第121話 夏の終わりに
水平線を真っ赤に染めて砂漠の太陽が沈んでいく。
四時にはターヘラに到着している予定だったが、砂嵐のせいで既に七時をまわっていた。
ターヘラの街が近づきタッ君を豪華な絨毯と天幕で飾り立てた。
大きなクッションには
「みんな打ち合わせ通り頼むよ。ゴブがご主人様で俺が召使頭だからな」
「了解。よろしくねっ……ご主人様!」
「さすがはボニー様、見事なまでのギャップ萌えでございます。上目遣いの角度も完璧ですな!」
「うむ」
ゴブとボニーさんが何やら遊んでいるが無視して出発することにしよう。
ターヘラの街は壁に囲まれた砂漠のオアシスだった。
街道に面して据え付けられた門には大きなかがり火が焚かれている。
「とまれぇ!」
門衛が叫び声を上げた。
生まれて初めて見る車両を警戒しているのかもしれない。
「そ、その場にてしばし待たれよ」
俺たちの扱いについてどうしたらいいのか困っているようだ。
優雅なしぐさでアースラが立ち上がる。
「私はラミガの族長ファリードが娘アースラだ。私と妹のラナが帰ってきたと、早う館へ使いを出せ」
「な、アースラ様?」
たぶん門番はアースラの顔を知らないのだと思う。
今だってヴェールをかぶっているしね。
「ただいま館へ使いをやりました。しばしそのままでお待ちを」
言葉や態度は丁寧になったが壁の内側には入れてくれない。
この街は最近盗賊に襲われたばかりだもんね。
それくらい警戒しておいた方がいいと思う。
ややあって身なりのよい初老の男が走ってきた。
「おお! アースラ様よくぞ御無事で!」
男は大地にひれ伏し泣きながら神に祈りを捧げだした。
ラナがそっと教えてくれたが、この人は族長の側近ということだ。
「お父様は今どこに?」
「館が襲われたという知らせを聞いて、急遽ドラゴン討伐を中止して戻ってまいりました。現在は館にて盗賊追撃の準備をされております」
「わかりました。あちらにおわすゴブジン様は私たちを助け家宝を取り戻して下さった恩人です。ゴブジン様は星の欠片より生まれし善き
アースラが打ち合わせ通りの口上を述べて、俺たちは館へと案内された。
モザイクをふんだんに使った豪奢な館だ。
入口から入ると部屋の中央には噴水が出ていて、バラの花びらが敷かれていた。
感動の親子の対面が終わると、族長ファリードがゴブの方へと向き直る。
小太りだががっちりとした筋肉もついた中年だ。
豊かな口ひげをたたえている。
「ゴブジン殿、よくぞわが娘を助けてくれた。我はどのようにして貴方に報いればよいだろうか」
「我は星の欠片より生まれ、砂塵と共に砂漠を渡る魔人である。礼など無用なこと」
「まさか、まさか。そのままお帰ししたとあってはラミガの名折れ。まずは酒宴を用意させるので、ごゆるりと寛がれよ」
「かたじけない。我は特殊な魔人故に人の口に入る物は食べられないが、我が配下の四天王が代わって饗応をお受けいたそう」
四天王ってだれだよ?
ゴブあんまり暴走しないでくれよ。
宴席へ向かう途中、先ほどあった側近の人に呼び止められた。
「イッペイ殿、少々お尋ねしたいことがございます」
何事だ?
早速ボロがでてしまったか?
「ゴブジン様は飲食ができないとお聞きしました。どのようにおもてなしをすればいいかご相談したいのです」
確かに主賓が飲み食いできないのに宴席というのも困るだろう。
「ゴブジン様は美しいものを好まれます。女はお抱きにはなりませんが、美姫の舞を見るのがことのほかお好きです」
「おお! 早速手配させましょう。他には何かございませんか?」
「そうですなぁ……」
ゴブの趣味と言えば読書くらいだが、さすがに宴席の最中に本を読むとかはあり得ないだろう。
俺は適当にゴブの趣味を伝えて酒宴の席に着いた。
宴席の料理は素晴らしかった。
全てを記述することは避けるが、二十三種類もの手の込んだ料理がだされ、その一つ一つが美味だった。
特に鳩肉のパイが気に入った。
宴席の中央ではゴブと族長が話し込んでいる。
「ゴブジン殿、本来ならば私の娘を貴方に差し上げて妻にしてもらいたいところだが……」
「はっはっはっ、ファリード殿、我は人の女を抱くことはできない身、ご容赦願いたい」
いいぞゴブ。
その調子で断りきってくれ。
「ならば私はどうやって貴方の恩に報いればよい?」
「そうですなぁ……。人が食物を糧に生きるように、我は魔石を糧に生きております。もしよろしければファリード殿の魔石をお分け下さらんか?」
なんですと?
「おお! それなら話は早い。我が宝物殿から選りすぐりの魔石を差し上げよう」
ちなみに宝物殿の鍵は族長が肌身離さず持っていたので盗賊たちにも荒らされていない。
盗賊たちがとっていったのは館の中にあった金品だけだ。
途中ゴブがエロ本談義をしたり、突如始まった闘技大会でボニーさんが優勝したり、ファリードがマリアを第五夫人に欲しがったりと色々あったが、宴は楽しくすすんだ。
だが、いよいよ終了という時になって突如、街中から銅鑼の音が鳴り響く。
「申し上げます! ドラゴンです! ドラゴン二体がターヘラへ向かって進行中との報あり」
ファリードは前日までドラゴンと交戦していたのだが、自分の館が盗賊に襲撃されたことを知って撤退を決断した。
ところがドラゴンを見張っていた兵士が、今度はそのドラゴンが仲間を引き連れて街に向かってくると報告してきたのだ。
「全兵士を門前に集結させろ。儂もすぐに向かう!」
先ほどまで和やかだった場が、今や緊張に包まれている。
「ゴブジンどの聞いての通りだ。せっかくの酒宴だがことは一大事。許していただきたい」
「なんの、いい余興ができたというもの。イッペイ、我の得物を持て!」
「はっ」
俺は跪いてアンチマテリアルライフルを恭しく献上する。
「さあファリード殿、深夜のドラゴン狩りとまいりましょう」
不敵に笑うゴブに、一同は一言も発せられずにいた。
城壁の上でゴブはアンチマテリアルライフルを構える。
月の明るい晩だったがドラゴンはまだ見えない。
門前には200名を超えるファリードの部下が巨大な
今回ゴブには強力な炸裂弾を渡してある。
たとえ相手がドラゴンでも通用するはずだ。
「ゴブジン様見えました。距離1800です」
いい月夜だ。
風もない。
「バスッ!」
くぐもった音をたてアンチマテリアルライフルから炸裂弾が発射される。
弾は過たず眉間に命中し、ドラゴンの巨体が砂に沈んだ。
ファリードをはじめ、ターヘラの人々には何が起こったのかすらわからない。
そして理解が追い付かないまま2体目のドラゴンも砂の海に消えていった。
その後、ターヘラで数百年にわたり語り継がれる伝説の夜であった。
街中の人間が英雄の出発を見送りに来ていた。
ゴブさんとお父様は握手を交わしているところだ。
お父様はゴブさんにCランクの魔石を差し上げたとか。
中々奮発しましたね。
ですが私やラナだけでなく街をドラゴンから救ってくれた対価としてならそれくらいは当然でしょう。
人ごみをかき分けてイッペイさんが別れの挨拶にいらっしゃいました。
「アースラ、元気で。本当は君とここで暮らしていけたら幸せだったかもしれないんだけどね」
「嘘がお下手ですわ。優しい嘘はもういいのですよ」
私の言葉にイッペイさんは苦笑されていました。
砂煙を上げて去って行く車両を、私は目を離せずにいつまでも眺めていました。
ラナが心配そうに私の顔を覗き込んでいます。
「姉さま、もしかして姉さまはイッペイさんのことが……」
「そんなことはありません」
恋に落ちるのに時間は関係ない。
それは一瞬の出来事だ。
あの人とは三日間一緒にいたけれど、ときめいたことは一度もなかった。
でもなぜだろう、心がそわそわする。
彼の自由な生き方に嫉妬をしているのかもしれない。
もしも、と私は想像の翼を広げてみる。
彼の妻となりこの砂漠を共に旅をしたらどうだっただろう?
私たちは愛し合えたのだろうか?
私が運転する車両にイッペイさんが乗り、二人で砂丘を越えて風になる生き方を夢想してみた。
「うふふ」
「どうされました姉さま? 突然お笑いになるなんて」
「なんでもありませんよ」
夏が終わろうとしている。
少し低い雲が流れていく。
私の白昼夢は風に攫さらわれ、乾いた砂と共に青い空へと舞い上がっていった。
さようならイッペイさん。
さようなら、実現しなかった私の結婚。
さようなら……17歳の私の夏。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます