇に浮かび上がった。

「ジャン……私を抱きたい? 貴方は死んでしまうけど」

何度も聞かれた質問だ。

今夜は答えを出そうと思う。

俺はライハーネの手を引いて自分の手元に抱き寄せた。

魂の救済とか死ぬとかそういうのはわからねえ。

ただライハーネが欲しかった。

それが俺の正直な願望だ。

ライハーネは驚いたように目を見開く。

「キスの時は目を閉じて欲しい」

「ジャン……わかってるの? 貴方死んじゃうのよ!」

俺から離れようとするライハーネを再び抱き寄せて唇に舌を差し込んだ。

死ぬつもりはないけど、やめるつもりもなかった。

ライハーネの舌が俺の舌の動きに合わせて反応する。

クラクラするのは性的な刺激だけじゃなくてHPが減っているからだろう。

俺の生命力が下がるにつれてライハーネの身体が匂い立つように艶めかしくなった。

「ジャン、ありがとう。嬉しいわ。だけどもうやめて」

「いやか? ライハーネが本当に嫌ならやめる。だけど俺はお前が欲しい」

俺はライハーネの服をたくし上げて、手を差し込んだ。

片手で愛撫を続けながら、もう片方の手でおっさんが作った上級ライフポーションを開けて一息で飲む。

ありがたいことに効いているようだ。

フラフラしていた頭がシャンとした。

互いの舌を絡め合いながら、胸、太腿、尻、性器を愛撫していく。

その度に俺の生命力が吸い取られ、ライハーネは熱く、潤いをおびていった。

3本目のポーションを飲み干したあたりでライハーネの準備はできたようだ。

服を全て脱がせて、俺も脱いだ。

ポーションはあと2本しかない。

果たして最後までもつかどうか。

「ジャン……本当は私の肉体はもうないのよ! こんなのは幻なの、貴方を死なせたくない!」

ライハーネが泣きながら叫ぶ。

「お前の身体がもうないなら……お前の心だけくれないか?」

俺はライハーネの白い太腿を開き、その体に割って入った。


△▼△▼△▼


 体から大量のエネルギーが放出されたような倦怠感の中で、抱きしめていたライハーネの重みが少しずつ消えていくのが分かった。

「ジャン……ありがとう」

「俺は……俺の望んだことをしただけだ」

ライハーネは唇を重ねてきたが、その感触は淡く、もうほとんど実態がないように感じた。

「ずっと怖かったの。何もいい思い出もないまま私が消えてしまうことが本当に怖かったの」

「ああ。まだ、怖いか?」

ライハーネは小さく首を振った。

「少し怖いけど大丈夫。今なら、さよならできる。……だから先にいくね」

「ああ。俺も四日後には冒険に戻るから、これでお別れだ」

「うん。さよならジャン。貴方に出合えてよかった」

ライハーネの存在はどんどん希薄になり、やがて俺の胸の中から消えた。

握りしめた砂がすり落ちていくようにあいつはいってしまった。



 隙間風が入るなと思ったら、マリアが帰ってきていた。

「おかえり。ちょっと過保護がすぎやしないか?」

「反省しています……」

何があったかは知らないが、マリアの元気がない。

「どうしたの?」

「なんでもありません。我ながら無粋というか……何をやってるんでしょうね私は……」

なんだかわからないが、この様子ならジャンも無事だろう。

悄気しょげかえるマリアをボニーさんがいじる。

「いつまでも……処女だからだ」

それは違うだろう。

「そのせいですか」

マリアも納得するな。

「イッペイ……マリアに誰か紹介……してやれ」

マリアに男を紹介だと!? 

誰かいるかな? 

『マキシマム・ソウル』のライナスや他の面々。

爺さんだけどリカルド。

『星の砂』のサウルさんたち。

ダメだ! 

俺はマリアとは付き合えないけど、他の男を紹介するなんて悔しくてできない! 

我ながら勝手だよねぇ。

でもさあ、マリアの初めてを奪う男なんて「ジューc—4爆弾」で吹き飛ばしたくなるんだもん。

爆ぜろ! って気持ちはよくわかる。

「紹介できるほどいい男に知り合いはいません」

ボニーさんは俺の心を見透かしたようにジト目で見てくる。

「マリアはどんなタイプが好きなの?」

「そ、そうですね。思いやりがあって誠実な方がいいです」

相変わらず優等生の答えだ。

「顔の……好みは?」

「顔はあんまりこだわらないですね。……清潔にしていただいてればそれで」

平たくてもいいのか!? 

いいってことなのか!?

「イッペイ……落ちつけ」

すみません、取り乱しました。

でも、マリアはそういうところがあると思う。

イケメンとかにはこだわらなさそうだ。

「周りに……いい男はいない……のか?」

マリアは少しだけいたずらっぽい顔をする。

「そうですね。年下は恋愛対象にはなりませんが、……今日のジャン君は少しだけ恰好よかったです」

ほう。

マリアにそういわせるとは大したものだ。

俺には無理だな。

「アイツがいい男になるには……あと五年はかかる」

「五年待ちますか、ボニーさん?」

俺の質問にボニーさんは小さく笑うだけで答えてはくれなかった。

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