第117話 夢を運ぶ人

盗賊たちに捕らえられていた娘に話しかけるが何も答えてはくれなかった。

俺のことを疑わし気に見つめるだけだ。

どちらも砂漠の民らしく大きな瞳が印象的な美人だ。

スラリとした体つきをしている。

どちらもまだ10代くらい、ハイティーンといったところか。

恐ろしい目にあって人を信用できなくなっているのだろう。

仕方がないので盗賊たちに素性を問い質す。

「娘たちをどうしようと思ったんだ?」

盗賊の頭は不貞腐れた様に砂に唾を吐いて、顔をそむけた。

その態度にジャンが剣を一閃させる。

砂の上に頭目の親指がポトリと転がった。

自分でも冷静だなと感じるほど俺は落ち着いて、叫び声を上げる頭目の指を回復魔法でつけてやる。

「ジャン、無抵抗の人間をいたぶるのは感心しないな」

「こいつらが無抵抗の人間に何をしてきたか尋問してみろよ」

「わかったから少し離れていろって。……指をつけてやるのは今回だけだ。次にあいつがお前の指を切ってもくっつけてやらないからな」

盗賊は渋々ながら頷いている。

「もう一回聞くぞ。あの娘たちをどうしようとしたんだ?」

「ワルザドの娼館に売るつもりだった。どちらも部族長の娘で生娘だ。100万ディルにはなる」

上品な顔立ちをして服もいいものを着ていると思ったら、お嬢様だったようだ。

顔も似ているし姉妹かな?

「もちろんその娘たちはアンタにやる。なんならアジトに隠したお宝も全部アンタにくれてやる。部下になったっていい。命だけは勘弁してくれ」

随分態度が変わったなと思ったら、後ろでボニーさんが巨岩を切って遊んでいた。

退屈だったらしい。

高周波振動発生装置付きのドラゴンマチェットで覚えたての抜刀術の練習をしている。

マチェットが閃ひらめくたびに大岩がスパスパと切れていくのだ。

そりゃあ盗賊もビビるだろう。

「おっさん、こいつらどうするつもりだ?」

「ワルザドの官憲に引き渡すさ」

ラクダにたっぷり水を遣りながら走らせれば今日中に帰れるだろう。

「こいつらのお宝はどうする?」

「もういいよ。面倒だ」

前回、ポーの資産を所有するための手続きに二カ月以上の時間がかかった。

金は十分持っている。

いまさら資産を増やすことは些末なことに思えた。

そんなことに時間をとられるくらいなら、財宝なんかさっさと諦めて七層の探索をつづけたい。

再び盗賊に向き直って聞く。

「この娘たちはどこから連れてきたんだ?」

「ターヘラ……」

地図によればターヘラはここから西に150キロ以上離れたオアシスだ。

ちょうど俺たちが目指す最初のオアシスでもあった。

相変わらず何もしゃべらない少女たちに俺は話しかける。

「聞いてくれ。今からワルザドの街へいき、盗賊たちを役人に引き渡す。君たちにも一緒に来て欲しい」

彼女らの表情に感情は動かない。

「俺たちはデザル神殿を目指している冒険者だ。ターヘラを通ることになるから君たちを送っていってあげられる」

瞳はじっと俺を見つめたままだったが、結局彼女たちは言葉を発することはなかった。


 生活魔法で大量の水を作りラクダに飲ませる。

今から速足で歩いてもらうので大盤振る舞いだ。

しばらく水を制限されていたらしく、ラクダはがぶがぶと水を飲んでいた。

二列縦隊で繋がれたラクダに盗賊を乗せ、その周りを車両で囲む。

あらかじめドエム2機関銃の威力を見せつけておいたので逃げるやつはいなかった。


 ワルザドには夕方の5時前につくことができた。

まだまだ明るい時刻だ。

盗賊を荷物ごと役人に引き渡そうとしたが、その時はじめて年上の女の子の方が口を開いた。

「盗賊の荷物の中に我が家の家宝がございます。他の物は構いませんが月輪げつりんの腕輪だけはお返しください。伏してお頼み申し上げます」

少女二人はラクダから飛び降りて大地に身を投げ出す。

お願いだからそういうのやめてください! 

俺が取り上げたみたいじゃないの!

「おい! この子たちの腕輪はどこだ?」

盗賊から腕輪のありかを聞きだし、年上の方に渡してやった。

涙ぐんで胸に抱いているよ。

よっぽど大切なものだったんだね。

プラチナにクルミくらいある大粒のダイヤモンドがはめ込まれている。

家宝というだけあってこれ一つでかなりの財産だ。

ほとんどの荷物は水や食料だったが、金銀財宝が詰まった箱もいくつかあった。

「ラクダに積んであるのはこの娘の家から奪った財宝か?」

「……そうだ」

そうなると話がややこしいな。

財宝も全部役人に渡そうと思ったが、持ち主が娘の親なら届けてやらなければならないだろう。

荷物が増えると碌なことにならないが、捨てていくわけにもいかないよな。

少し憂鬱になりながら盗賊を役人に引き渡して、聴取を受けた。


 なんだかんだで『ランプの明かり亭』に帰りつくことができたのは夜の7時をまわってからだった。

「お帰りなさいゴブちゃん。イッペイさん。こちらへどうぞ」

宿の娘のノエミが長椅子に案内してくれる。

救出した少女たちも一緒にテーブルにつく。

夕飯は鶏肉とひよこ豆の入ったトマトシチューのような煮込みだった。

パスティアラという肉やアーモンドをパイ生地で包んで揚げた料理も美味しかった。

「思ったより手続きが簡単でよかったでしたね」

マリアが薄パンの入った大皿を回してくれる。

「ああ。あっさりしたもんだったな」

実際手続きは驚くほど簡単に終わった。

ワルザドには冒険者ギルドの駐在員がいたのが大きかったと思う。

ギルドカードの提示をしたら後の手続きは彼の方でやってくれるということで話が付いた。

「あの……」

食欲のままにガツガツとご飯を書き込む俺に少女たちがおずおずと声をかけてくる。

「昼間は助けていただいたのにお礼も言わずにすみませんでした!」

「いいんだよそんなことは。俺たちが新手の盗賊かもしれないと疑ってたんだろう?」

「はい。失礼ながらその通りです。私はアースラ、こちらは妹のラナです。改めてお礼を申し上げます」

アースラとラナは砂漠の民らしい独特なお辞儀をする。

そこへハサンが食後のハーブティーを運んできてくれた。

「お嬢さん方、その服から察するにラミガ族のお人だね」

「はい。ラミガの族長の娘でございます」

そういえば盗賊がそんなことを言っていたような気がするな。

「さっきも話したが俺たちはデザル神殿へ向かう冒険者だ。当然ターヘラのオアシスにも寄るつもりでいる。君たちさえよかったら送っていくよ」

「ありがとうございます。我らが父はきっとあなた方に謝意を示し、尊き行いに十分な礼をもって報いるとお約束いたします」

……えーと、そんなに大袈裟なのはいいからね。

美味しいご飯でも食べさせてくれればそれで充分だから、と伝えておいた。

その後の話で彼女らが攫われたいきさつがわかった。

 今年に入ってターヘラの近くにドラゴンが巣をつくったそうだ。

ドラゴンは一度ターヘラにもやってきたという。

だが300年にわたりオアシスを守ってきたラミガ族はドラゴンスレイヤーの一族でもある。

守備隊は2昼夜に渡る攻防を経てドラゴンを撃退することに成功した。

それ以来ドラゴンは街を襲うことはなくなったが、街道では商隊が襲われる事件が頻発しだした。

業を煮やした族長は自ら200人の部下を率いてドラゴン退治に乗り出す。

「盗賊はその隙に乗じたのでございます。父が街を離れた二日後のことでした」

22人の盗賊が族長の館を襲ったのは深夜。

新たに雇い入れた下男が盗賊の手引き役だった。

ほとんどの兵はドラゴン退治に行っていて、館には僅かな護衛しか残されていなかったそうだ。

「物音がして目覚めた時には首元に刀を突きつけられていました」

アースラもラナもそこで口を閉ざしてしまう。

「もうじゅうぶんわかりました」

彼女たちが見たのは惨殺や凌辱の光景かもしれない。

これ以上聞くこともないだろう。

「今夜はこの宿でゆっくり休むといい。明日にはターヘラに連れて行ってあげるからね」

俺の言葉に妹のラナが言いにくそうに口を開く。

「でも、ここからターヘラまでは200キロの距離があるんですよ。明日中に着くなんて無理です……」

今日はラクダと一緒に走ったから車両は本来のスピードを出していない。

平均時速35キロで進めば明日中にオアシスに到着することも可能なのだ。

「大丈夫だよ。イッペイさんは偉大な魔法使いだからね!」

小さなノエミが俺のことを保証してくれた。

「ありがとうノエミ。でも俺は魔法使いじゃないぞ」

「じゃあなんなの?」

「ただのポーターさ!」

ノエミは不思議そうな顔をしてゴブの顔をみる。

彼女の疑問に何でも答えてくれる友達の顔を。

「ノエミ様、マスターは人の望みをかなえる、夢の運搬人ポーターでございます」

うまいことを言うけど、ハードルを高くするのはやめてね。

 俺たちは明日のスケジュールを確認し合ってから、それぞれの部屋にひきあげた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る