第102話 拠点確保
無言で歩くのって結構キツイよね。
お坊さんの修行の中に「無言の行」というのがあるそうだ。
沈黙を守って自分の心の中を良く見つめるためにやるらしい。
大変だよね。
でも俺も目下「無言の行」を実行中だ。
修行僧の様に内省しているわけではない。
亡者の街を探索中なのだ。
この街に入ってから皆ハンドサインを使い、一切喋っていない。
だけど、実を言うと俺は思念でゴブと会話できるので、ちょっと気持ちが楽だ。
「(ゴブ、真ん中の車両でボニーさんとクロがしきりに筆談しているけど何かな?)」
「(時間的にみて休憩場所を探しているのでしょう。このエリアに入ってそろそろ4時間になります)」
「(ああ、そろそろ日が暮れそうだもんな)」
そういう仕様になっているらしく、明るかった天井も今や夕方らしいオレンジ色に光っている。
クロはボニーさんの指示に従ってドローンを飛ばしている。
ドローンとスパイ君から入ってくる情報で『不死鳥の団』はなるべく亡者のいない通りを進んでいた。
亡者に声を聞かれると襲われることは前回の実験でわかっていた。
くしゃみなどの生理現象でも見つかってしまうので、リスクを避けるためになるべく亡者がいない場所を進みたかった。
「(それにしても、プーの奴は本当にタワーに住んでいるのかね?)」
「(ポーでございますマスター。そうですね……聞いてみましょうか?)」
「(聞くって誰に?)」
「(もちろん住民にです)」
そういうとゴブは車両を降りて亡者の一人へ近づいた。
「少々お尋ねします。最近この辺にヴァンパイアが引越してきませんでしたか?」
亡者はどんよりとした視線をゴブに向けたが、事も無げに答えた。
「死者の王ならタワーの最上階に住んでいる」
ゴブの声を聞いても攻撃してこない。
「そうですか。ありがとうございました」
ゴブはゴーレムなので生命体とは判断されなかったようだ。
「(マスター、やっぱりラビリンスタワーで合っているようです)」
「(ありがとう。でも心臓に悪いからいきなり亡者に話しかけたりしないでね)」
ゴブのファインプレーで有益な情報を得られたぞ。
後でみんなに教えてやらねばなるまい。
ヘッドセットのイヤホンから「コツ・コツ」と二回タップする音が聞こえてきた。
ボニーさんの方を見ると停車のサインを出している。
命令を受けて車両は静かにとまった。
ボニーさんが無言のまま、ビルの形状をした建物を指さしている。
高さは4階建てで、20メートルくらいありそうだ。
2区の周辺では一番背の高い建物だ。
ボニーさんから作戦指示書が回ってくる。
この人は意外と可愛い字を書く。
――ここを制圧して前進拠点にする。建物内の亡者をすべて排除したのちに入口を封鎖する。――
このビルを六層攻略のための
建物の入り口を封鎖しても、ワイヤーフックのある俺たちなら出入りは問題ない。
『不死鳥の団』だけじゃなくて他のパーティーも休憩所に使えそうだな。
今度パティーにも教えてやろう。
ビル制圧作戦「オペレーション・ラプンツェル」は開始された。
俺とゴブはこれ以上の亡者が入ってこないように入口の見張りについた。
他のメンバーは建物内の敵を排除していく。
ビルを制圧していく『不死鳥の団』の姿は冒険者というより特殊部隊の精鋭のようだった。
「(マスター、ラプンツェルとは何でしょうか?)」
「(俺の故郷の童話に出てくる女の子の名前だよ)」
ラプンツェルは悪い魔女によって出入り口のない塔の上に閉じ込められた女の子の話だ。
塔に入るためにはラプンツェルの長い髪をおろしてもらって、それをロープ代わりに登らなければならない。
痛そうだ。
それ以上にどうやって洗髪していたのだろう?
冷静に考えるとツッコミどころの多い童話だ。
30分もかからずにボニーさんから連絡が入った。
「建物内の敵……排除完了。イッペイ……出入り口と1,2階の窓を封鎖して。マリア……イッペイのチェックをして。窓の封鎖……忘れるな」
ほとんどの窓にはもともと鉄格子が嵌っているので侵入は不可能だ。
それ以外の場所では土を錬成して硬質化を施した。
これで誰も入れないぞ。
『不死鳥の団』は最上階の比較的広い部屋に集まった。
家具など一つもないガランとした部屋だった。
音が漏れないように窓などを塞ぐ。
ようやく普通に会話ができるようになった。
「喋れないって意外と疲れますよね」
クロがほっとした顔をしながら声をかけてくる。
「そうだな。こういった拠点を各エリアに一つずつ作っておけば探索もはかどりそうだよな」
「そういえば車両やタッ君は大丈夫でしょうか? 外においてきてしまいましたが、亡者に手を出されないか心配です」
「それならゴブが見張ってくれている。変なのが着たら屋上から狙撃だな」
お茶を淹れて休憩したが、みんないつもより口数が多い気がする。
きっとフラストレーションがたまっていたのだろう。
だがいいこともあった。
建物内の一部屋で宝箱を発見したのだ。
以前三層で見つけて以来2度目の宝箱だ。
この階層はどのパーティーも速やかに通り過ぎるのが普通だ。
買取素材もでないのでここで狩りをする冒険者はいない。
好き好んで人間にそっくりな亡者を狩る奴はいないのだ。
だから宝箱が見つかったのかもしれない。
お宝発見でメグの興奮がマックスに達している。
「イッペイさん早く開けましょうよ!」
「ちゃんとトラップを確認しなきゃ」
今回も小さな宝箱だ。
スキャンを発動したら、留め金の所に極小の毒針を発見した。
気が付かないまま蓋を開けようとすると指に毒針が刺さる仕組みだ。
単純なトラップだが引っかかりやすい。
針に気を付けて宝箱を開ける。
「白金貨じゃないですか!」
メグが小躍りしている。
何と白金貨5枚、500万リムの現金が出てきた。
すごい臨時収入だが新型車両(T-MUTT)を二台作成するのに400万リム以上かかっているので、実際の儲けは100万リムに足りない。
それでも俺が立て替えていた製作費は返ってくるからちょっと安心した。
現金の他には金銀で
オークションに出したらそれなりの価格で落札されそうだが、道具はやっぱり使ってなんぼだ。
この皿は五層の基地で使うことになった。
車両のスピードを上げられればもっと早く移動できるのだが、六層は予想以上に道が入り組んでいる。
その上、道にはやたらと亡者がいてスピードを出すことはできなかった。
昔やった「自動車泥棒」というゲームの様に次々亡者を跳ね飛ばせば進めないことはないが、本当にそんなことをすると、ものすごく車両が痛んでしまうのだ。
それに、一番の問題はケルベロスだった。
こいつに攻撃されると亡者まで襲ってくるので、スパイ君などで索敵しながら進み、向こうがこちらに気が付く前に狙撃しなければならない。
お陰で移動スピードはどうしても落ちる。
ここ3区に来るまでに12時間かかったくらいだ。
「明日なんだけど、4区や5区にもここのような拠点を作りながら進むべきだと思うんだ」
「俺もおっさんに賛成だな。ずっと黙って探索するのは性に合わねえ」
ジャンや他のみんなも同じ気持ちのようだ。
明日は4区まで進み拠点を確保。
後に帰還して2区と1区にも拠点を作ることになった。
この調子で道を覚え、物資を運び込んで、六層に慣れたらラビリンスタワーの攻略だ。
ヴァンパイアが聖属性弾丸ホーリーパレットだけで倒せるとも思えない。
一応特殊弾丸を作ったが材料が希少で3発しか作れなかった。
5区に入る前に他にも用意しておいた方がよさそうだ。
翌日俺はメグに昨晩錬成した新装備を見せた。
「メグ、これなんだけど装備して動ける?」
新しい武器は総重量が13.6キロある。
『不死鳥の団』で一番力持ちのメグが運用に適任だろう。
「なんですかこれ? ずいぶん大きいですね」
俺が用意したのは携帯対戦車砲に似たものだ。
「こいつは携行型対ドラゴン兵器だ。700ミリの鋼板を貫くとんでもない威力をもつ。弾頭にはFランク魔石が3個使われている」
魔石の話を聞いてメグは凄く厭そうな顔をした。
「こちらの精神も削られるような両刃もろはの武器ですね」
「まあね。個人が携行できるギリギリの重さだけど、メグなら大丈夫だろう?」
本当はドラゴンやベヒモスのような大型の魔物のために開発したが、この階層でも何かに役立つかもしれない。
俺たちは次第に明るくなる迷宮の天井の下、本日の活動を開始した。
鑑定
【名称】パンツァー・ブリーフ3
【種類】対戦車擲弾
【攻撃力】27800
【備考】距離計と弾道計算機を組み合わせた魔導照準器がつく。
有効射程:固定目標400m 移動目標300m
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