第114話 洗礼

夜、部屋で剣を錬成する。

素材は先ほど購入したドラゴンの角だ。

デザートドラゴンはひたいの部分に一本の角を持っているが、これの強度はドラゴンの鱗さえも越えている。

まともに突進を受けたら、どんな装甲でも突き破られてしまうだろう。

俺はマモル君を四つ装備しているため、最高で防御力3600のマジックシールドを張れる。

だが角によるドラゴンの刺突(しとつ)はこの防御力を上回るだろう。

基本の戦い方はいつも通り遠距離からの攻撃で敵の接近を許さないことだ。

質量が違う相手に接近戦など出来るわけがない。

フェザー級とヘビー級が戦ったって結果は見えている。

だが、奇襲を受けた場合など、接近戦の用意はしておかなければならないだろう。

それには剣だけでは心許ないな。

やっぱり毒かな?

でも、どうやって毒を撃ち込もう? 

針は鱗を通らないし、器用に目を刺すことも出来ない。

口へ投げ入れる? 

無理があるなあ。

従来通り前衛が敵の足を止めて、ゴブが狙撃というのが望ましいか。

 錬成魔法でドラゴンの角を加工した。

二本の角から全員の刃を5本ずつ作った。

これは高周波振動発生装置つきの柄に換装して使う。

刃の部分は使い捨て前提の武器だ。

激しい戦闘になれば刃こぼれや、目に見えない損傷を抱えることになるだろう。

メンテナンスも大事だが、ある程度は消耗品と割り切って使うしかない。

長さは現在メンバーが使っている剣やマチェットに似せておいた。

ジャンは長剣、ボニーさんはマチェット、マリアが双剣、ゴブにはハルバードをそれぞれ作る。

製作の過程でドラゴンの角は魔力の流し方によって音響兵器になることがわかった。

ドラゴンのスキル「威圧」の正体なのだが、角から特殊な音波を出していたようだ。

この音波にあてられると攻撃意欲が阻害され、恐怖心を煽られる。

使い勝手がいいので自分のマチェットもドラゴンの角を素材にしたものに交換した。

これのお陰で無駄な戦闘が避けられるかもしれない。


 翌日は寒さで早朝に目が覚めた。

砂漠の夜は寒いと聞いていたが、14度の寒暖差はけっこうこたえる。

人の動いている気配がしたので食堂の方へ降りていくとハサンが既に朝食の用意をしていた。

「おはようイッペイ。ご飯はまだだよ。これを飲んで待っていなさい」

ハサンがくれたのは暖かいカフェオレだ。

牛乳ではなくヤギの乳が入っている。

この辺りでは各家庭でヤギを飼うのが一般的だ。

冷えた身体に濃い目のカフェオレが美味しかった。

寝ぼけ眼のノエミがやってきた。

「おはようゴブちゃん」

「おはようございますノエミ様。その桶はなんですか?」

ノエミは小さな桶を手に提げている。

「今からヤギの乳を搾るのよ」

「乳搾り! ノエミ様。その仕事、ゴブに手伝わせてはいただけませんか?」

「ゴブは乳搾りをやってみたいの?」

「はい。ゴブはヤギに触るのは初めてでございます。是非体験しとうございます」

そういえば、ゴブは馬車につながれた馬なんかとよく会話していたな。

アパートの近くに住む猫とも仲良しだ。

動物が好きなのだろう。

二人は仲良くヤギの所へ行ってしまった。

 それから少ししてマリアがやってきた。

やはり寒かったようだ。

暖かいカフェオレを嬉しそうにすすっている。

「今日はボニー教官の訓練日だから朝食をしっかり食べておいた方がいいな」

「ええ。スタミナ切れをおこしたら大変ですよ」

マリアもやる気充分のようだ。

マリアと言えば神聖魔法に目が行きがちだが、近接戦闘も上手にこなす。

神殿の武闘派集団、元祓魔師隊所属は伊達じゃない。

彼女の絞め技をくらった男は天国を感じながら昇天してしまうだろう。

 ハサンが朝食を運んできてくれた。

大きな木のトレーに薄パン・チーズ・豆のペースト・オリーブ・目玉焼き・あんずジャム・ぶどうなどがのっている。

コーヒーとミルクはセルフサービスでお代わり自由だ。


 ギルド発行の地図によると、街から37キロの地点にクリスタルロックと呼ばれる大きな岩山があるそうだ。

キラキラ光る不思議な大岩で旅人たちの休憩ポイントになっている。

砂漠では日影が貴重な存在になるのだ。

ラクダでの旅は時速7キロ程ですすみ、一日10時間くらい移動するのが一般的だ。

車両がある俺たちなら1時間ちょっとでクリスタルロックに到着できるはずだ。

今日はとりあえずそこに向かってみよう。


 砂漠に突入してすぐに問題が発生した。

先行するスパイ君が砂に足をとられてうまく移動できないのだ。

「これはちょっと厳しいな。どうしても体が砂に沈んじゃうみたいだ」

身体の大きさの割に重量がありすぎるのが原因のようだ。

だがこれ以上の軽量化はできない。

「ドローン……とばして」

 これだけ広いのだからボニーさんの言う通り、上空からの方が索敵には向いているだろう。

六層では俺がスパイ君を動かし、クロがドローンを操縦していた。

ここではスパイ君がうまく動けないので、ドローン型のゴーレムを作成することにする。

 ゴーレムを錬成している間、他のメンバーは歩哨と訓練に分かれて活動していた。

たまに手をとめて訓練の様子を眺めたが、みんな一様に腕を上げている。

ゴブもステータスの数値こそ上がっていないが、戦闘パターンの解析が進んで対応の引き出しが増えている。

技の多彩さでいったらジャンやマリアより上だ。

これにパワーとスピードが加わればかなり強くなるだろう。

早いところパワードスーツを作ってやりたいものだ。

俺も成長はしているが随分と溝を開けられてしまった。

 炎天下の運動はとんでもなく水分を消費する。

ゴーレムを作り終えたので、今度は生活魔法で水を大量に作った。

ジャンもボニーさんもごくごくと水を飲み干していく。

ちょうど二人が頭から水をかぶった時だった。

「魔物が見えます。3時の方向」

イヤホンから砂丘の上で歩哨についているマリアの声がした。

腕のコンパスで方向を確かめる。

ここは亜空間なのに磁極がある不思議な世界だ。

すぐにジャンとボニーさんに回復魔法をかけ、タッ君で砂丘を登る。

上方を見ると既にマリアが機銃の前について照準をつけている。

「魔物は?」

「向こうの砂丘の上です。もう少し右」

砂と同じ色をしていてわかりづらいが俺にも見えた。

サソリの魔物だ。

「でかいな」

「たぶん……6メートル」

ラーサ砂漠に多くいると言われているオブトルン・スコーピオンだ。

尻尾の先から猛毒を出す。

砂の中に隠れていて旅人を急襲することで恐れられている魔物だ。

今回は先に見つけることができて僥倖ぎょうこうだった。

「まずは……あの魔物にライフルが有効か……試す」


 ドラゴンほどは硬くないだろうが、硬い殻をもつサソリにどの程度アサルトライフルが有効か確かめるのだ。

俺たちはサソリとの距離を600メートルにつめてアサルトライフルで狙撃をした。

今回はジャンが射撃を担当する。

3点バーストで狙撃した結果、最初の3発でサソリは活動を停止した。

鑑定結果でも死亡になっている。

正面から戦えば鉄板をも切り裂く2本の鋏と厄介な毒針を持つ相手だが、遠距離からなら楽に倒せるようだ。

本来は夜行性で日中は砂の中に隠れているサソリがどうして地表に現れたのかはわからない。

 サソリの死体を調べようと近づいた瞬間だった。

何の予兆もなく砂の中からサソリの鋏が俺に向かって伸びてきた。

身を躱すがよけきれず、砂塵を割いて鋏が迫る。

マモル君のシールドを破り腕をかすめていく。

焼けつくような痛みが腕にはしり、立っていることもままならない。

くそ、どうなった? 

腕が……千切れかけているのか? 

俺が自分に回復魔法をかけるよりも早く、ボニーさんがサソリの左の鋏を、ジャンが右の鋏を切り落としていた。

 ぼたぼたと流れる血は乾いた砂にたちまち飲み込まれていく。

久しぶりの負傷だ。

いきなり第七階層の洗礼を受けてしまったぜ。

俺が傷を治しきる頃には、戦闘は終了していた。

止めを刺したのはマリアだった。

尻尾の針を蹴り上げ、サソリの背中に双剣を突き刺す様子は見ていて惚れ惚れするほど美しかった。

「みんな、また腕を上げたな!」

……ん?

なんでそんなに冷たい眼をしているの?

「おっさん、反応が悪すぎるぞ」

「イッペイさん、心配をさせないでください」

「マスター、フォローのしようがございません」

「特訓……開始」

その後二時間、俺は地獄の戦闘訓練をさせられるのであった。

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