第109話 森の館(後)
食後、隠し部屋を求めて、端から一階の部屋を調べていった。
やり方は簡単で、歩きながらスキャンを使うだけだ。
一番怪しいと睨んでいた図書室にはそれらしい入口はなかった。
だが珍本や
「見て下さいマスター。『旧約精霊論』に『アバナス数秘術』、『ケサランオウリスナ』までございます!」
なんだかさっぱり分からん。
「それだけではございません。『食いしん坊シリーズ エルフをいただきます編』に続き『騎士様いただきます編』更に『姫様と村娘、一緒にいただきます編』まであるんですぞ!!」
それらの内容はなんとなく想像がつく。
お前にやるから少し落ち着け。
でもちょっと貸してくれ。
興奮するゴブを宥めて探索を続ける。
次々と部屋をまわったが、やはり地下室はあった。
入口は広間の横にある小さな控室だ。
「見つけちゃったよ。この壁の向こうに地下へ通じる階段がある」
だがどうすれば壁が開くかがわからない。
控室にはどう見ても不自然な胸像が一体あった。
ブロンズ製でなかなかの美人だ。
豊かな髪とたおやかな肩がうまく表現されていて魅力的だ。
「多分、この像のどこかに仕掛けがあるはずなんだけど……」
胸像を調べようとする俺を制して、ゴブがつかつかと前に出た。
「ゴブ?」
「ぽちっとな」
ゴブは何の迷いもなく、像の左胸を人差し指で押した。
壁が音もなく開き階段が現れる。
「ゴブ、どうしてわかった?」
「マスター、胸像があれば左胸を押すのがゴブの流儀でございます」
「そ、そうか」
こいつはブロンズ像があれば端から左胸を押すというのか?
いや、こいつなら本当にやるかもしれない。
「ゴブ……もし左胸に爆弾のスイッチがあったらどうする?」
「はっはっはっ。嫌ですなあマスター。そんなところに起爆装置を仕掛けるバカはいませんよ!」
お、俺がバカなのか!?
まあいい。
気を取り直して隠し部屋の調査を続行しよう。
埃の積もり具合からみて、しばらく人が通った形跡はない。
ホワイト氏の部下も見落としているし、管理人の老夫婦もこの階段のことは知らないのだろう。
「とにかく下りてみるか」
ジャンを先頭に俺たちは階段を下る。
久しぶりにゴブの目についたサーチライトを使った。
階段の下は6畳ほどの空間があり、その中心で円形のものが光っている。
魔法陣だった。
「ジャン、魔法陣の上に乗るなよ」
一番危ない奴に念を押しておく。
「わーってるよ! 馬鹿にすんな」
そりゃそうか。
普段は迷宮で巧妙に隠されたトラップをいくつも解除しているのだ。
ジャンもすでに一流冒険者の仲間入りをしているんだもんな。
俺は素直に謝っておいた。
「この魔法陣……なんでしょう? 召喚系の魔法陣にも見えますが少し違うようです」
クロの解析はいい線をいっている。
いじると魔物が呼び出される召喚系トラップには何度か痛い目にあっているしな。
だがこれは違う。
「多分転移魔法だよ。転送ゲートってやつだな」
これは魔法陣の上に乗ると決められた場所に転送される装置だ。
鑑定と道具作成の逆引きで少し調べてみたが凄いものだとわかった。
この転送ゲートは未だお目にかかったことのないBランクの魔石で作られている。
転送先の座標は固定で、任意の場所に行けるわけではない。
転送先はここから南東へ1511キロ離れた場所だ。
「南東に千五百キロってどこだよ?」
この世界で生まれたジャンが知らないのに日本人の俺が知るわけがない。
「図書室に地図がありませんでしたか?」
クロに言われても、地図なんてあったかどうか定かではない。
俺のメモリーのほとんどは『食いしん坊シリーズ』で埋め尽くされているのだ。
クロに地図を持ってきてもらい調べてみるとルーモイラという国に転送されることがわかった。
ルーモイラ?
そういえばポーの城の一つがルーモイラという国の山奥にあった気がする。
このゲートはきっとポーの各拠点を繋いでいるのだな。
ひょっとするとラビリンスタワーの中にもこれと同じゲートがあったのかもしれない。
ただ、地下六層に転送できるかは疑問が残る。
ラビリンスタワーの上層階はかなり念入りに調べたがこのようなものはなかったと思う。
「どうする? ルーモイラ……行ってみるか?」
「いやいやジャン君、『好奇心はサルを殺す』と言うじゃないか」
「サルじゃなくて猫だろがっ!」
冗談はさておき、いきなり転送は無謀だろう。
ボニーさんも一緒で、フル装備で臨みたい。
転送先にはポーの眷属がいる可能性だってあるのだ。
もっと言えば、ここから生き残りのポーの手下がやってくる可能性だって無きにしも非あらずだよな。
いつヴァンパイアが来てもいいようにブービートラップを仕掛けておくか。
トラップはポー退治にも使ったシャーロットガスだ。
ガス弾の安全ピンに極細で丈夫な迷宮大蜘蛛の糸を結び付けて通路に張っておく。
狭い階段を上がる時、体に糸をひっかけてピンが抜ければ、聖女のおならが吹き出す仕組みだ。
皆さんもよくご存じだろう。
狭い密閉空間のオナラはやたらとよく効く。
ヴァンパイアの王であるザカラティア・ポーでさえ前後不覚になったシャーロットガスだ。
眷属程度なら即死するだろう。
―――――――――
夜はワインセラーのワインを出してきてボクとイッペイさんとジャンさんで飲みました。
僕は4月に成人したばかりなのでほとんどお酒を飲んだことがありません。
でも、このワインはとても美味しくいただけました。
イッペイさんやジャンさんと一緒にお酒が飲めたのがとても嬉しかったんです。
本当に大人の仲間入りをしたような気分でした。
高くていいお酒だったからでしょうか。
その日は三人ともよく飲んで、みるみる内に2本のワインが空になりました。
「なんかまだ飲み足りねえな」
僕ももう少し飲みたかったから、すぐに立ち上がりました。
「もう一本取ってきましょうか?」
僕の問いかけにイッペイさんは苦笑している。
「じゃあもう一本持ってきてくれるか。ついでに台所に置いてあるチーズも頼む」
イッペイさんのお許しも出たので、少しフワフワとした足取りでワインセラーへ向かった。
キッチンでチーズを皿に盛り付けて帰る途中、広間の隣の小部屋でゴブを見かける。
図書室で本を読むと言っていたはずなのに、なんでこんなところにいるんだろう?
見ると、また胸像の胸をつついている。
そこまで気に入ったのかな?
だけどゴブは開いた隠し階段の方へ降りていってしまった。
僕はその場にワインとお皿を置いて、慌ててゴブを追いかけた。
「ゴブ! どこに行くの!?」
ゴブは振り返らない。
「先ほどほどテーブルの上にメモを置いてきました。ちょっとルーモイラまで偵察に行ってきます」
「何言ってるの! 一人じゃ危険だよ!」
「大丈夫です。私はゴーレムですから」
「大丈夫な訳ないじゃないか! ゴブは『不死鳥の団』の一員だろ。勝手なことはしちゃダメだよ」
ゴブの声は淡々としていたが何故か僕にはゴブが震えているような気がした。
「ありがとうございます。マスターも皆さんも私にそう言ってくださいます。ですが私は自分が役立たずであることを知っております。私は10個もの魔石を使っていただきながら碌な戦闘力がございません……マスターや皆さんの足を引っ張っているのです!」
表情筋のないゴブの顔から感情は読み取れない。
だが、ゴブに漂う雰囲気には思いつめたものがある。
パーティーの中で最弱な僕だからこそゴブの気持は痛いほどわかる。
だけど僕は思った。
絶対にゴブを行かせちゃいけないと。
アルコールが入っている割にはスムーズに体が動いたと思う。
僕はゴブの背中に飛びついて抱きしめていた。
「それでも、ゴブは行っちゃダメだよ。そんなことをしてもイッペイさんは絶対に喜ばない」
「クロさん……」
「僕たち……頑張ろうよ。ゴブはゴブのできることをすればいいんだよ。僕も僕ができることを探すために『不死鳥の団』を離れるんだ」
僕はしばらくゴブに抱き着いたまま動かなかった。
やがて、ゴブの身体からスッと力が抜けるのを感じる。
「私がマスターにして差し上げられることなどあるのでしょうか?」
「……何かをしてあげたいと思うゴーレムはゴブしかいないんだよ」
僕の涙がゴブの肩に落ちた。
「一つだけクロさんを羨ましいと思うことがあります」
「……それはなに?」
「涙を流せることです。ゴブが泣いても何も出ません」
階上でジャンさんが僕を呼ぶ声が聞こえる。
僕は上を向いて、ゴブの手を引いて階段を上がった。
これ以上この優しいゴーレムに涙を見せるわけにはいかなかったから。
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