第99話 新たなる階層へ向けて
『不死鳥の団』もついに第五階層へ到達し部屋持ちのパーティーとなった。
だが、俺たちを待ち構える第六階層はこれまでよりずっと攻略が困難と言われている。
今日は第六階層についての勉強会だ。
少しでも情報を仕入れて万全の態勢で臨みたい。
「というわけで本日は講師に『エンジェル・ウィング』の凄腕魔法使いセシリーさんをお招きいたしました。全員拍手!」
拍手で迎えられ顔を赤らめながらセシリーさんが挨拶をする。
最初はパティーに頼んだのだが、用事があるそうで来られなかった。
そこで代役としてセシリーさんが『不死鳥の団』のために(特にクロのために)協力してくれることになったのだ。
「それでは初めに第六層の地理についてお話します。第六層は別名「亡者の街」と呼ばれています」
六層も1区から6区の各エリアに分かれているが、どのエリアでも都会の様に背の高い建物が軒を連ねているのが特徴だ。
そう、迷宮の中に街があるのだ。
主に3階建てから8階建てのビルが隣接している。
一番高い建物は5区にあるラビリンスタワーという12階建ての塔だ。
街といっても生者はいない。
この町に住むのはすべて亡者だ。
「亡者ってどんな姿をしているのですか?」
「実はこの町の亡者は外見上は生者と区別がつかないんです。ゾンビと違いある一定の知性も持っていて、話すことも出来ます。けっして高い知性ではありませんが……」
それはとても面倒そうだ。
では亡者と生者の違いとは何だろう。
亡者は死者が魔力エネルギーで活動している状態にある。
亡者は生殖能力がない。
食料を必要としない。
眠ることがない。
つまり人間の三大欲求がないのだ。
故に満たされる幸福がない。
常にイライラしながら他者を貶めたり、破壊したりすることを望むのが亡者だ。
そして亡者は常に生者を仲間にしようと考えていて、目の前にいるのが生きている人間だとわかると見境なく襲ってくるそうだ。
「これから詳しくこの階層についてお話ししていきますが、とにかく一番重要なことは第六階層では決して喋ってはいけないということです」
喋らない、これが第六階層攻略には絶対欠かせないポイントだ。
俺たちが第六階層で亡者に遭遇しても、すぐに亡者が襲ってくることはない。
なぜなら奴らも俺たちを一瞥しただけでは亡者なのか生者なのか見分けがつかないからだ。
だがもし一言でも話し声を聞かれると、亡者にはすぐにしゃべり手が生きているのか死んでいるのかがわかってしまうそうだ。
亡者が話しかけてきても決して返事をしてはいけない。
叫び声も上げてはいけないし、笑ってもいけない。
その代わり口を開かなければ亡者は襲ってこない。
絶対喋ってはいけないのが亡者の街だ。
万が一亡者と闘うことになった場合は、無言でこれを排除し速やかに移動するしかない。
亡者は総数1万を超える数がいるようなので、すべてを相手にするのは無理なのだ。
「このように亡者に対しては話をしなければ戦闘になることはありません。しかし問題は街の中に何頭もいるケルベロスです」
ケルベロスは頭が三つあるサイほどの大きさの犬だ。
「ケルベロスは匂いで生者を嗅ぎ分けます。ケルベロスと戦闘になると亡者もこちらの存在に気が付いて襲い掛かってくる場合があるので気を付けなければなりません」
普通はケルベロスが襲い掛かってくる前に、魔法や弓矢などを使って遠距離で倒すのが常識だそうだ。
「第6層は無駄な戦闘を避け、なるべく早く通り過ぎるのが定石ですが、大きな道は亡者で混みあっているという難点もあります。渋滞時の裏道の活用や、移動速度が攻略のキモと言えるでしょう」
セシリーさんの話から俺たちの課題が見えてくる。
一つ目は移動速度だ。
『不死鳥の団』はタッ君やテーラーを使っているので他のパーティーより移動速度は速い。
だが建物が密集している第六層の裏路地は細い通路が多く、亡者がいればすれ違いが困難であることが予想できた。
しかも階段が多いのでタッ君はともかく、テーラーには少々難所となる。
新型車両の開発が必要かもしれない。
ケルベロスの狙撃については、アサルトライフルに魔導スコープを取り付けようと考えている。
距離計と弾道計算機を組み合わせた魔導照準器だ。
これで狙撃能力は大幅にアップするはずだ。
いずれにせよ射撃訓練は必要だな。
セシリーさんの講演の後、先日リカルドとの探索の時に作った、ワイヤーフックを皆に見てもらった。
俺たちが住んでいるアパートは4階建てなので、ここで実験だ。
地上から屋上まで駆け上がってみよう!
屋上に向かって杭状のアンカーを射出する。
アンカーを壁に打ち込むと大家さんに怒られてしまうので、今回はふんわりと屋上の上に落とす。
魔力を少し通すとアンカーが開いてフックになるので、それを引っ張って屋上の角にひっかけるのだ。
後はワイヤーを巻き取りながらジャンプしたり壁を歩いたりして一気に駆け上る。
前日に沢山練習しておいたので一発で実験は成功したぞ。
「やらせて……」
「おっさん、俺も、俺も!」
ボニーさんも、ジャンも一発で成功している。
それどころか
懸垂下降も余裕でこなし、近くに生えている樹木を使って、振り子の要領で地面まで飛び移ってるぞ。
製作者だってそんな立体的に機動する装置を作った覚えはない!
「これ……いい……すぐに……いけそう」
屋根の上までね。
修飾語はきちんと入れようね、ボニーさん。
「面白い! おっさんこれは使えるぞ」
「マスター、狙撃をするのに高い所へ登るのに便利です。ぜひ私の分も作ってください」
思ったより評判がよかったので全員分作ることにした。
このワイヤーには細くて丈夫な迷宮大蜘蛛の糸が使われている。
次回の探索では四層4区によって大蜘蛛を狩る必要がありそうだ。
明日から再び『不死鳥の団』は迷宮へ入る。
今回は長めの探索予定だ。
第四階層4区で大蜘蛛を狩ってから第五階層へ入り、しばらくは基地を中心にレベルを上げる予定だ。
今のまま第六階層へ入っても途中で撤退する可能性だってある。
実際パティーが率いる『エンジェル・ウィング』もまだ第六階層を抜けていない。
ここを抜けるには詳細な地図と多人数を相手にできる地力と、少々の運が必要となってくるのだ。
資材をテーラーに積み込んでいると、久しぶりに『マキシマム・ソウル』のライナスに会った。
「久しぶりだなライナス。みんな元気か?」
ライナスの装備は更によくなっていた。
きっと『マキシマム・ソウル』のメンバーも見違えるほど強くなっているのだろう。
だがライナスの表情は硬い。
「オランドが死んだよ。三層に入ってすぐだった」
「そうか、残念だ」
俺たちは冒険者だ。
常に死と隣り合わせの毎日で、いつ知り合いが死んでもおかしくない。
一緒に探索をしたことは数えるほどしかないが、オランドも数少ない顔見知りの一人だった。
「俺はリーダーだからな、いつまでも悲しみに暮れているわけにはいかない。生きている者には生活があるからな。『マキシマム・ソウル』も今じゃ12人の大所帯だ」
ライナスは憂鬱を払うように空元気を見せた。
「今は三層がメインか?」
「ああ、ビシャスウルフを狩っている」
ライナスたちも着実にレベルアップしているようだ。
だけどライナスに以前の底抜けの明るさがなくなっていてそれが悲しかった。
仲間の死を乗り越えて、みんな少しずつ強くなっていったのだと思う。
「ところでイッペイ、その乗り物はどこで手に入れたんだ?」
ライナスが興味深げにテーラーを眺めている。
俺は他に絶対漏らさないと約束させてから自作したことを話した。
「なあイッペイ……同じものを俺たちにも作ってくれないか? もちろん金は払う」
実を言うと今回の探索で新型車両を作成する予定なのでテーラーはお役御免になる予定だ。
「今回の探索が終わったらこのテーラーはもう使わないんだ。別に壊れているわけじゃない。中古でよければこいつを売ってもいいぜ。38万リムだ」
「そうか38万か……少しメンバーと相談させてくれ」
本当はタダでいいのだがライナスは誇り高い男だ。
タダだとかえって受け取らないと思う。
だから材料費の値段そのままを言ってみた。
迷宮の中で俺が作成予定なのは小型の4輪バギーだ。
1台に2人まで乗ることができる。
車両は荷台を牽引することもできる。
幅はテーラーよりも小さい。
第六階層攻略の新兵器になる予定だ。
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