第100話 亡者の街

  普段迷宮を探索する時、全く無言でいるということはない。

移動中も声を出してフォローし合うし、休憩中は軽口を叩きあう。

一番無口なボニーさんだって要所要所でボケてくる。

だが、ここ「亡者の街」では一切喋ることが許されない。

今日は様子見だけなので1区の入口周辺をチェックする。


第六階層は眩しいくらいに明るかったが、空気が乾燥していて草一本生えていない。

おっ、第一亡者発見。

3人でたむろして喋っているぞ。

亡者たちは洗濯をしないようだ。

とても汚い服を着ている。

全員が冒険者のような格好だ。

迷宮で死んだ冒険者が亡者になったのだろう。

「俺はアーネストさんだぞ」

「ああ」

「知らない」

亡者たちの会話は成立しているのか、していないのかよくわからない。

「死にたい」

「死ね」

「もう死んでるぞ」

とても不毛だ。

今日はこれからある実験をするつもりだが、亡者と戦闘になる。

亡者とはいえ、人間の姿をしたものを撃つのはかなり抵抗がある。

相手は既に死んでおり、生前の記憶はあるのだが人格はなくなっている。

生前の情報を無感動に眺める亡者はすでに人間ではないと自分に言い聞かせた。


 最初の実験。

銃で亡者は倒せるか。

嫌な役を他のメンバーに押し付けることはできない。

リーダーとして俺がやる。

25メートルの距離から亡者アーネストを狙撃する。

「バスッ」

銃弾は過たず亡者の頭部に命中し、亡者は乾いた大地に倒れて動かなくなった。

頭部を破壊すると倒せるようだ。

弾丸も聖別されたホーリーパレットではなく、普通の銃弾で充分たおせる。

2体目の亡者は腹部に弾が命中しても活動を停止することはなかった。

痛覚もないらしく平気そうな顔をしていた。

脚を撃てば走れなくなるが、戦闘の際は頭部を狙うしか倒しようがない。

この辺はゾンビに似ている。

亡者はまだ一体いる。

周りの亡者が2体倒れてもヘラヘラと笑っていた。

「お前死んだのか? 元から死んでるか。ふーん」

残った亡者は俺たちの方を見ても攻撃してはこなかった。

続いての実験に移る。

俺は距離を保ったまま声を出す。

大きくもなく小さくもない普通の声だ。

「成仏してくれよ」

途端に亡者が反応した。

目を吊り上げてこちらを睨め付けると、叫びながら走ってきた。

「生者ぁあああああああああああ!!」

「バスっ」

直線的に走ってきたので、外すこともなく倒すことができた。

動きは人間と変わらず早い。

「声が聞こえたぞ」

「生きてる奴の声だ」

「死者じゃない者が街にいる」

建物の陰から亡者が3体現れた。

耳はかなりいいようだ。

こいつらは戦闘音にはまるで反応しないが声には敏感に反応する。

今度はクロとマリアが対応する。

二人のライフルの弾は聖属性銃弾ホーリーパレットだ。

亡者三体は、腹部などに銃弾を受け、しばらくしてから活動を停止した。

聖属性の銃弾の場合、頭部への命中以外でも倒すことができるとわかった。


 亡者は外見が人間なので、攻撃するのはかなり精神的なダメージを伴う。

さっきから気持ち悪くて仕方がない。

……これはもう無理だ。

なんだか熱いものがこみ上げてきたぜ! 

そして俺はスパークする。


「おえええええええっっ! うげっ! ……ハアハア」


乾いた風に乗って俺の嗚咽は街に響き渡ったと思う。

「ご、ごめん」

今更ハンドサインで謝るのも何なので、きちんと声に出して謝った。

「撤退準備……全員車両に搭乗」

ボニーさんも声を出して命令してるよ。

黙ってるのはストレスたまるもんね。

「おっさん、最悪だぜ」

俺の魂の慟哭を聞きつけた亡者どもが街の四方八方から集まってくる。

「声が聞こえたぞ」

「生きてる奴の声だ」

新しい小型クローラー式輸送車に乗り込む。

小型のボディーに四つのクローラーが付いた新型車両だ。

走破性、スピード、安定性など、全てにおいてテーラーより優れる。

車両には牽引車がつき、銃の台座もセットしてある。

ラジコンのようなリモコンで操作することも可能だ。

Fランクの魔石を使うので五層基地において密かに制作したぞ。

タッ君は足回りだけ改造して4輪クローラにした。

駆動部分と中枢部分がわかれていたので改造が可能だった。

 魔力量が豊富な俺とマリアを乗せた二台の車両が殿しんがりにつく。

亡者はいたるところから現れた。

その様子は餌を求めて群がる昆虫のようだ。

ミニミニ軽機関銃の乾いた音が鳴り響く。

 そういえば「古事記」の中でもこんなシーンがあったな。

イザナギという神様が死んでしまった奥さん(イザナミ)に会いに黄泉の国へ行くんだ。

黄泉の国というのは死者の国のことだ。

だが愛しい妻は死んでしまってので、かつての姿をとどめていない。

イザナギは醜いイザナミの姿を見て逃げ出すが、怒ったイザナミは化け物の軍隊を使って追いかける。

確か最後はイザナギが桃を投げつけて、化け物を追い払うんだったよな。

なんで桃を3個投げつけて化け物が逃げるんだろう? 

そんなことを考えながら俺は手榴弾を投げつける。

爆裂音が響き、何体かの亡者が吹き飛ぶ。

そういえばピーチ爆弾っていう名前の動画サイトがあったような……。

故郷は遥か遠くなったな……。

本当にどうでもいいことを考えながら俺は銃のトリガーを引いた。


 100体以上の亡者を蹴散らし、俺たちは1区の入口まで戻ってきた。

不思議なことに各階層の魔物は他のエリアへは決して行こうとしない。

俺たちを追いかけてきた亡者も途中で引き返していった。

「イッペイ……後でお仕置き」

怖い……けど少しワクワクする。

というのは冗談だ。

今回はきちんと逃走ルートも考えていたし、最後は撤退戦の訓練をする予定だったので、実を言うと予定通りなのだ。

そうじゃなかったらボニーさんはもっと怒っている。

「どうだった? 実際に戦った感触は」

俺は皆に聞いた。

「数が多すぎる。まともにやったらMPが切れて終わりだな」

ジャンの言う通りだろう。

みんなのMP量は上がっているが、クロの312~マリアの804までだ。

MPが一番少ないのクロでもマガジン5つ分の150発は撃てる。

だが、大挙して襲ってくる亡者にそれで足りるとは思えない。

定石通り喋らずになるべく亡者の少ない通りを移動するしかない。

「イッペイ……スパイ君の数を増やせない?」

ボニーさんとしてはスパイ君一台では足りないらしい。

ここはゴーレムではなく新型索敵機の投入を提案してみよう。

これだけ天井が高くて、しかも明るいのだ。空からの偵察が可能なはずだ。

「いい方法がありますよ。ドローンというものを作ります」

ドローンならIクラスの魔石が4つあればできるはずだ。

その夜はマリアと頑張った。

もちろん錬成をだ。

マリアは弾丸を聖別し、俺はドローンを開発した。

みんなで練習したがドローンの操縦はクロが一番だったので次回のフォーメーションは、


先頭車両(S-MUTT):ジャン(運転手・アサルトライフル)、マリア(狙撃手・機銃)

中心車両(タッ君):ボニー(指揮、情報分析)、クロ(ドローン操作)、メグ(護衛)

後尾車両(S-MUTT):ゴブ(運転手)、イッペイ(狙撃手・ミニミニライフル)


となった。

ボニーさんは情報収集に、クロはドローンを飛ばすために自動運転が可能なタッ君に乗る。メグは二人の護衛だ。

次回は吐かないように頑張ろう。

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