第103話 スパイ君大作戦
『不死鳥の団』は第六階層の各エリアに拠点を築き、今は5区の拠点にいる。
ここからはヴァンパイアの親玉、ザカラティア・ポーがいると目されているラビリンスタワーがよく見える。
タワーと拠点の距離は直線で300メートル。
今朝から張り込みをしているがポーの姿は見えなかった。
「お疲れさん。飯を持ってきたよ」
俺は見張りをしていたジャンにサンドイッチとコーヒーを手渡す。
「どうだ、何か動きはあったか?」
「相変わらず亡者が何人か出入りしているだけだ」
サンドイッチにかぶりつきながらもジャンの視線はタワーの入口から外れない。
「さっき面白い亡者が入っていったぜ」
「面白い亡者?」
「ああ。元『鉄鎖の群れ』の冒険者、ジョナスだよ」
だれそれ?
「知らないのか? 『鉄鎖の群れ』もか?」
じゃらじゃらしてそうだよね。
「五強って呼ばれているトップパーティーの一つだぜ!」
「へー……」
俺の反応にジャンはいらだっている。
「五強だぞ。最強チームの『アバランチ』があって、その下に五強って呼ばれるパーティーが続くんだ。ネピアなら子供でも知ってるぞ!」
四天王じゃないんだ、つまらん。
「パティーさんとこの『エンジェル・ウィング』も五強の一つなんだぞ」
そうだったんだ。
知らなかった。
「もしかしてセシリーさんってものすごく強いのか?」
「当たり前だろ! ただのショタ好き変態アラサーじゃないんだぞ! パン屋の魔女っていう二つ名まで持ってるんだからな!」
それ、二つ名というより悪口だぞ。
そうか、セシリーさんは偶にとんでもなく強力な魔法を見せていたけど、ネピア屈指の魔法使いだったのね。
「話を『鉄鎖の群れ』のジョナスに戻すけど、半年くらい前に七層で死んだって聞いている。だからタワーに入っていったのは亡者のジョナスだ」
「ほうほう」
「ジョナスだけじゃない。他にも元有名な冒険者の亡者が何人かタワーに入っていったんだぞ」
つまり、今タワーの中には強力な亡者がひしめいているわけだ。
そんな奴等と戦闘はごめんだな。
亡者なら話し声を聞かれなければやり過ごせるが、ヴァンパイアの支配下にあるなら命令一つでこちらに襲い掛かってこないとも限らない。
「ジャンは奴らとやり合って勝てると思うか?」
「やり方次第だと思う。まともに剣で切りあったら勝てる気はしないけど……」
勝てる状況を作り出し、勝てる作戦を立案すれば問題はないということか。
そうだよな。
迫撃砲とパンツァー・ブリーフ3の集中攻撃でラビリンスタワーを倒壊させてしまうのが一番確実のような気がするもんな。
ただそれをやると迷宮全体に悪い影響を与えそうなので怖くてできない。
明るい光と高い天井のせいでつい忘れてしまうがここは地下なのだ。
床や天井が崩落したら目も当てられない。
しかも魔石をいくつ使うことになるやら。
しばらくメグが口をきいてくれなくなりそうでそれも怖い。
「タワー内部を調べてみないとな」
「どうするんだ? スパイ君を送り込むのか?」
「ああ、ゴブとタッ君には休眠してもらって一気に15体送り込もうと思ってる」
タワー探索用の新型スパイ君を15体用意した。
今迄のスパイ君よりずっと小さく体長は2センチしかない。
これなら目立たないだろう。
その代わり移動速度はずっと遅くなってしまった。
午後、15体のミニスパイ君をラビリンスタワーに送り込んだ。
モニターも15台用意してメンバー全員で観察した。
「思ったより亡者の数が多いですね。一階なんて廊下中に亡者が溢れてるじゃないですか」
メグがモニターを見ながらため息をつく。
アレを全部倒すことになったら大変そうだ。
「その代わり神聖魔法の範囲攻撃はやりやすそうです」
狭いところに密集しているからマリアの言う通りだな。
ただし、ターゲットの所にたどり着くまでになるべく時間はかけたくない。
相手に与える迎撃のための時間は少なければ少ないほどいいのだ。
理想は隠密行動からの奇襲だ。
ラビリンスタワーは12階建てだが、階が上がるほど亡者の数は減っていった。
その代わり各ポイントを守る亡者の質が上がっている。
先程ジャンが教えてくれた元第四位階のジョナスや、それに準じる高名な元冒険者の亡者たちが集められていた。
ヴァンパイアがする死霊術というのは厄介な代物だ。
こんな風に強い亡者を集められたら手も足も出なくなる。
もっとも亡者にも鮮度というものがあるらしい。
数年もたつと死体の状態も徐々に悪くなり、生前の強さを発揮できなくなるそうだ。
だがここは迷宮だ。
強者の死体だけには困らない場所である。
案外それが目的でヴァンパイアは迷宮に引きこもったのかもしれないな。
10階までは亡者が何体もいる迷宮らしい殺風景な建物内だったが、11階から内部の様子がガラリと変わった。
上層はリフォームしたように内装が立派になっていたのだ。
窓がなくなり外からの光は入ってこなくなった。
その代わり豪華な照明が下がり、高級な家具調度類がキラキラと輝いている。
まるで貴族の館のようだ。
冒険者の格好をした亡者は一人もなく、使用人の服を着た者がわずかに働いている。
亡者ではなく眷属のようだ。
たまに見える犬歯の長さがそれを物語っていた。
「全員メイドのようだけど……」
「多分……強い」
護衛も兼ねているということだな。
12階まで進むと更に人気はなくなった。
辺りはひっそりと静まり返り物音一つしない。
この階の何処かにポーの居室があるに違いない。
「12番モニターを」
マリアの指摘にみんなの視線が一つのモニターに集中する。
映し出されたのは一際大きな木製の扉だ。
重厚な高級木材を使い、金箔で翼を広げるドラゴンの意匠が施されている。
「奴の紋章です」
ここが奴の部屋のようだ。
タワーは石造りで天井裏というものが存在しない。
暖炉の煙突や、排気ダクトのようなものも、残念ながらなかった。
室内に侵入するには誰かがこの扉を開けるのを待つしかなかった。
ドアは何の予告もなく開かれた。
だが、扉を開いたものの姿は見えない。
「遠慮することはない。入ってくるがいい」
室内から聞こえてくる声をスパイ君のマイクが拾う。
マリアの白い手が微かに震えている。
「奴の声です」
スパイ君の存在に気付かれてしまったか。
それは構わないが、知りたいのはどの時点で気付かれたかだ。
気配察知の能力が優れているようだ。
とうとう死者の王のご登場らしい。
俺はスパイ君に思念を送り室内に入らせた。
部屋にいたのは巨漢だった。
盛り上がった体軀に白蠟の肌。
豊かな黒髪を後ろになびかせて瞳は金色をしている。
醜悪な顔をしているわけではない。
それなのに人に怖気を震わせる顔だった。
「我が城によく来られた。随分と小さなお客だな。どこぞの使い魔のようだが……喋れぬか」
スパイ君にはスピーカーは付いていないのでこちらの声を届けることはできない。
スパイ君がゴーレムという事には思い至っていないようだ。
奴の存在と居場所は判明した今日のところはこれで十分だ。
俺はスパイ君たちに帰還命令をだす。
「逃すと思うかね?」
奴は指一本動かす事なく扉を閉めた。
「しばしの猶予をやろう、お前の主に伝えるがいい。何を探っているか知らんが、ここは死者の城だ。生者が入ることはまかりならん。それでも我が城にくるというのなら生きて城から出ることはないと知れ。しかと伝えたか? ならば死ね」
ミスリル版は唐突にブラックアウトした。
スパイ君ミニは破壊されたのだろう。
「間違いありません。奴です」
マリアが静かに断定する。
随分と厄介そうな相手だ。
俺たちはラビリンスタワー攻略に向けてミーティングを開始した。
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