第120話 ゴブジン

 砂嵐の中で俺の思考はしばらく停止していた。

いきなり「嫁ぐ」ってなに? 

どこでどうしてそうなった? 

周りは砂嵐が吹きまくっているし、アースラはキリリとした顔で俺を見つめてくるし、困ってしまう。

お茶を飲んで落ち着こう。

「嫁ぐって、アースラが俺に?」

「はい」

「どうして?」

「御恩に報いるためです」

つまり、俺が姉妹を助けて財宝を取り返したから、お礼に自分が嫁に来ると、こういう理屈ですか? 

まあ、俺に惚れたと言われるよりは説得力があるな。

言ってて悲しいけどさ。

「でも、そんなことアースラが一人で決めていいの?」

「決めるのは私ではなく父です。ラミガの者が恩を受ければ娘を差し出すのは当たり前のこと……」

俺はラミガ族じゃないんだよね。

この砂漠はおろかボトルズ王国の生まれでもない。

これが異文化ギャップか。

「あのね、恩なんて返さなくていいんだよ」

「そうはまいりません! ラミガの民は恩知らずということになってしまいます。ご先祖様に申し訳が立ちません」

ご先祖様より俺のことをおもんばかって欲しい。

小学生の頃、子ども会というのがあった。

近くに建っているお寺でよく集まりがあったのを憶えている。

優しい和尚さんがいつも同じお菓子をくれたもんだ。

でも俺はそのお菓子が嫌いだった。

人工的な桜の匂いのついた最中もなかがどうしても好きになれなかったのだ。

優しい和尚さんを傷つけないために子どもながら気を使って無理をして食べたよ。

意識の底に沈んでいた十数年前の記憶が突然蘇ったわ!

好きでもないモノを贈られても対処に困る。 

いや、桜風味の最中と違いアースラはとても魅力的だ。

食べちゃったらとても美味しいのだと思う。

だけど食べるわけにはいかないのだ!


「俺、結婚を約束した人がいるんだ」

「つまり、私は第二夫人ですか?」

第二夫人もデ〇ィ夫人もないよ。

……たしかあの人第三婦人だっけ?

「そうじゃなくて、俺なんかのところに嫁ぐことはないんだよ」

「ラナの方がいいということですね……」

なんでそうなる? 

俺はロリコンではないし、どちらかというとアースラの方が好みだ。

いや、それもちがう!

「そういうことではなく、嫁は欲しくないということなんだ」

「私たちでは魅力が足りませんか? もしも経済的な心配をなさっているなら無用です。相応の持参金は持ってまいります」

もう何とかしてくれ。

アースラも大きな瞳に涙をたたえて困っている。

風土や歴史が違えば物事に対する考え方が変わってくるのは当然だ。

ボトルズ王国では一夫一妻制が当たり前だけど砂漠地帯では一夫多妻がステータスなのだ。

もっともボトルズ王国でも側室や愛人、妾を囲う金持ちはたくさんいるんだけどね。

家父長制が強い土地柄でもあるのだろう。

「聞いてくれアースラ。君は俺のことを愛しているかい? 俺の故郷では愛し合った男女が婚姻関係を結ぶのが一般的なんだ」

「確かに今は恩義しかございません。まだ愛情というものはないというのが正直な答えです。ですが、愛は夫婦になってから育むものではないですか?」

そういうあり方もいいと思うし、ラミガ族にとってはそれが一般的なのは理解できる。

「そうだね。そういう夫婦や愛の形というのも素晴らしいと思う。だけどそれを俺に押し付けるのはやめて欲しいんだ」

アースラは一生懸命理解しようと努めている。

「つまり、イッペイさんは結婚する前に愛されたいということでしょうか?」

「ちょっと違うな。愛されることも嬉しいんだが、俺自身も相手を愛してから結婚したいんだよ。押し付けられる結婚はごめんなんだ」

「私のことは愛してもらえないのですね」

そんな目で見ないでくれ! 

違うんだよ。

好きだよ。

いや好きじゃない。

いやそれも違う。

そもそも恋愛感情はないんだ。


……ため息がでる。少し視点を変えてみるか。


「じゃあちょっと感情のことはおいておこう。俺は冒険者だ」

「存じております」

「俺はターヘラに着いた次の日には冒険へ出かける予定だ」

「婚礼まで1カ月の猶予を下さいませんか」

「それはできない。デザル神殿へ向かうことは俺たちの至上命題だ」

「……どうすればよいでしょうか? 私もお供するべきでしょうか? それとも家でお帰りをお待ちすべきでしょうか?」

彼女は砂漠の民だ。

「一緒に行くことはできないよ。デザル神殿までなら一緒に旅をすることはできるかもしれない。でもその先は無理だ。君は転送ゲートをくぐれない」

砂漠の民が魔法陣にのっても転送装置は作動しない。

「……ならば家でお帰りをお待ちします」

「もしそうなるなら愛を育む時間なんてないだろう? しかも俺は旅先で死んで二度と会えないという可能性もあるんだ。そんな結婚に幸せなんてないと思うよ」

アースラの両目から大粒の涙が零れる。

「では私はどうすればよいのでしょう? 父が貴方との結婚を命じれば私は行くしかないのです」

「なんで俺が断るという選択肢がないのさ?」

これこそ文化的ギャップだな。

たとえ嫁が気に入らなくても持参金は入ってくる。

その上一夫多妻制なら真に好きな女とも一緒になれるから、断るなんてことは普通しないのだろう。

「私にはなぜイッペイさんが縁談をお断りになるのかが理解できません。もし私が嫌いならば別邸にでも閉じ込めておけばいいだけではないですかっ!」

遂にアースラの感情が爆発してしまう。

こうまで文化が違うと相互理解は本当に難しいな。

その後も話を聞いたが、ラミガ族にとって縁談を断られるというのはとんでもなく不名誉なことであり、断られた娘は一生破談のレッテルを背負わされるそうだ。

「じゃあ君は、俺と結婚して一生別居という暮らしをしてもかまわないのかい?」

「それは……」

「俺が持ち合わせている愛情は複数の女を同時に愛せるほど多量じゃないし、自分の欲望のために女を侍らかせておくほど薄くはないんだ」

本当かだって? 

そりゃあ俺だってハーレム風にあんなことやこんなことをしたいという憧れはあるよ。

でもさ、パティーが悲しむことはしたくないもんね。

パティーが怒ると怖いしさ……。


「……わかりました。私は一生日陰者として生きていくしかないようです」

そうなっちゃうよな。

それは可哀想すぎるよね。

ここで久々に俺の詐欺師スキルが発動する。

「なあ、助けたのが人間なら嫁をやって恩に報いるのかもしれないが、もし魔人ジンが君たちを助けたとしたらどうなる?」

魔人ジンがですか? それは……魔人ジンに嫁ぐかもしれません」

やめてくれ、あいつなら喜んでもらい受けてしまうかもしれない。

「その魔人が……その、なんだ、生殖機能がない場合は?」

「え?」

「そうだな、肉体的に性別がない場合はどうなる?」

「……嫁ではなく、財貨の寄与や祭りを催して功績を称えることになるかもしれません」

なるほど。

ここはゴブジン様にご登場いただくほかないかもしれませんな。

ゴブを俺たちの主人に仕立て上げて、俺たちはゴブの召使ということにしてしまえば何とかなるかもしれない。

さっそくアースラに計画を話す。

「うまくいくでしょうか?」

「多分大丈夫だと思う。何と言ってもゴブは演技派だ。魔人ジンにふさわしい衣装を用意してやればそれらしく見えるはずだ」

砂嵐が止むまで俺たちはゴブジンの衣装づくりを続けた。

金の腕輪やカラフルな服、手持ちの宝石をふんだんに使った装身具も用意した。

ゴブのことだ、ノリノリで着てくれること間違いなしだ。

 その後、通信でみんなに事情を説明した。

思った通りゴブははしゃいでいる。

「お任せくださいマスター。砂漠の魔人ジンについては『オアシスのハーレムナイト』や『ヤリヂンと40人の痴女』という書物で既に勉強済みでございます」

書物の中身はわからないがすごい自信だ。

期待しているぞ!

 砂嵐は3時間後には止み、俺たちは再びターヘラへと出発した。

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