第118話 嵐の予感

 冒険者と名乗る一団に助けられた私とラナは「ランプの明かり亭」という小さな宿屋に一部屋をあてがわれた。

こじんまりとしているが清潔で落ち着く部屋だ。

「姉さま、……私たち助かったのですね」

部屋についたとたんにラナの瞳から涙が零れる。

ずっと我慢してきたのだろう。

盗賊たちに婆やが殺された時、ラナは泣き叫んでいたが、次の朝からは感情がなくなったように黙っていた。

私も同じようなものだった。

奴隷として買われる未来に思いを巡らせたとき、そこに希望などなかったのだ。

「あの方は、イッペイさんは本当に私たちを家に帰してくれるのでしょうか?」

「それは大丈夫だと思うわ。こうして月輪の腕輪も私に渡してくれたもの」

「そうですね……きっと私たちを送り届け、我が家の財宝も返してくれるでしょう……」

そう言ったままラナは顔を伏せる。

「どうしたのラナ?」

「だって……。イッペイさんが我が家の財宝を返してくれたら、お父様はその御恩にどのように報いると思いますか?」

私はようやくラナの心配事を察することができた。

ラミガの者がこのような恩を受けた場合、娘を嫁として与えるのが当たり前だ。

お父様はきっと私かラナをイッペイさんに差し出すだろう。

「私は……、その、あのような凹凸の少ないお顔の殿方は……」

「ラナ、恩人の悪口を言うなんて魔人ジンに攫われても知りませんよ」

軽く窘めながらも苦笑せざるを得ない。

イッペイという人物は誠実そうな人だが、のっぺりとした顔をしている。

まだ15歳のラナは結婚に夢を見ている年頃だ。

受け入れがたいのだろう。

間もなく18歳になる私でさえ、完全な諦めはついていない。

相手はお父様が決めるとわかっていても、夢は見続けていたいのだ。

出来ることならあまり年上ではない美丈夫の手からジャスミンの花束を受け取りたかった。

「安心なさい。いざとなれば私がいきます。どうせ行き遅れた身ですから……」

「姉さま! そんなことをおっしゃらないでください!」

私の婚約者は砂漠の魔物と死闘の果てに死んでいる。

2年前の夏だった。

2回しか会ったことはなかったが涙を流したのを覚えている。

そこから婚姻の話は今まで出ていない。

婚約者が死んで、不吉な女との風評が立っているようだ。

「いずれにせよ決めるのはお父様です。今から心配していても私たちにはどうにもできませんよ」

「はい……」

その夜、私たちは心細くて、10年ぶりに一つの寝台で眠った。



 夜は相変わらず錬成だ。

ワイバーンからEランクの魔石がでたが、その後、別の戦闘でもう一つEランクの魔石を入手できた。

一つはマモル君をパワーアップさせ、もう一つはドエム2機関砲を追加することが話し合いで決まった。

これでT-MUTTは二台とも機銃を装備することになる。

かなりの戦力アップだろう。

マモル君も大幅な進化を遂げた。

従来のマモル君は瞬間的に防御力180のマジックバリアを張ることができたが、今度のマモル君Ⅱは10倍の防御力1800のバリアを張れる。

マックスでは防御力9000だ。

マモル君3体とマモル君Ⅱ1体を組み合わせれば、なんと最高防御力11700のマジックバリアを張れることになったぞ! 

もしかしたらドラゴンの突進も止められるかもしれない! 

やらないよ。止められないで死ぬかもしれないから。


 相変わらず砂漠の朝は寒い。

出発の前に市場によって毛皮の敷物を買っていこうと俺は心に決めていた。

早めの朝食をとりいよいよ出発の時間になる。

「ゴブちゃん、また遊びに来てね」

「はい、ノエミ様。今度この街に来るときは必ずお土産を持ってまいります。楽しみにしていてください」

すっかり仲良くなったゴブとノエミは別れの名残を惜しんでいた。


 今回はゲストにアースラとラナがいる。

二人には一番安全な中衛のボニーさんとタッ君に乗ってもらうことになった。

タッ君の荷台に絨毯を厚く敷いてクッションなども用意する。

俺たちは三台の車両に分かれて出発した。

 途中一回だけ、地竜との戦闘があったが、概ね順調に旅程は進んでいる。

さすがに機銃が二つあると戦闘がかなり楽になった。

Eランクの魔石がもう一つ出たら、タッ君にも機銃を装備したいな。

ドエム2の威力に驚いたのかアースラたちが大きな目を更に見開いていた。

戦闘経験なんてなさそうだから怖かったのかもしれない。

地竜を運ぶのは大変なので薬品用に血液だけを採取して他は諦めた。



 あまりのことに私もラナも声を失っていた。

イッペイさんは偉大な魔法使いだと宿屋の女の子が言っていたが、まさかこれほどとは思っていなかった。

「姉さま……地竜とはあのようにたやすく狩れるものなのですか?」

「私も戦闘を間近で見るのは初めてです。ですが……あれは異常だと思います」

この『不死鳥の団』というのは全てが異常なのだ。

私も族長の娘なので強い剣士や魔法使いを何人も見てきた。

『不死鳥の団』の人たちも十分強いのだが、私が見てきた戦士たちが見劣りするかと言えば決してそんなことはない。

だけど、この人たちは根本的に何かが違っていた。

今乗っているこの「車両」と呼ばれる荷車だって常識の範囲を超えている。

砂漠においてラクダよりも早く走れるものを私は知らない。

そしてドロシーと呼ばれる鳥の精霊ジン、その瞳が見つめる先を映し出すミスリル版なる板、全てが不思議だった。

「姉さま、イッペイさんがこれだけの力を持っているとなると……」

「どうしたの?」

「お父様はきっとイッペイさんを気に入ると思います。そうなればやはり……」

「その話はもうよしなさい」

私はラナを黙らせた。

私の覚悟は既に決まっている。

奴隷として売られることになっていた身空を思い出せば、イッペイさんに嫁ぐことなど百倍もましだと言えよう。

この人は冒険者で旅に生き、少々顔の造作が平たいだけだ。

知性も教養もあり、品性もそれほどは悪くない。

気さくで優しい人柄だとも感じる。

おかしな性癖もなさそうだ。

そう信じたい……。



 二時間弱で昨日も来たクリスタルロックへ到着した。

ここで今日最初の休憩をとる。

時刻は10時前でだいぶ気温が上がってきた。

今日もスイカがうまい!

 ふと見るとアースラがT-MUTTを興味深げに眺めている。

ネピアでこそ自動車は浸透してきているが、ラーサ砂漠ではまだ走ってはいないのだろう。

「車両に興味があるの?」

「あ、……はい。どうすればこのようなものが走るのかと不思議に思っていました」

「これは俺の自信作でね、動かしてみる?」

「私がですか?」

少しつり目のアースラが困った顔をするのが可愛い。

「そうだよ。ほら簡単だから見てごらん」

アースラはずっと緊張していたみたいだから、いい気分転換になるかもしれない。

「ラナも一緒に……」

「わ、私はご遠慮します。姉さまだけどうぞ……」

ラナは目を伏せて日陰に行ってしまった。

俺はアースラにコントロールパネルの説明をする。

もともとラジコンの様に操作できるだけあって、複雑な構造はしていない。

「そう、そのレバーをゆっくり倒して」

「きゃあ!」

車両はゆっくりと動き出す。

最初は遠慮がちだったアースラだったが段々と運転にも慣れてきた。

飲み込みが早い。

「イッペイさん、あの砂丘へは登れますか?」

「あれくらいの傾斜なら大丈夫だよ」

「それじゃあ行きますよ!」

いつの間にかアースラから笑みがこぼれていた。

よかった、楽しんでくれているみたいだ。

高い砂丘の上へ出ると遥か遠くまで見通せた。

「ずっと向こうの右の山がウズマ山です。ターヘラはあの山のもう少し向こうなんですよ」

一面に広がる砂の海の向こうに黒い山が見えている。

「この調子でいけば暗くなる前に君たちを送り届けることができそうだ」

「はい……感謝しております。イッペイさんは……ターヘラに着いたらどうなさるおつもりですか?」

「そうだな。とりあえず宿で一泊して次のオアシスを目指すと思うよ」

「そうですか……」

アースラは俯いてしまう。

何か心配事でもあるのだろうか? 

力になれることなら手伝うが、事情を聴いてみるか。

そう思った矢先にゴブから通信が入った。

「マスター、至急お戻りください。砂嵐が接近しています」

ドロシーからの映像を確認すると、北から茶色い雲海みたいな、入道雲をいくつもひっつけた様な塊が迫ってくるのが見えた。

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