第125話 死んだ冒険者たちに

 パティーさんとおっさんが再開の喜びを噛みしめている。

ここは二人っきりにしてやるのがいきな男ってもんだろう。

俺はテーブルに座ったまま鉄串の焼肉にかぶりついた。

俺と同じようにマリアも動く気配はない。

「パティーさん、幸せそうな顔だな」

「ふふ、ジャン君も恋人とか欲しくなったりしますか?」

「……冒険者に恋人なんて……待たされる女はつれぇだろう?」

マリアの表情が曇る。

「俺の親父は冒険者だったんだよ。親父の帰りを待つお袋を見て育ったからさ……」

親父は4層で死んだらしい。

詳しいことは俺も知らねえ。

俺が14の歳だった。

家に帰ってくれば酒をカッくらって寝てばかりいた。

大した思い出はねえ。

だけど剣の使い方だけはあいつが教えてくれた。

10歳の時だ。

何を思ったのか、突然ショートソードを買ってきてくれて構えと振り方だけを教えてくれた。

親父が何かくれたのは後にも先にもあの時だけだ。

夕暮れまで稽古をした帰り道、親父は呟くようにいった。

「あと五年したら俺と迷宮に潜るか?」

その話をお袋にしたら、お袋は随分と悲しそうな顔をしていた。

でも俺は誰にも言わなかったけど……五年後を楽しみにしていたんだ。

親父と潜る迷宮をな。

だからやっぱり特定の女なんか作らない方がいいんだ。

それこそ一緒に迷宮に行ける女でもない限りは……。


 俺たちは『エンジェル・ウィング』と同じ宿に部屋をとった。

この街で一番高級な宿屋だそうだ。

部屋も広く飯もうまかった。

だけど俺としてはワルザドの「ランプの明かり亭」の方が好きだ。

部屋も小さいし、料理も豪華ではなかったが温かみがあった。

ノエミやハサンの親子が気さくでいい人だったからかもしれない。

 夕飯を終えておっさんはとっとと部屋へ行ってしまった。

ボニーさんとマリアは自分たちの部屋で女子会らしい。

後でセシリーさんやジェニーさんも合流するようだ。

なんだか楽しそうだが女ばかりの所へ混ぜてもらっても、気を使うだけなので嫌だ。

退屈でたまらないのでおっさんの部屋にでも行ってみるか。

「おっさーん、俺だぁ」

ゴブが扉を開けてくれた。

「どうかされましたか?」

「おっさんは?」

「マスターならお出かけになりましたよ」

なんだと。ずるいぞ! 一人で遊びに行ってしまったのか。

「ちぇっ、こっちは退屈してるのに。どこへ行ったんだ?」

「それは察してくださいませ」

察する? わけがわかんねえ。

「この宿には『エンジェル・ウィング』の皆さんもお泊りになられているんですよ」

そうか、パティーさんの所へ行ったんだな。

「ん、わかった。それじゃあしょうがないな」

「随分気合が入ってたみたいだから朝までお戻りにはならないかもしれません」

「ほお……」

オッサンもついに覚悟を決めたか。

ゴブも20分後には休眠状態に入るというので俺も部屋に戻る。

いっそ夜の街を散策にでも行くか。

けっして治安はよくないだろうが、まあ大丈夫だろう。

さすがに丸腰というわけにはいかないので、剣とハンドガンは携行した。

『不死鳥の団』標準装備ポーチと、俺専用の特別仕様になっている、バックラーと一体型のワイヤーフックも装備した。

これだけあれば不測の事態が起こっても対処できるだろう。

大きな街だから酒場の一軒くらいあるだろう。

一杯ひっかけてくるのもいい。

別に酒が飲みたいわけじゃないけど他に何をしたらいいかわかんねぇ。

なにか楽しいことを求めて俺は夜の街へと繰り出した。


 予め宿屋の亭主に歓楽街の場所は聞いておいたので、道に迷うことなく行くことはできた。

バスマの歓楽街には3つのエリアがあり、高級、普通、下層とはっきりと棲み分けができている。

わかりやすくて嫌いじゃない。

金ならいくらでもあったが普通の店を選択した。

「7Dディル」って名前の店だ。

カウンターの他にテーブルが10あって、そこそこ広い。

「エールをくれ」

注文すると不思議そうな顔をされた。

エールがなんだかわからないらしい。

バスマにはエールがないのか。

「こいつはフカールを欲しがってるのさ」

カウンターに座っていた男が通訳してくれた。

「わりいな、まだ砂漠に慣れてな……あんた、ロットさんじゃないか!」

カウンターに座っていた男はネピアのトップパーティーのリーダー、ロットだった。

「ん? 誰かと思ったらおめえか」

「な、俺のこと知っているのか?」

「当たり前だろう。初心者講習で面倒見てやったじゃねえか」

その通りだ。

俺とおっさんとメグが参加した初心者講習ではロットさんが主任教官だった。

だがまさか覚えているとは思わなかったのだ。

「まあ、座れや」

俺はロットさんの隣に腰かけた。

「しかしアンタも記憶力がいいんだな。まさか俺のことを憶えているとは思わなかったぜ」

「ん~まあ、教官をやるなんざ、あれが初めてだったしな」

俺の前にフカールの入ったジョッキが運ばれてきた。

一口飲んだがかなり酸っぱい。

酸味を和らげるように少しハチミツが入っている。

「ネピアのエールとは別もんだろ? おい、ベルトバをくれ」

ロットの前に強そうな酒がショットグラスで置かれる。

「まさか、あのガキがもう七層まで来るとはな……」

「あの時一緒に受講していた奴らとパーティーを組んだんだ。教官をしていたボニーさんも同じパーティーにいる」

「ほう、影鬼えいきが一緒か……」

ロットはベルトバを一息に煽る。

「砂漠には慣れたか」

「ああ。砂漠の魔物とも順調に経験をつめてらぁ」

「そうか……エタンも喜ぶな」

っ!! 

なんでロットが親父の名前を知っているんだ!?

「あんた、……親父の知り合いか?」

「大昔のことだ。エタンとは同じパーティーにいたこともある。そのパーティーは解散して別々の道に進んだわけだが、飲み友達ってやつだな。行きつけの店が一緒でよく二人で飲んだ」

まさか親父にこんなすごい知り合いがいるとは思わなかった。

「エタンが酔っぱらうとよく言ってたんだ。あと何年かしたら息子と迷宮に潜るってな。嬉しそうな顔でよ……」

クソ親父が……そぶりぐらい見せろってんだ。

「親父の代わりに教官を引き受けてくれたのか?」

「柄じゃなかったがな……。おめえが登録に来たら俺に連絡が来るようにギルドには話をつけておいた。エタンができなかったことをやってやろうと思った」

ネピア最強の男が教官なんておかしいとは思ってたんだ……。

「俺が冒険者になるとは限らなかっただろうに……」

手を伸ばしたフカールのジョッキはもう空っぽだった。

「ベルトバを二つくれ」

ロットが新しい酒を注文して、グラスの一つをこっちに寄こした。

「死んだ冒険者たちに」

ロットがグラスを掲げる。

俺もグラスを手に取った。

「死んだ冒険者たちに」

俺たちは一息にベルトバを飲み干した。

熱い液体が喉を通り過ぎて、身体の中に吸い込まれていく。

もし親父が生きていたら、こんな風に二人で飲むこともあったのかもしれない。

俺たちが共有できる話題は迷宮だけだ。

今ならなんとなくわかる。

だから俺たちは共に迷宮に行きたかったのかもしれない。


 ロットは砂漠の酒の種類をあれやこれやと教えてくれた。

随分と機嫌がいい。

本当はここから3つ先のオアシスまで進んでいたのだが、資金が尽きてバスマまで戻ってきたそうだ。

小さなオアシスでは魔石の需要は少なくて、あんまり買い取って貰えないと言っていた。

しかも作物の生産力が低いから金で食料を買うことさえできねえ。

食い物がなけりゃあ戻ってくるしかねえよな。


 俺たちは店の前で別れた。

「ガキに金をはらわせられるか!」といって酒代はロットが全部払ってくれた。

少しふらつくがいい気分だ。

いざとなればおっさんのくれた中和剤というものがある。

こいつを飲めばたちどころに酔いがさめるそうだ。

変なのに絡まれたら飲んでもいいが、せっかくの気分を壊したくない。

冷たい風を心地よく感じながら夜のバスマを歩いた。


「お花いりませんか?」

小さな声が聞こえた。

見れば街角に花売りの女がいる。

俺より年下だろう。

こいつは身体を売ってるのではなく、本当に花を売っているみたいだ。

たぶん飲み屋の女や、娼婦たちへの土産用の花だな。

なんでだろう? 

この女から目が離せない。

特別美人というわけじゃない。

満足に飯を食ってないな。

身体だって痩せていて、見えている腕は随分と骨ばっている。

胸だってあるのかないのか分からないような大きさだ。

でも悲し気な瞳がやけに気になった。

「きゃっ」

ぼんやりと眺めていたら、花売りが二人組の男に絡まれた。

男たちはだいぶ酔っているな。

ふむ、中和剤は飲まなくても大丈夫だろう。

「それくらいにしとけよ。こいつが売ってるのは花なんだろ?」

特に気負うこともなく、自然体で俺は男たちの前に立った。

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