第107話 さよなら
預金証明、国債、鉄道債券、不動産証書、船主証明、株券、宝石、などが積まれるたびにギルド職員とギルドマスターの目と口が大きく開かれていく。
見ていてちょっと面白い。
その後の話し合いの中で、ポーの資産はすべて俺たちに所有権があることがわかった。
なんか強盗みたいだけど、協定を結んでいる魔族以外の権利を各国は認めていないそうだ。
ちなみにポーが秘密裏に話を付けたのは神殿とであって、国は関係ない。
じゃあ、全てが俺たちのものになるかというとそうもいかない。
4000万リムを超える収入には47%の所得税が発生するそうだ。
つまりは半分近くが税金で持っていかれるということだな。
節税対策の方法などはいろいろあるそうだが実に煩わしい。
俺はこの世界では趣味に生きると決めている。
資産管理など面倒なだけだ。
「全部ホワイトさんに任せますよ」
専門家に丸投げするのが一番いい。
不動産は外国にもあるし、それらの屋敷の内部には他にも資産が残されている可能性もある。
とりあえずは財産の全容を明らかにする必要があるそうだ。
これもホワイトさんにお任せだな。
しばらくは探索に行かずにネピアにいてくれと頼まれた。
手続きの関係で長期間ネピアを留守にすることは避けて欲しいそうだ。
七層を攻略するとなればどれくらいの時間がかかるかはわからない。
ここ100年第七階層を突破したパーティーはいないのだ。
現在のトップパーティーは冒険者ロットが率いる「アバランチ」だが、この「アバランチ」でさえ未だ七層の突破には至ってない。
砂漠への遠征は少し先に伸びそうだ。
早いところ終わらせてほしい気持ちでいっぱいだ。
ギルドからの帰り道で俺とメグはカフェに入って休憩していくことにした。
「好きなものをご馳走するよ。今なら店ごと買ってあげられるから」
俺のつまらない冗談にメグは小さく笑う。
「どう? 家族には話した?」
「はい。正確な額はまだ話していませんが……みんな喜んでいます」
実際の受取額は1か月くらいしないと判明しないもんな。
それにしたって1億リムを下回ることはないだろう。
家族もそれは喜ぶだろうよ。
「次はメグの番だな?」
「えっ?」
「メグは今まで家族の幸せのために頑張ってきたんだろう。じゃあ次は自分自身の幸せのためにどうしたいかだよ」
「……」
「メグがやりたいことをすればいいだけさ」
チェリータルトをつつきながらメグは黙っている。
俺はコーヒーを飲みながらゆっくりとメグの答えを待った。
通りに目を遣れば、石畳の水溜りに太陽があたり白く輝いている。
季節は夏めいてきた。
さすがにこんな時期に砂漠に行くのは大変だろう。
6月でさえ砂漠の街ワルザドの平均最高気温は36度になるらしい。
これが7月にもなると日中は40度を超える暑さになる。
ところが日が沈むと砂漠は急に冷え込む。
6月の平均最低気温は17度。
この寒暖差が砂漠を難所にしている一つの要因でもある。
「私、学校に行きたいです」
メグの声がして視線を店の中へ戻すと、そこには決意を込めた表情のメグがいた。
その顔は夏の太陽のように眩しくて、少しだけ羨ましい気持ちになった。
「うん。いい考えだと思う」
「多分……クロ君も」
「そうか。ほっとしたよ!」
正直な気持ちだった。
メグとクロが自分の未来のために何かするというのなら、それが一番だ。
冒険者は一生続けられる商売じゃない。
まとまった金が手に入れば引退していくか、迷宮で死ぬのが当たり前なのだ。
「私、経済について学んでみようと思っています。勉強して、しばらくはどこかで働いて、いつかは自分で商売をしようと考えているんです」
メグならそれが似合いそうだ。
目の前の少女がいつかは女社長か。
俺にはとても真似できそうもない。
「イッペイさんは……これで引退とか考えないんですか?」
「俺は好きで冒険者をやっているからね」
「迷宮の攻略なんて誰も出来ないと思っていました。でも間近で見ていて考えを改めたんです。イッペイさんならできる気がします」
なかなか嬉しいことを言ってくれる。
「それで疑問に思ったんですけど、もしネピアの迷宮を攻略出来たら、イッペイさんはその後どうするつもりなんですか?」
この質問をされたのは初めてだ。
そもそも俺に攻略可能なんて誰も思わないからな。
「そうだな。南大陸の探索なんて面白そうだよな」
この星の南半球には巨大な大陸があり、その内地は未調査のままで謎のベールに包まれている。
「やっぱり攻略後のことを考えていたんですね。凄いです。普通は迷宮を攻略することしか考えないものなのに、その先のことまで考えてるんですね」
「そんなはっきりしたビジョンがあるわけじゃないよ」
なんとなく南大陸に行きたいと思っただけだ。
そんなすごいことじゃない。
メグはチェリータルトの最期の一口を飲み込んで美味しそうに笑う。
そして突然質問してくる。
「もし、南大陸に行くとしたらパティーさんはどうなりますか?」
いきなり痛いところをつかれたな。
パティーが一緒に来るとは限らない。
それもよくわかっていた。
「それは、その時になってみないとわからないもんだろ。俺が行かないことになるかもしれないし、二人で行くことになるかもしれないしさ」
メグは紅茶を飲みながら俺の話を聞いている。
もちろんパティーには一緒に行かないかと誘うつもりではいる。
だがパティーは『エンジェル・ウィング』のリーダーだ。
自分の都合だけで決められるかはわからない。
例えば俺が明日、パティーに北極探検へ行こうと誘われたとする。
俺はその誘いには乗らないだろう。
今俺が『不死鳥の団』を放り出して北極に行くなんてありえない話だ。
それと同じことだろう。
「一つだけ教えてください。もしやりたいことがあって、でもその為には好きな人と離れなければならないとします。どちらを選ぶのが正解なんでしょう?」
メグの質問に若さを感じる。
俺もこんな風だったのだろうか。
「正解なんてないと思う。すべてを得ることなんて人間には無理だよ。人生は選択の積み重ねだ。少なくとも俺はそうだったからさ。……自分で決めるしかないんだよ」
「そうですよね」
メグが短く呟く。
ふと思ったのだが、メグはやっぱりジャンのことが好きなのではないか?
たぶんジャンも。
「変なことを聞いてごめんなさい。私『不死鳥の団』の皆が大好きだったから」
精いっぱい頑張って、笑顔を見せるメグが痛々しかった。
大丈夫、生きていればまた会えるさ。
俺たちは夏の太陽が射す午後の街角で別れた。
白い日差しの中に消えるメグの後ろ姿を見送る。
1週間後くらいにはまた会うというのにやけに寂しく感じた。
随分長い間、ともに死線を越えて苦楽を共にしたもんな。
何かあれば必ず駆け付ける。
幸せになってくれ。
万感を込めてメグの背中に呟く。
「さよなら」
イッペイさんと別れて家へと歩き出した。
背中にまだイッペイさんの視線を感じる。
だからまだ駄目だ。
まだ泣いたらダメだからねメグ、そう自分に言い聞かせた。
建物の角を曲がり切ったとたんに涙が溢れる。
自分で自分をほめてやりたい気分だ。
私よく頑張ったよ。
結局本当の気持は伝えられないまま、さよならをしてしまったがこれでよかったと思っている。
今の私ではどう頑張っても、パティーさんやボニーさんには勝てないから。
これから私はいっぱい自分を磨かなきゃダメだと思う。
そしていつか……。
とにもかくにも今日、私の初恋は終わった。
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