第123話 すみれ September Dream

 後方を警戒していると、車両が通った軌跡が長く地平線のかなたまで続いているのが見える。

随分と遠くへ来たものだ。

俺たちにはタッ君やT-MUTTがあるから、早く、楽に砂の海を渡っていける。

だがもしこの世界の人々のようにラクダに乗って旅をしていたら、今頃ギブアップしていたかもしれない。

ラクダは車両に比べてずっとのろく平均時速は7キロ程だ。

移動速度が落ちればその分、水も食料もたくさん用意しなければならない。

多量の荷物を抱えた移動の負担を考えれば、当代の冒険者たちがこの砂漠を攻略できないでいるというのは、ごく当たり前のことに思えた。

「イッペイさん。二時の方角、砂丘の間に何か見えた様な気がします」

マリアが何かを見つけたようだ。

「魔物?」

「いえ、人工物のように見えました。砂丘の間からチラっとだけ見えたのでわかりませんが」

「了解。念のためにススム君を偵察に行かせるよ」

ススム君は新型の索敵ゴーレムだ。

スパイ君が砂の上で活動できないためドローン型のドロシーを作ったのだが、風が強い日はドロシーもうまく飛ぶことができない。

そこでこのススム君の登場だ。

ススム君はタッ君やT-MUTTとおなじクローラーを持っている。

というよりもカメラと作業用マニュピレーター(手)をのせた全長45センチのクローラーそのものだ。

一応軽機銃を装備している。

現在は指輪型防御ゴーレムのマモル君を指から3つ外して3台のススム君を運用中だ。

俺の防御力が微妙に落ちているがマモル君Ⅱがあるので大丈夫だろう。

 車両を停止させてススム君の報告を待った。

時をおかずにススム君からの映像が届く。

38度を超える高温の中で俺は寒気を憶えていた。

モニターに映っているのは1台の大破したテーラーだ。

最近ボトルズ王国ではメジャーとなりつつあるタイプの車両だ。

だがこの砂漠でテーラーを所有するパーティーを俺は一つしか知らない。

しかもこのテーラーは俺の自作だ。

見間違えるわけがない。

俺がパティーに作ってやったテーラーだった。

「おっさん、これってパティーさんの……」

「ああ。とりあえず現場を調べてみよう」

ススム君からの報告では辺りに魔物はいない。

ただしオブトルン・スコーピオンなどは砂の中に隠れていることがある。

何日か前にはそれで負傷もしているので気を付けなければならない。

警戒を解かずに現場へと向かった。


 テーラーは大型の魔物にでも襲われたのか大破していた。

前方の駆動部分と、後方の荷車部分の両方に酷い傷跡がある。

「戦闘の……跡」

砂の中に潜む魔物にでも襲撃を受けたのだろう。

傷跡は2か所とも底部についていた。

テーラーの周囲に車輪の後はない。

放置されてから半日以上は経っているだろう。

「あっちに巨大なサンドワームの死体が干からびてたぜ。墓とかはなかった……」

車両は犠牲にしたが、死者は出ていないと願いたいな。

荷台には若干の荷物も残されていた。

調べてみると主に衣服や素材だった。

パティーに作ってやったテーラーは二台。

おそらくもう一台に水や食料を乗せてこの場を立ち去ったのだろう。

「現状を見る限り、多分……大丈夫」

「俺もそう思いますよ」

パティーがこんなところでやられるとも思えなかった。

あいつは出会った頃よりずっと強くなっているのだ。

俺の贔屓目ひいきめ抜きでボニーさんより強い。

俺はほっと肩の力を抜いた。

「っ!」

荷物を調べていたジャンが不自然に固まっている。

「どうしたジャン? ……っ!」

俺も固まってしまう。

ジャンの前にあるバッグには服がたくさん詰まっていた。

そしてジャンの手には1枚の高級ランジェリーが……。

「て、適当に引っ張りだしたらこいつが……」

「その服見覚えがある。それユージェニーさんのバッグだ……」

「ジェニーさんが……こんなのを……」

ジャンが手にしたランジェリーを凝視している。

「現行犯で……逮捕」

「お二人とも有罪ですね」

「何で俺まで!?」

「女の秘密を了解も取らずに見てしまったからですわ」

別に故意に見たわけじゃないのにひどい。


 ひょっとすると『エンジェル・ウィング』は次のオアシス、バスマにいる可能性がある。

だったらこの荷物は届けてやったほうがいいだろう。

テーラーも修理してやるとするか。

荷台の方は素材錬成と道具錬成で直すことができたが、駆動部分はどうしようもなかった。

そこで回収できる素材を利用して新たな駆動部分を作成した。

テストドライバーには車両好きのジャン君が志願してくれた。

「どうだった?」

「少しハンドルが重い気がするな。『エンジェル。ウィング』は女の子ばっかりだからもう少し扱いやすい方がいいんじゃねえか? それとパワー不足を感じる。これじゃあ急な砂丘は登れないぞ」

ジャンもちゃんと女の子に気遣えるんだね。

見直したよ。

「ところでおっさん、さっきのあれ……ジェニーさんのやつ……何色っていうんだ?」

「え? ああ、あれか。……スミレ色かな」

「スミレ……か」

「可憐な色だよな」

「うん……」

俺もジャンもきっと忘れない。

9月の砂漠に咲いた季節外れのスミレの花を。

俺たちはもう、その花の名前を知っているのだから……。


 ジャンの意見を取り入れて更にテーラーを改造することにした。

パワー不足はそれぞれの車輪に魔導モーターを取り付けることによって出力を上げて改善しよう。

 テーラー作成に結構時間がかかるので、その場所で昼休みをとることになった。

今日は俺が修理で手が離せないのでマリアとボニーさんとジャンで昼飯を作っている。

昼飯にはクスクスというソボロ状のパスタに野菜と干し肉を水で戻したものを加え、澄ましバターで風味付けをしたものを作る予定だった。

若干の心配はあるがみんな楽しそうに料理をしているので俺は修理に集中することにした。

「(マスター、材料は足りますか?)」

砂丘の上でアンチマテリアルライフルを担いで警戒に当たっているゴブから思念が届く。

「(ああ。前の車体の素材を流用するから問題ないよ。足りない分は手持ちの品で何とかなりそうだ)」

「(マスター……)」

「(どうしたゴブ?」」

「(パティー様がバスマにいてくれたらいいですね)」

ゴブとパティーの付き合いも古い。

こいつが生まれてすぐにパティーに会わせたもんな。

ゴブは何も言わなかったけど、心の中ではパティーの身を案じているのだろう。

「(ゴブ、大丈夫さ。きっと大丈夫)」

「(ええ、もちろんそうでございましょうとも)」

信じろゴブ。

だってパティーだぜ。

きっと元気に決まってるさ。

だが声すら聴けないのは寂しいよな。

……高ランクの魔石も手に入るようになってきたし長距離通信ができる装置を考えてみようかな。

異なる階層間は無理だけど、同一エリアなら通じる強力な通信機だ。

うん、我ながら実にいい考えだ。


 新しいテーラーが完成するとほぼ同時くらいに、クスクスも出来上がった。

3人がニコニコしながらお皿を持ってくる。

「私が……作った」

「私だって頑張りましたよ」

「何言ってるんだ、俺が一番役に立ったって!」

3人とも張り切って作ったようだ。

普段は俺とゴブでやってしまうけど、たまには他の人に任せた方がいいかもしれないな。

「食べて……みろ」

一口食べてその辛さに驚くが、味は悪くない。

「愛情を青唐辛子で……表現してみた」

「愛がとってもからいです」

舌がヒリヒリしたが美味しいことは美味しかった。

冷やしたスイカを齧りながらみんなで全部平らげた。

「さあ、バスマまではもう一息だ。午後は一気に進むぞ」

『不死鳥の団』は再び砂上を進む。

灼熱の太陽に焼かれた熱い風がラーサ砂漠にふいていた。

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