第108話 森の館(前)
財産問題が片付くまで七層攻略はしばらくお預けとなり、『不死鳥の団』はそれぞれのんびりとした日々を過ごしていた。
当面の生活費として一人1000万リムをちょろまかしているので気楽なものだ。
ポーが所有していた不動産は王都の高級住宅街の一角、ネピア郊外の森の中、隣国サフランセアの首都の他、計八つもあった。
前者三つの調査は完了しているが、他の五つは遠い外国にあるため、まだ調査員が戻ってきていない。
ホワイト氏に資産管理を依頼してから既に一月は経っているがまだまだ時間はかかりそうだ。
自分の部屋で読書をしていると、窓の外からジャンの大声が聞こえてきた。
「おっさん! おっさーーん!!」
相変わらず騒々しい奴だ。
近所迷惑になるので窓から顔を出すと、そこにはピカピカの自動車が停まっていた。
帰還後さっそくジャンが注文したウォード・タイプTがついに届いたようだ。
「見てくれよおっさん! いいだろっ!?」
ジャンは遊びに来ていたクロと一緒にタイプTの周りではしゃいでいた。
新しい玩具を買ってもらった子供のようだ。
自動車にはそれほど興味はなかったが、好きな人が夢中になる気持ちもなんとなくはわかる。
タイプTは地球で言う初期クラシックカーのような形をしていた。
色は黒でパッと見た感じでは屋根とドアがついていない軽馬車のように見える。
4ドア・カブリオレといってもいいかもしれない。
I~Gランクの魔石をエネルギー源にする魔導エンジンを積んでいる。
エンジンの性能はそれほど良くないが、屋根やドアが無いから車体が軽く、それなりに使えそうだ。
「さっそくドライブに行こうぜ! おっさん早く乗れよ。ゴブも来いって」
「どこに行きましょうか?」
クロが地図を広げながら聞いてくる。
タイプTを購入するとおまけでついてくる地図だそうだ。
「そうだなあ、ある程度スピードの出せるところがいいな。慣らし運転だからそんなに出すわけじゃないけど」
スピードを出すなら郊外に行かないと無理だな。
ネピアの街中じゃ20キロも出せないだろう。
そこで俺は一ついい案を思いついた。
「そういえば、ポーが持っていた屋敷がネピアの郊外にあっただろう。そこへ行ってみようぜ」
屋敷はネピアの中心部から20キロ程離れた場所にあったはずだ。
時間はいくらでもあるので泊まりになってもいいだろう。
俺たちは車に食料や毛布などを積み込んだ。
予備の魔石と武器弾薬も忘れずに積む。
冒険者として最低の備えはしておかないとね。
ボニーさんも誘いに行ったが出かけてしまったようだ。
こうして男3人とゴブの小旅行は始まった。
ドライブは概ね快適だった。
暑い日だったがオープンカーなので風が気持いい。
馬車などよりもスプリングが効いているので揺れも少なかった。
ジャンもクロも終始ご機嫌だ。
俺も少し運転させてもらったが、ハンドルがやたら重くてびっくりした。
昔の車ってこんな感じだったのね。
足回りも硬くて、カーブを曲がるたびにかなり減速しなければならなかった。
郊外にはずっと畑が広がっている。
そんな畑に囲まれて、一か所こんもりとした森があった。
ホワイト氏の調査報告書にはその森の中に屋敷があると書いてある。
近くに住む老夫婦が管理人として雇われていたそうだ。
この夫婦は屋敷の持ち主がヴァンパイアとは知らずに雇われていて、事実を知った時は腰を抜かすほど驚いたらしい。
てっきり外国の貴族の別荘だと信じていたそうだ。
自動車は森の中へと続く小道へ進んだ。
そこは
管理人の老夫婦が週に一度は窓を開け、掃除をしていたとのことで汚れてはいない。
だが、石壁に絡まる蔦や、生活感のない室内はどこか不気味さを感じさせる。
報告書ではこの屋敷は無人だったとある。
だが念のために武器を装備し、室内にスパイ君を送り込んだ。
ややあってモニターを見つめていたゴブが報告してくる。
「マスター、全室オールグリーンです。敵の姿はありません」
ヴァンパイアの眷属はいなかったか。
「なんか暗い家ですよね」
クロの言う通りだ。
室内の装飾は豪華なのだが圧倒的に光量が足りない。
恐ろしい感じがするのはそのせいかもしれないな。
「周りの木を切っちまうか? おっさんのマチェット貸せよ。高周波なんちゃらがついているやつ」
高周波振動発生装置付きのマチェットなら大木でもスパスパ切れるだろう。
木を間引けば室内に入ってくる光の量も増えるに違いない。
俺は腰のマチェットをジャンに手渡す。
この周囲の森も俺たちの土地になったので問題はないだろう。
「よく考えて切れよ」
「わーってるって!」
ジャンはマチェットをクルクルとまわしながら出て行った。
ジャンが外へ行ったので、残りの三人で食事の用意をした。
この館のキッチンは広くて使いやすい。
「ゴブは野菜を洗ってくれ。クロはサラダを頼む」
出かける時にベーコンと玉ねぎのキッシュと鶏の燻製を買ってきたので作るのはサラダだけだ。
「学校は九月からだったよな」
「はい。ギリギリ試験に間に合いましたから」
メグもクロも6月中旬に行われた入学試験に間に合うことができた。
とはいっても大変なのはこれからだ。
ボトルズ王国の学び舎は入学こそ超簡単なのだが、卒業するのは難しいと聞いている。
「イッペイさん……ありがとうございました」
「なんだよ急に?」
クロは俯きながらサラダ菜を千切っている。
「だって、いくら感謝しても感謝しきれないから」
「もういいって。俺もいい出会いをしたと思ってるよ」
クロに初めて会ったのはハイドンパークの東屋でポーターの面接をした時だったな。
「もしもイッペイさんに出合わなかったら――」
「そんなもしもに意味はないって。クロが幸せになれればそれで充分だ。それだけで俺も嬉しいんだから」
「はい……」
木が倒れる音と共に、陽光が窓から差し込んだ。
キッチンの中がいきなり明るくなる。
その不思議な感覚に二人して吹き出してしまった。
湿っぽくならなくてよかった。
いい仕事をするぜジャンは。
「そろそろ切り込み隊長様も戻ってくるだろう。早いとこ支度を終わらせてしまおう」
「はい」
太陽の光にクロの髪が銀色に輝いていた。
ジャンが戻ってきて居間で食事をするのだが、広すぎて落ち着かない。
テーブルは20人が座れる大きさだ。
向かい合うと遠くなるので三人で並んで食べている。
この館の調査は既に完了していて、土地や屋敷や調度類の評価額も出ている。
総額で1億2920万リムだそうな。
ここだけで所得税が6500万リムもかかる。
不動産は本当に扱いが微妙だ。
売りに出すにしても、元ヴァンパイアの隠れ家を買うひとなんていないと思うぞ。
ところで隠れ家といえばつきものの隠し部屋だが、この館では見つかっていない。
「こういう館って絶対に秘密の地下室とかがあるよな」
「おう! それだよ、それ!」
ジャンがすかさず反応する。
男の子は地下室とか秘密の小部屋とかが大好きなのだ。
「ホワイトさんの報告書によると地下室はありますよ。貯蔵庫やワインセラーですね」
「ちげーよ、クロ。それはただの地下室だろ。酒とか物が詰まったやつな。俺たちが言ってるのは秘密の地下室だよ。夢が詰まってる方のやつな!」
うまいことを言う。
だけど、このワインセラーも大変なものなんだよ。
総額ウン百万リムのビンテージワインがゴロゴロしているらしい。
後で飲んでみるか。
「ワインセラーも後で確かめるとして、隠し部屋は調べといたほうがいいだろう? 飯が終わったらみんなで調査してみようぜ」
はたして隠し部屋には夢が詰まっているのだろうか?
悪夢でなければいいが。
若干の不安を覚えながらも、俺たちは午後を隠し部屋探索に充てることにした。
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