第101話 死者の王

 五層5区の噴水広場は早朝の混雑を見せていた。

炊事洗濯や飲料水の確保のために人や荷車が行き交っている。

ベテラン冒険者があまりに多く集まるので魔物でさえこの区画には滅多に出てこない。

噴水周辺は迷宮中層にあって一番安全な場所とも言われていた。

 そんな噴水広場に一人の冒険者がふらりと現れた。

その男は下り階段がある6区の方から一人でやってきた。

やけに顔が青白い。

男の名前はクラークと言い、『暁の刃』というパーティーのリーダーをしている。

知り合いの冒険者がクラークの顔を認めて挨拶をする。

「ようクラーク、リーダー自ら水汲みか?」

返事もせずに、クラークは焦点の定まらない瞳を冒険者へ向けた。

「どうした、具合でも悪いのか?」

「……ほしい」

何やらぼそぼそと呟くクラーク。

様子がおかしい。

今のクラークには普段の快活さがまるでない。

「あんだって? 聞こえないぞ」

クラークの話を聞こうと冒険者は耳を近づけた。

「血が欲しい」

「はっ?」

突然、クラークは近寄った冒険者の首にかぶりついた。

響き渡る冒険者の絶叫に噴水広場に静寂が広がる。

だが、ここにいるのはいずれも場数を踏んだ歴戦の冒険者ばかりだ。

慌てることなく自分の武器を抜き、遠巻きでクラークを囲む。

「おい、お前、血迷ったか!」

周りの人間の詰問にもクラークは答えない。

「まだ足りない。もっと血が欲しい」

明らかに異常なクラークの姿に冒険者たちは戦慄を覚えながらも、冷静に状況を判断しようとしていた。

「取り押さえるぞ! 誰かロープを持ってこい!」

即席のチームが暴れるクラークを取り押さえた。



 噴水広場に近づくにつれて冒険者の数が多くなる。

俺たちは車両の速度を緩めて人にぶつからないようにゆっくりと進んだ。

なにやら広場の方が騒がしい。雰囲気がいつもと違っている。

「近接武器の用意……銃は使うな」

ボニーさんから指示が出た。

何か危険を感じたのだろうか。

こんなに人が多いところでは銃器は使えない。

俺はアサルトライフルを外し、高周波振動機付のマチェットを装備した。

 そこいらにいた冒険者に話を聞くと、知り合いに突然襲い掛かった男がいたそうだ。

喧嘩か何かか? 

長く地下にいればストレスも溜まり、おかしくなる奴がいても不思議じゃない。

そんな風に考えながら噴水広場へのんびりと車両を走らせていた。

ちょうど騒ぎのあった近くを通った時、ロープに縛られながら暴れている男を見てびっくりした。

確かあれはクラークだ。

以前、彼の仲間が負傷してポーションを売った覚えがある。

ベテランパーティーのリーダーらしく、芯の強そうな男に見えたが、簡単に喧嘩なんてするのか? 

広場の邪魔にならないところに車両を止めてクラークに近づいた。


「おいクラークどうしたんだ?」

「うああ! があああ!」

どう見ても正気じゃない。

「アンタこいつの知り合いか?」

クラークを取り押さえた冒険者が話しかけてきた。

「ほんの顔見知りだが、どうなってるんだこれは?」

「俺だって分からんさ。やばいクスリでもやったんじゃないのか?」

言われてみればそんな感じもする。

薬物反応がないかクラークの身体をスキャンした。

「……薬物じゃない。こいつはヴァンパイアウィルスだ」

改めて鑑定とスキャンを駆使してクラークを調べると【状態】が死亡で、ヴァンパイアウィルスに感染という結果が出た。

「ヴァンパイアウィルスだと? そんなバカな。こいつがヴァンパイアの眷属だというのか?」

それまでクラークのそばにいた冒険者が一歩後ずさる。

マリアに意見を求めた。

「眷属ではありませんね。おそらく死霊術の一種です。ヴァンパイアが自分の血をわずかに与えて死者をあやつる術だと思われます」

クラークのギルドカードを探すと、カードの色は死亡を示す黒に変わっていた。

「なあマリア、これってマリアが探しているプーとかいうヴァンパイアの仕業じゃないのか?」

「ポーです。奴の名前はザカラティア・ポーです」

惜しかったな。

ヴァンパイアの好物はハチミツじゃなくて血だったか……。

「おそらく奴の仕業でしょう」

マリアの眉間に小さくしわが寄る。

必死で怒りを抑えているようだ。

そういえばクラークに冒険者が襲われたんだったな。 

「クラークに襲われた男がいたと聞いたがどうなった?」

「そいつなら首の血管を食いちぎられて死んだよ」

殺された冒険者もウィルス感染していたら大変だ。

急いで男の死体の所へ行ってみる。

スキャンしてみたがウィルスには感染していなかった。

とりあえずパンデミックの危険はなさそうなので安心だ。

もしも次々とウィルスに感染してヴァンパイアの支配下に入るようならば、迷宮の封鎖さえ考えなければならない事態だった。


 縄を外そうとクラークは必死にもがいている。

「マリア、浄化を頼む。クラークの魂を救ってやってくれ」

「はい」

マリアは聖水を用意し、聖句を唱えていく。

神聖魔法の魔力があたりに充満してクラークが苦しそうに呻き声を上げた。

だが、それも最初のうちだけで徐々にクラークの顔に落ち着きが戻っていく。

最後は少し苦し気だが、人間らしさを取り戻したような死に顔になっていた。

完全に動かなくなった遺体は迷宮葬にした。

迷宮葬とは小部屋の一つに遺体を安置しておくことを言う。

休憩の時は赤い布をドアノブに巻き付けるが、この時は黒い布を巻き付ける。

そのまま3日経つと遺体は迷宮に取り込まれる。

これが迷宮葬だ。


 クラークのギルドカードを見るとランクは第5位階だった。

つまりクラークは第六階層まで潜っていたことになる。

上部階層でヴァンパイアの痕跡は見たことがない。

たぶんこの階層か次の第六階層で襲われたのだろう。

でもヴァンパイアって神殿との取引で100年間人間を襲わないと聞いたぞ。

「確か、ポーは百年間迷宮に引きこもって人間を襲わない代わりに、これ以上の神殿の追跡を目溢めこぼししてもらったんじゃなかったっけ?」

ふと疑問に思ったことをマリアに聞いてみる。

「どうしてイッペイさんはヴァンパイアがきちんと約束を履行すると思うんですか?」

平和な国の出身だからです。

そうか、ヴァンパイアは約束を守らないこともあるのね。

「そもそもヴァンパイアは血の欲求を簡単には抑えられないんです。奴らが生きていくためにも人間の生き血は必要です。上層部だってそのことは知っています。知っていて欲に目がくらんだのでしょう」

血を吸うのはご飯を食べるようなものか。

「たぶん第六階層だよな」

「はい。奴の性格からしてラビリンスタワーが怪しいと思います」

「どうして?」

「アイツは死者の王を気取るタイプです。王が他の者よりも低い場所で暮らすなどあいつのプライドが許さないでしょう」

地下迷宮という時点で他者より低い場所で暮らしていると思うが、そこは突っ込まないでおこう。

いずれにしても第六階層の調査は必要だ。

タワーは5区にあるが、そこまでは1,2,3,4の順番で各エリアを通らないとたどり着けない構造をしている。

まずはタワーの下見が必要だな。

本当にポーとやらがタワーに住んでいるかどうかもわからないのだ。

「まずは予定通り探索するよ。今日は3区までだ」

マリアも頷いている。

焦る気持ちはないようだ。

こうして気持ちも新たに俺たちの第六階層攻略がはじまった。

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