第106話 多すぎ!

 パティーが説明してくれた砂漠の様子は非常に興味深かった。

第七階層は砂漠なので他の階層の様に区画で分かれていない。

階段を降りると最初に広い部屋があり、部屋の真ん中に魔法陣が描かれている。

ここが七層の入口だ。

魔法陣に乗ると空間魔法が起動しラーサ砂漠の入口であるワルザドの街へ転送される。

冒険者は始まりの街ワルザドから砂漠地帯中心のデザル神殿を目指すのだ。

デザル神殿の奥にも同じような魔法陣があり、これに乗ると今度は第八階層へと飛ばされるという仕組みだ。

「第七階層って、正確には迷宮内じゃなくて地上のどこかにある砂漠なんだろう?」

「それが違ったのよ。最近の研究によると亜空間っていう場所らしいわよ」

「え? 地表に出るんじゃないの?」

これまでラーサ砂漠は南大陸の地表にある砂漠だと考えられてきた。

だが実際は違ったようだ。

「この前、七層を探索していたパーティーが見えない壁に遭遇したの。壁の先へは決して進めなかったって。つまり砂漠も迷宮の一部だったのよ」

こいつは驚きだ。

広大な砂漠が魔法的に作り出された空間の中にあるというのだ。

街から神殿までは2800キロを旅しなければならない。

気が遠くなるような距離だ。

一般的に冒険者はワルザドでラクダを購入して探索を進めるそうだ。

だが俺たちにはゴーレムと車両がある。

タッ君をはじめとする車両はクローラーなので砂漠の砂をものともせずに移動できるはずだ。

改造したおかげで時速もあがり、今では最高時速70キロだ。

平均移動速度を40キロとして、一日の移動距離が約400キロ。七日くらいの行程だな。

今回パティーたちはお試しで砂漠の入口に侵入したそうだ。

「砂漠の街って人が住んでるの?」

「それはそうよ。そこで装備を整えたりラクダを買ったりして進むのよ」

砂漠の街にはペロペロ族という民が住んでいるそうだ。

亜空間に住む民族ってどんな人たちなんだろ。

なんでずっとそこにいるんだろうね?

「ペロペロ族は大昔から砂漠にいるのですって。彼らの経典によると3000年前に彼らは彼らの神に砂漠を与えられたそうよ」

「随分昔から住んでるんだね。魔法陣に乗ってこっちの国に来ようとはしないの?」

「不思議なことにペロペロ族が魔法陣に乗っても魔法陣は起動しないと聞いてるわ」

なるほどね。

砂漠で生きることを何者かに強制されているのかな。

もっとも人間も地球で生きることを宿命づけられていたよな。

はるか未来では違うかもしれないけどさ。

「ネピアからは砂糖やお茶、布類を持っていくと高値で買い取ってくれるわ。冒険者はそのお金でラクダや食料を買うの」

当面はワルザドの街が最前線基地になるということか。



『エンジェル・ウィング』の部屋を辞して『不死鳥の団』の基地へ帰ってきた。

やっぱり自分たちの部屋は落ち着くなあ。

気が付けばもう6月も終わりだ。

六層攻略に1か月以上かかったわけだ。

今日明日は基地でのんびり過ごし、地上への帰還を開始するのは明後日と決めてある。

しばらくは寝て過ごすつもりだ。

夕食の時も就寝前のひと時も、メグとクロの口数が少ないように思える。

ひょっとすると今後のことを考えているのかもしれない。

大金を稼いだ今、命の危険と常に隣り合わせの迷宮に無理をして潜る必要はない。

メグたちには生活があり未来があるのだ。

「さてと、みんなちょっと聞いてくれるかな」

夕食が終わった居間のテーブルで俺は皆に向かって口を開いた。

「先日に言った通り今後のことを話し合いたい。今回俺たちは期せずして大金を稼いだわけだが、こいつはすべて山分けする予定だ。ただし額が額だからギルドに報告はした方がいいと思う」

異論はでない。

結局俺たちは奴の資産のほぼ全てを運んできた。

若干の現金以外は正直にギルドへ提出する予定だ。

場合によってはギルドに全部持っていかれるかもしれないがその時はその時だ。

事務手続きなど真っ平ごめんなので会計士か弁護士を雇うつもりだ。

「それでな、現金だけはこちらで分けてしまおうと思ってる。全部正直に提出することもないさ。メグ、現金の詳細を教えてくれ」

メグが会計報告書を出して説明してくれる。

「現金は全部で6138万リムありました。これを6人で割ると1023万リムです」

「おお!」

メグの報告にジャンが思わず声を上げる。

ジャンが欲しい自動車が500万リムくらいだったな。

端数の138万をギルドへ提出して6000万は分けてしまおう。

「現金収入は聞いての通りだ。それで今後のことだが、それぞれ収入に応じてやりたいことや人生計画の変更というのがあるかもしれないと思う。もし……冒険者を続けるのは困難だと思う人がいたら遠慮しないで言って欲しい」

俺の言葉に皆が黙り込んでしまう。困ったな。

こういう時はまずボニーさんあたりから今後の予定を聞いてみるか。

「ボニーさんは今後どうしますか?」

「イッペイは? イッペイが冒険者を続けるなら……私は一緒に行く」

あーヤバい。涙が出そう。

パティーがいなかったら完全に惚れてたかもしれない。

「俺は続けますよ。俺は迷宮の深層に何があるかを見たくて冒険者をやってるだけですから」

「うん……あたしも見たい」

次は最古参のジャンに話をふる。

もともと『不死鳥の団』は俺とジャンとメグで作ったパーティーだ。

「俺はもちろん続けるぜ。タイプTのカスタムが520万リムとしても維持費や改造費がかかるからな。それに俺は冒険者しかできねえ」

だよな。

ジャンは資金を元手に商売をするようなタイプじゃない。

問題はこの次だ。

「メグ、最初に言っておくけど他の人に気を使う必要はないからな。メグの人生なんだから、メグの好きな選択をすればいい」

「私は……、ごめんなさい、もう少し待ってもらえませんか。家族とも相談したいです」

「そうだな。少し結論を急ぎすぎたな。わかった。また後日に話を聞くよ」

クロもまだ悩んでいるようだし、今夜はここまでにしておいた方がよさそうだ。

「ギルドに提出する資産の内、どれだけが俺たちの懐に入るかは全くわからないから、計画の立てようもないもんな」

 不動産や有価証券類の所有権はどこにあるのかまったく不明だ。

昔話の「桃太郎」や「長靴をはいた猫」のように、悪い鬼を退治してお宝をそっくり自分のものにするわけにもいかない。

煩雑な手続きがいるのだ。

俺たちはこの手の問題に詳しい弁護士や会計士を雇うことで合意した。

とりあえずボニーさん、ジャン、マリアの三人は冒険続行ということなので『不死鳥の団』は残ることになった。

俺としては、最悪どこかのパーティーに入れてもらうか、新たに一からパーティーメンバーを募集しなければならないと考えていたので助かった。

俺とゴブを足した5人がいれば第七階層の探索も何とかなるだろう。



 地上の太陽がやけに眩しく感じる。

ネピアには日本の様に梅雨というものは存在しない。

その代わり6月は晴れたり曇ったりと天候が目まぐるしく変化するのが特徴だ。

 一週間後に探索準備を始めることにして俺たちは別れた。

ジャンとボニーさんは同じアパートなので一緒に帰る。

「おっさん、メグとクロどうすると思う?」

「どうだろうな。メグの方はお父さんが仕事を再開できたし、ひょっとするとな……」

「そっか……」

ジャンの表情は暗い。

思い起こせばジャンと俺とメグは初心者講習会からずっと一緒だったもんな。

あの時はボニーさんが教官だったんだ。

「暗い顔をするな……死に別れるより……ずっといい」

かつてボニーさんがいたパーティーは壊滅している。

たしかに生きて引退できるというのは喜ばしいことだ。

迷宮の深層まで潜る冒険者で無事に引退できる人間は少ない。

「そうだよな。それはわかってんだよ。わかってんだけど……」

ああ、わかっていても寂しいよな。

そう、わかっていてもな。



 今日は会計のメグと俺はギルドの事務所に来ている。

ポーの資産を報告するためだ。

俺たちだけでは不安なので会計士のホワイトさんにもついてきてもらっている。

ホワイトさんはジェニーさんに紹介してもらった。50代くらいの仕事ができそうなおじ様だ。着るものにも表情にも隙がない。

「ざっと拝見した限り、宝石と美術品を除いて20億リム以上の資産はありそうですね」

……言葉も出ない。

ホワイトさんは詳細を細々と語ってくれたがあんまり頭に入ってこなかった。

ポーの奴は随分とため込んでいたようだ。

 なんか微妙な気分だ。

多すぎるんだよ! 

『不死鳥の団』がどうなるか改めて心配になってきた。

過ぎたるは猶及ばざるが如しなんていうけど、そうなのかもしれないね。

 事前にホワイトさんが話を通していたので受付で要件を告げると、俺たちはすぐにギルド内の一部屋に案内された。

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