第122話 ダンス・ウィズ・マミーズ

 ターヘラの街を出発してから二日が経過した。

今日は朝から何度も魔物と遭遇したせいで100キロくらいしか進めていない。

「砂ばっかりで……飽きた」

ボニーさんのぼやきも当然のような気がする。

砂漠は広大で、日の出日の入りなどはとても美しいのだが、毎日毎日砂に囲まれていると飽きてくる。

「潤いが足りねえんだよな!」

おサルさんの心もカサカサになっているようだ。

「少し早いけど野営の準備をしようか?」

俺の提案に反対する者はいない。

殺伐とした気持ちで戦闘を続けるのは苦行以外の何物でもなかったのだ。

 ドロシーで周囲を偵察すると古い街の跡を発見した。

街跡といっても、風化が進み、砂に埋もれた塔や壁がわずかに残っているだけの廃墟群だ。

数百年は昔のものだろう。今夜はそこで夜を過ごすことにした。


 廃墟跡にはおびただしい木材が転がっていた。

昔はこの辺にも木がたくさん生えていたのだろう。

ありがたく焚火の材料にする。綺麗な石が落ちていると思い拾い上げると、古い陶器の破片だった。

かつての人の営みをわずかに伝える歴史の欠片だ。

たぶん水源が枯れてこの街は滅んだのだろう。

砂上に転がる丸太をくりぬいて作った小舟が妙に侘しさを感じさせた。

「お元気がありませんね」

冴えない顔をしていたんだな。

マリアが心配して声をかけてくれた。

「ここって昔のオアシスがあったところだろ。悠久の時間を感じてぼんやりしてただけだよ」

「そうですか……」

「ジャンじゃないけど心に潤いが欲しくなるよね」

「脱ぎましょうか?」

マリアが脇をやや絞めて胸を強調させた。えっ?

「冗談です」

目を伏せながら微笑むマリアの口元が妙に色っぽい。

確かにマリアの裸なら心が潤いそうだ。

だけどちょっと刺激が強すぎるかな。

それにしても、この手の冗談が言えるくらいにうち解けてきてくれたということか。

「マリア、そういう冗談は男を勘違いさせるぞ。気を付けて欲しい」

「ごめんなさい。前にジャン君にやったらすごく反応が可愛かったもんですから」

ジャンも餌食にしてたのか! 

多分マリアは自分の魅力を理解しないでやっているな。

少し説教した方がいいだろう。

「おいおい。そんなセリフを聞いたら男は獣になってしまうかもしれないんだぜ」

「大丈夫ですよ。ジャン君とイッペイさんにしか言ったことはありませんから。こんな冗談が言えるのは『不死鳥の団』のメンバーにだけです」

「俺が襲い掛かったらどうするんだよ?」

そんなことを言ってたら後ろから後頭部を殴られた。

「イッペイが襲い掛かったところで……関節を決められて投げられる……だけ」

ボニーさんとジャンがいた。

「それ以前におっさんには押し倒す根性がない」

「あのなあ、俺はパティー一筋なの」

メンバーとの他愛のない会話がささくれていた心を慰めていくのが分かる。

「はあ……」

いきなりボニーさんが盛大なため息をついて立ち上がった。

「どうしたんですか?」

数瞬後にはマリアとジャンも立ち上がっていた。

え? ああ……。3人に遅れること数秒、ようやく俺にもわかった。

「お客さん……来た」

蜃気楼に揺らめく大気の中を、人にあらざる者の群れが歩いてくる。

「マスター、もうお気づきのようですが『マミー』の群れが近づいています。数124体」

砂丘の上で見張りをしていたゴブからも連絡が来る。

かつてこの街の住人の遺体がミイラ化・魔物化したのだろうか? 

俺はアサルトライフルの安全装置を外した。

「イッペイ……近接戦闘の用意」

「狙撃じゃだめ?」

「だめ。防御力も上がってるし……相手の動きも鈍い。丁度いい……訓練」

近接戦闘が苦手な俺に実戦経験を積ませるわけだ。

そういえばこの世界に来て初めてかもしれない。

「私がそばにいる……大丈夫」

マモル君Ⅱもあるし、ボニーさんが横にいれば大丈夫かな。

「わかりました。よろしくお願いします」

「いく? うん、一緒に……いこう」

わざと言ってるな。

戦闘前に心をかき乱さないで欲しい。

俺は指のマモル君たちを確認してから高周波マチェットを抜く。


「うおおおおお!」

自分を鼓舞するように声を上げて走る。

そのすぐ後ろをボニーさんがついてきていた。

「最初の一撃をあてる……それだけを考えろ」

この期に及んでまだ迷いのあった俺だったが、ボニーさんに明確な目標を与えられて覚悟が決まった。

正面の敵に一太刀与える。

それだけを考えて突っ込んだ。

 腰を入れてマミーの頭を斜めに切り落とす。

乾いているせいか血は吹き出ない。

日頃の訓練通りその場にとどまらずに走り抜けた。

「おっさん、その調子で走り続けろよ!」

俺の横から迫るマミーを切り倒してジャンが駆け抜けていく。

なんでそんなに嬉しそうな顔をしているんだ? 

迫ってくるマミーの攻撃を避けて、転がりながら脚を切りつけてやった。

だがすぐその後に別のマミーの蹴りをくらう。

マモル君がなかったら負傷していたレベルの蹴りだ。

「多数を相手にしてるんだ……攻撃に固執するな」

「そうですよイッペイさん。まず自分に有利な状況を作り出すのです。そのために走っているんですから」

ボニーさんとマリアが周りを抑えてくれている間に立ち上がった。

みんな踊るように動いている。

まるでダンスをしているみたいだ。

華やかな舞踏会で俺だけが無様にもがいているようだった。

でもそんな中で一太刀だけ会心の一撃を出すことができた。

体幹がぶれないシフトウェート。

それにより敵の身体が流れる。

刀身を立て、最短距離で敵にマチェットをふるった。

一連の動作が流れるように連続した時、斬撃は強烈なスピードを生んだ。

「それ(だ)!」

三人が同時に叫ぶ。皆が満足するような動きができたようだ。


 戦闘は暗くなる前に終わった。

俺も何とか20体のマミーを倒したぞ。

初めての近接戦闘は怖かったけど、少しだけ技量が上がった気がする。

気づかぬうちに口の中に入った砂を水を含んで吐きだした。

俺だけでなくみんな砂だらけだ。

「ねえイッペイ……して」

いつものようにボニーさんに洗浄を頼まれた。

なんど聞いても「して」の部分で少しドキドキする。

「私にも……して下さい」

マリアもボニーさんの真似でお願いしてくる。

さらにドキッとしてしまったぞ。

今日のマリアは少し変だ。

「マリア……それは私の……持ちネタ」

「ごめんなさい。悪ふざけが過ぎました」

マリアも洗浄してやる。

「おっさん……俺にも……して」

ジャン、笑えないよ。

今日はなんかおかしなノリが『不死鳥の団』を支配している。

長く一緒に探索していればこんな日もあるのかな? 

明日には次のオアシス、バスマに到着する。

このオアシスで一週間くらいの休暇をとった方がよさそうだ。

ひょっとしたらこの街にパティーがいるかもしれないと期待している。

そろそろ追い付いてもいい頃だ。

なんの根拠もないがバスマでパティーが俺を待っているような気がしてならなかった。

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