第105話 一攫千金
第六階層5区のラビリンスタワーに巣くうヴァンパイアたちを倒した俺たちは、そこに捕らえられていた冒険者たちを助け出した。
彼らの話では何人もの冒険者が生き血を抜かれ、死後は亡者として使役されていたそうだ。
なんともいたたまれない話だ。
捕虜たちは今、安全を確保した部屋で食事を与えて休んでもらっている。
この後、一緒に五層まで戻るつもりだ。
少しでも体調を戻しておいて欲しい。
ポーの部屋を調べると、かなりの財宝が見つかった。
白金貨や金貨などの現金をはじめ、宝石、美術品などが大量にある。
現金だけで六千万リムはあった。
書類を見るとあちらこちらに分散してため込んでいるようだ。
ザカラティア・ポー名義や他人の名義で銀行預金や不動産、債券なども大量に所有している。
人間の会計士が代理人として雇われているようだ。
「おっさんこれ……どうする?」
「どうするって……どうしよう?」
法的な所有権が誰にあるかなんてわからない。
魔物のドロップ品のように自分たちのものにしていいのだろうか。
30万リムくらいまでなら何の疑問も抱かず自分たちのものにしていただろうが、ちょっと額が大きすぎるぞ。
「げ、現金、宝石、美術品だけ貰っていきますか? これだけあったら家族が苦労することも、もうなくて済みますね」
メグが緊張したように言う。
ポー名義になっている有価証券類は換金が面倒だから、貰っていくとすればここにあるものになるな。
奴の隠れ家とかは勝手に使えそうだけど……。
「ついに自動車が買える……ウォードのタイプTを注文するぞ」
自家用車はジャンの憧れだったな。
「額が大きすぎてうまく想像ができません。生活は楽になるだろうけど……」
クロは学校に通いたがっていたな。
獣人差別はあるが、中には刻苦勉励こっくべんれいに励んでそれなりの社会的地位に登った人もいる。
「知り合いのやっている孤児院の資金ができました」
マリア個人は特にお金の必要はないそうだ。
「なんに……使う? 金の……パンティー?」
ボニーさんの趣味って高級ランジェリー(下だけ)だもんね。
金の下着?
ミスリルの貞操帯なら履いたことがあります。
あんまりいいものじゃなかった。
美術品や宝石の資産的価値は流動的なのでざっくりとしかわからないが、トータルで1億5千万リムくらいにはなるんじゃないかな。
もっとかもしれない。
一人2500万リム以上か。
結構な稼ぎになったな。
メグやクロは生活のために冒険者をやっていたから、これで一安心だね。
でも、ひょっとしてこれで『不死鳥の団』は解散か?
俺は冒険や探検が好きで冒険者をやっている。
いわば趣味で冒険者をしているようなものだ。
だが他のみんなはそうとは限らない。
生活のため、強さを求めて、それしかできないから、と理由は様々だろう。
大きな収入を得た今、『不死鳥の団』は分岐路に差し掛かっているのかもしれない。
……だめだ、寝不足で頭が回らない。
「とりあえず仮眠をとろう。今後のことは5層の基地に戻ってから話し合うことにしよう。みんなもそれぞれ考えておいてくれ」
それだけ伝えて見張りをゴブに任せた。
自分の体が床に沈んでいくような錯覚を覚えるほど体が重い。
締め付けられるような頭痛を感じながらも、すぐに俺は眠ってしまった。
仮眠から目覚めると、寝ている俺の横に座っているマリアと目が合った。
俺の寝顔を見ていたようだ。
ダメだよそういうことしちゃ。
俺は惚れっぽいんだから。
「起こしてしまいましたか?」
「いや。おきたとこだから……」
何故か恥ずかしくなって口ごもってしまう。
一緒に探索をしていれば寝顔なんてしょっちゅう見られてるんだろうけど、こんな風に近くで目が合うと照れてしまな。
「イッペイさん、ありがとうございました。宿敵を倒せて、私自身が解放された気がします。皆さんのおかげで私は救われたのですね」
「あんなのを放置しておいたらいつ襲われるかわからないからね。気にすることはないさ」
辺りを見回すと他のメンバーはまだ寝ていた。
朝方まで戦っていたのだ。
みんな疲れているのだろう。
「これでマリアは目的を果たしたわけだけど、今後はどうする? 冒険者を続けるか、それとも神殿に戻る? 好きに選んでくれればいい」
俺としては一緒に来て欲しいが、マリアの意見を尊重することを伝えた。
「私は……私も迷宮の最深部が見たくなってしまいました。もう第七階層は目と鼻の先ですし、せっかくここまで来たんですもの。仲間外れは嫌ですわ」
「そうか」
マリアがそう思ってくれるなら俺も嬉しい。
ひょっとすると『不死鳥の団』は解散になるかもしれないが少なくともマリアはまだ一緒に冒険をしてくれるようだ。
次の第七階層は砂漠地帯と聞いている。
正確に言うと階層ではない。
ワープゲートで地表のどこかにある砂漠に飛ばされるようなのだ。
地上に帰ってまた準備がいるな。
第六階層は各エリアに拠点を作ってあるので攻略はずっと楽になっている。
通過だけなら問題なく行けるだろう。
まだ起きるには時間がある。
俺は再び目を閉じ、まだ見ぬ砂漠に思いを馳せながら二度寝を決め込んだ。
ラビリンスタワーで捕虜になっていた冒険者たちと共に二日かけて第五層へ戻ってきた。
生き血を抜かれて衰弱していた冒険者たちも少しずつ復調している。
彼らとはここでお別れだ。
体調もいいようだし第5位階の冒険者だ、ここまでくれば自力で地上に戻れるだろう。
幹線道路を使って噴水広場まで来ると、そこにはパティーたち『エンジェル・ウィング』がいた。
パティーは元々日に焼けて褐色の肌をしているが、今回は更に赤みを増している。
「イッペイ! 助けて、お願い!」
「どうしたんだよその肌は、パティーだけじゃなくてみんな真っ赤じゃないか!」
パティーは鼻の頭の皮がむけてしまっている。
「第七階層の砂漠地帯よ! 砂漠を舐めていたわ。あそこまで凄いところだったなんてね」
照りつける砂漠の日差しにやられたようだ。
「すぐに直してあげるから、どこか空き部屋へいこう」
「ここからなら『エンジェル・ウィング』の部屋が近いから、そこへ行きましょう」
うわお! 女子の部屋にお呼ばれって、すごい緊張するぜ。
しかも美人ぞろいの『エンジェル・ウィング』の部屋だ。
『エンジェル・ウィング』の部屋は5区の一等地にあった。
『不死鳥の団』の部屋より狭いのだが、装飾品がゴージャスだ。
くんくん……なんかいい匂いもする!
女の子の匂い?
ジャンは不貞腐れた顔をしているが頬が赤く染まっているぞ。
クロも気恥ずかしそうにしている。
回復魔法を使って『エンジェル・ウィング』の日焼け跡を治療していった。
かなりひどい日焼けだ。
特にジェニーさんは肌が弱いらしくて、ヒリヒリボロボロ状態だった。
「ありがとうイッペイさん。お嫁に行くことを半ば諦めかけていましたわ」
治療が終わるとジェニーさんは軽く俺を抱擁して、ほっぺにキスまでしてくれた。
回復魔法が余程嬉しかったようだ。
サービスで髪の毛のダメージケアもしてあげたぞ。
「次に七層へ行く時は日焼け止めのクリームを作ってあげるよ」
パティーたちにもだが、俺たちにも必要だろう。
「助かるわ。イッペイ達は今何層?」
俺はぐっと胸を張る。
「次回はいよいよ第七階層突入の予定だ」
「ええ! もう追い付いてきたの」
パティーが驚くのも無理はない。
俺たちは異常な速さでレベルアップしているのだ。
車両と銃などの兵器のお陰で戦闘量は他のパーティーをはるかに凌駕している。
獲得経験値もしかりだ。
もっとも俺はレベル1のまんまだけどね。
だって最近では魔物を1体倒しても、経験値1さえもらえない。
表示されていないだけで小数点以下で推移しているようだ。
もう今更どうでもいいけどね。
ようやくパティーに追いついた。
『不死鳥の団』が今後どうなるかはわからないが、俺の旅をまだ続く。
次はいよいよ砂漠地帯だ。
俺の胸は広大な砂漠を夢想してときめいていた。
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