第113話 ワルザドの夕暮れ

 倉庫へ向かいながら交易所の番頭のサマドが声をかけてくる。

「できればその荷車を買い取りたいですな」

サマドはニコニコしながら車両を見ている。

「こいつがなかったら砂漠を渡ることは出来ませんよ。売ることは出来ないです」

「やっぱりそうですか。先日も女性ばかりの冒険者たちが似た様な荷車に乗っていましてね、売ってくださいと頼んだのですが断られてしまいました」

恐らくパティーたちのことだ! 

女性だけのパーティーというのはいくつかあるが、この階層までたどり着けるのは『エンジェル・ウィング』くらいだろう。

「それはいつくらいのことですか?」

「一週間くらい前ですよ。どうしてですか?」

「多分私の知り合いです。リーダーは赤い髪の剣士ではありませんでしたか?」

「そうです。貴方のお知り合いでしたか。みなさん元気に砂漠へ旅立たれましたよ」

「それはいい情報を聞けました。ありがとうございます」

パティーたちは少なくとも一週間前までは元気でやっていたようだ。

久しぶりに聞けたパティーの行方に少しだけ安心できた。


 倉庫に入ると、鼻につんとくる匂いが充満していた。

思わず下げていたマスクをすぐに口にずり上げる。

このマスクはガスマスクにもなる。

「すみません。ちょうど買い取ったデザートドラゴンを裏庭で解体しております。こちらまで匂いが入ってきてしまったようです」

デザートドラゴンの解体か。

実に気になる。

見学できるかと尋ねるとサマドは快く了承してくれた。

 デザートドラゴンはラーサ砂漠の中では高確率でエンカウントする魔物だ。

死体とはいえ、見ておけば討伐する時の参考になるかもしれない。


 倉庫裏は広い庭になっていた。

日常的にここで解体をしているのだろう。

散水用のポンプと排水路が整備されている。

そして排水路で囲まれた場所に体長8メートル強のデザートドラゴンが横たわっていた。

 いつも通り、鑑定とスキャンを使ってドラゴンの身体を精査していく。

ドラゴンは角と鱗があるトカゲのようだ。

筋肉量もそうだが特にこの鱗は厄介だ。

アサルトライフルでは弾が弾かれてしまうほど硬い。

ミニミニ軽機関銃でもダメだろう。

ゴブの対物狙撃銃ドエム82でようやく傷を負わせられるくらいの硬度がある。

基本的にドエム2機関砲かパンツァーブリーフ3で対応するのがよいだろう。

そうなるとこちらの懐に飛び込まれた時は対処の方法がない。

威力がある銃や砲はすべて遠距離で運用するものばかりだ。

剣技の伸びを阻害するという理由で作ることを避けてきたが、ジャンやボニーさんの近接戦闘用の武器を作るか。

それにしても、こんな硬い鱗を持ったドラゴンをどうやって解体するんだ?

疑問に思いながら見ていると、職人さんは最初に鱗を巨大な鱗取りではがしていった。

その後、魔石を使ったレーザーメスのような魔道具で皮膚に切れ目を入れていく。

そこまでいくと次はミスリル銀のナイフで皮をはいでいた。

淀みない作業は熟練のなせる業だ。

解体しているのはこの道50年の職人さんだとサマドが教えてくれた。

白髪を短く刈り込んだ小柄の老人で、特に力が強そうには見えない。

「すばらしい、まさに名人の技ですね!」

「切るべき場所を見誤らなければ切れるもんですぜ」

褒める俺に照れたように答える職人さんが印象的だった。

しばらくドラゴンの解体を見せてもらってから、買い取り手続きに戻った。

もっと見ていたかったがすべての解体作業が終わるには5時間もかかるそうだ。

ドラゴンの肉や血は食用ではなく、薬品として使われる。

軽く鑑定してみたが、抗生物質の様に作用するみたいだ。

牙や角は削りだして武器に加工もできるらしい。一本買ってみるかな?


 布は値段が下がっていたので売るのは保留して、砂糖とお茶を売って42万ディルをつくった。

とりあえず当座の生活費はこれで何とかなるだろう。

今回の遠征は長丁場になると見ている。

最低でも2か月は七層にいるつもりだ。

この交易所では魔石や素材も買い取ってくれるようなのでまた来ることになるだろう。

ただしギルドの規定ではFランク以上の魔石はここで売ってはいけないことになっている。

買取価格もギルドの方が上だ。

そうはいっても資金がつきそうなパーティーは内緒で売ることは暗黙の了解事項だった。

角2本と宝石を交換してもらって俺たちは宿屋へ向かった。

角は1本10万ディルした。


 予め教えられた通り道を進むと、『ランプの明かり亭』はすぐに見つかった。

一見こじんまりとした宿屋だが、居心地はよさそうだ。

入口の外にしつらえたベンチにちょこんと座ってノエミが手を振っていた。

「ゴブちゃーん!」

「ノエミ様、お待たせいたしました」

「ここが私の家よ。荷車はラクダ置き場に停めると良いわ。こっちに来て」

ノエミは元気よく先に立って俺たちを案内してくれた。

 『ランプの明かり亭』の中は外見からは想像がつかないくらい広かった。

1階はレストラン兼酒場で20以上のテーブルが並んでいる。

奥には寝椅子の様にゆったりできる席もたくさんあり、色とりどりの布や絨毯が敷かれていて異国情緒を醸していた。

ノエミの父親のハサンもペロペロ族らしい面倒見のよさそうな人で、俺たちを暖かく迎えてくれた。

「こんにちは。一人一部屋欲しいんだけど大丈夫ですか?」

常に一緒にいるのでたまには一人になりたい。

みんな同じ気持ちなのか反対はでなかった。

「大丈夫だよ。部屋は2階だ。夕飯は六時からね、美味しいワルザド料理をつくるよ!」

俺はお土産としてハサンに砂糖を渡した。

ネピアではありふれたものだが、ワルザドでは貴重なモノらしい。

砂糖をお土産に渡すとワルザドでは誰でも喜んでくれると聞いている。

情報通りハサンもノエミも喜んでくれた。

 荷物を部屋に運び込みようやく一息つく。

遠征用に大量の荷物を積んできたので一苦労だった。

「マスター、少々出かけてきてもかまいませんか?」

「どうした?」

「ノエミ様が街を案内してくれるというので」

すっかり仲良くなったようだ。

「構わないけど、内部MPが切れる前に戻ってくるんだよ」

「心得ております」

ゴブは嬉しそうに出かけて行った。

ノエミと接することでゴブの【知力】がまた上がりそうな気がする。

そろそろゴブのパワーアップも考えなくてはならないな。

知力が上がっても、それ以外のパラメータを何とかしなければ、危険な事態を乗り越えていけなくなってしまうかもしれない。

やっぱり……パワードスーツかな。

ずっと考えてきたが、それしか思いつかなかった。

ゴブをコアにして覆う外装か……。

ただしあまり大きいと持ち運びが大変だ。

大きさの目安としてT-MUTT車両より大きくはできない。

迷宮の通路を抜けられなくなるからだ。

ゴブ自体が小柄なのでそれほど大きくならなくてすみそうだが、荷物が増えるのは厄介だ。

車両を一台増やすしかないか。

……普段は車両で戦闘時は変形するパワードスーツをつくるか?

でも変形機構は夢があるけど強度はない。

いずれにせよある程度のパワーと魔力タンクを持たせるためにはDランク以上の魔石が複数必要になってくる。

もう少し練りこんでみよう。

「お食事の時間ですよ」

マリアの声で思考が中断された。

知らない間に随分な時間が経過していたようだ。

途中でゴブが壁越しにMPを補給していったが、俺の邪魔にならないように気を使って入ってこなかったようだ。

本当にあいつは恐ろしい勢いで成長している。


 夕飯はどれも大盛だった。

メインディッシュは香辛料をかけて焼いたヤギの肉だ。

ナスやパプリカの焼いたものが付け合わせでついている。

肉と付け合わせを一緒に食べるとうまいと勧められた。

薄く焼いたパリパリのパンにもよく合う。

他にはハリランスープという汁物があった。

牛ひき肉とジャガイモ、トマト、玉ねぎなどが入っている。

この辛みと香りはクミンかな? 

これも美味しかった。

最後にヤギの乳で作ったヨーグルトとザクロの実を和えたものがデザートとして出された。

少し癖のあるヨーグルトだったが濃厚で、ザクロの酸味と甘みにマッチしていてこれも美味しかった。

ワルザド料理はどれも俺好みだ。

ハサンの腕もいいのだろう。

ジャンは辛いのが少し苦手だが、大人ぶって口には出さない。

甘い薔薇水をお代わりしているのが可愛かった。

 『ランプの明かり亭』には2泊する予定だ。

明日は砂漠地帯へ行き様子を確かめるつもりである。

タッ君や車両がうまく動くかも確認したい。

砂の上の戦闘も初めてなので様子を見ておいたほうがいいだろう。

「久しぶりに……戦闘訓練」

明日はボニー教官による戦闘教練があるそうだ。

俺の近接戦闘の能力も少しは上がっているのかな? 

九月のワルザドは最高平均気温が33度になる。

熱中症に気を付けて頑張ることにしよう。


 食後にノエミに連れられて屋上にあがった。

砂丘にくっきりとした陰影をつけて、夕日が地平線の向こうに沈んでいく。

俺たちが目指すべき方向だ。

砂漠の夕暮れは痺れるほど美しく、俺たちは一言も発せないまま辺りが真っ暗になるまでその光景を眺めていた。

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