第78話 迷宮の賊
昨日、パティーは新しい運搬車に荷物を満載して第五階層へと旅立っていった。
セシリーさんも『エンジェル・ウィング』に復帰した。
それにしても出発前にセシリーさんがクロの後ろからこっそりと匂いを嗅いでいたのにはひいた。
クロはともかく、周りに気づかれないとでも思ったのだろうか。
『不死鳥の団』も今日から第三階層6区へ向けて出発する。
常勤のゴーレムはゴブ、ハチドリトリオ、タッ君、マモル君、スパイ君だ。
ヒカル君は定員オーバーなのでタッ君の荷台で休眠してもらう。
タッ君にはライトがついているので移動時の問題はないだろう。
ヒカル君には休憩時にランタンとして活躍の場が待っている。
『不死鳥の団』は迷宮第三層4区をすすんでいた。
第三層の1区と2区が広いフィールドなのに対して、4区は洞窟の様に石と土に覆われた細い通路が続いていた。
ここで出没する魔物はキラーアントだ。
キラーアントは体長1メートルある大型のアリだ。
一体一体の戦闘力は低いのだがやたらと数が多いことで嫌われている。
女王アリを中心に100匹以上の群れをつくるのだが、縄張り意識が強く攻撃的なので、キラーアントのテリトリーに入るものは同じ魔物でさえも攻撃を受ける。
そしてキラーアントは最後の一匹まで退却するということを知らない。
だからキラーアントの群れを相手にするのは非常に体力がいるのだ。
数が多くて嫌われているキラーアントだが俺たちには都合の良い敵だった。
アサルトライフルはキラーアントに有効だったし、数が多い分魔石をドロップする確率は上がる。
特に女王アリはFランクの魔石をドロップすることが多いのでありがたかった。
俺以外のメンバーは順調にレベルを上げている。
俺はね、……もういいよ。
装備とポーションで何とかするしかないでしょう。
迷宮を探索していると、たまに他のパーティーに出合うことがある。
タッ君は車輪ではなくクローラで動くので珍しいらしく、たまに注目される。
中には話しかけてくるものもあった。
また、第三階層は水場がない。
運搬車を持っている俺たちに余剰の水を売ってくれないかと持ち掛けるパーティーも何組かいた。
その度に俺は、大樽から水を移すふりをして、生活魔法で水を作って入れてやった。
だいたい5リットルで500リムくらい払ってくれる。
お金はどうでもいいが、受け取らないと向こうも気を使うので受け取る。
そんなやり取りが何回かあった。
だからその男たちが近づいてきた時、俺は大した警戒もなく相手をしてしまっていた。
三人の男たちは髭面で汚い顔をしていた。
迷宮に潜る冒険者なので1週間くらい風呂に入らないことなど当たり前だ。
生活魔法を使える俺たちの方がマイノリティーなのだ。
「悪いが小樽に水を一杯売ってくれねえか?」
「いいですよ」
俺は気軽に男から樽を受け取り、水を作ろうとした。
「カッ!!」
乾いた音を立てて、何かが俺の顔の横ではじかれた。
見ると土の上に矢が一本落ちている。
一瞬何のことだかわからなかったが、すぐに思い至る。
マモル君がシールド魔法を展開して、飛来した矢を弾いたのだ。
危なかった。
マモル君を装備していなかったらこめかみを撃ち抜かれて死んでいたかもしれない。
真っ先に動いたのはボニーさんだった。
男の一人の腕を締め上げナイフを首に突きつけている。
「どういう……つもり?」
迷宮内で殺人を犯すとギルドカードが赤くなってしまう。
ゲートを出る時はギルドカードの提示が必須なので、そこで赤いカードを見せると捕まってしまうのだ。ちなみに他人のギルドカードを持つとカードが発光するのでやっぱりばれてしまう。
「くそ、かまわねえ、やっちまえ!」
男たちは人質の安否など気にせずに襲ってきた。
物陰には俺を狙った弓使いの他に5人も隠れていて、全部で9人のパーティーだったようだ。
弓使いはハチドリで大腿部を撃ち抜き戦闘不能にした。
他の集団も接近を許さずアサルトライフルで足を狙ってこれも戦闘不能になった。
「こいつら
ジャンが言う。
山にいるのが山賊、海にいるのが海賊、迷宮にいるのが迷賊というわけか。
地上で罪を犯した冒険者が
迷宮内で罪を犯して地上に戻れないやつもいるようだ。
懐を調べると真っ赤なギルドカードが出てきた。
こんなもの捨ててしまえばいいのにと思ったが、自分のステータスを確認できるギルドカードは赤くなっても捨てられないようだ。
定期的に冒険者を襲い、食料などの物資を手に入れていたのだろう。
「どうする……? やる?」
ギルドカードを持たないものや、赤いカードの冒険者を殺しても自分のギルドカードは赤くならないそうだ。
放置すればまた犯罪に走るだろうが、俺が殺すのは嫌だ。
たとえ罪人でも人を殺すのは気がひける。
「ギルドに引き渡しましょう! 報奨金が出るはずです!」
元気よく提案するのはメグだ。
彼女が報奨金をふいにするはずがない。
面倒だがそれしかないか。
「じゃあ縛り上げてから傷を治すか。で、お前らのアジトはどこだ?」
迷賊は誰も答えない。
「早く答えないと、血を流しすぎて死ぬぞ。答えたやつから傷を治療してやる」
「2層の3区だ」
「川の上流に洞穴がある」
迷賊たちは次々と口を割った。
ひょっとするとお宝をため込んでいるかもしれない。
探索の邪魔をされたのだからそれくらい回収しても罰は当たらんだろう。
俺は迷賊の傷を治してやり、縄で縛りあげて迷宮の中を走らせた。
こんな面倒な仕事はさっさと終わらせたい。
途中で魔物に突然遭遇しても即死しない限りは治してやるから大丈夫だろう。
30分おきに回復魔法で疲労をとってやり走らせたので、どんどん進むことができた。
ちなみにメンバーはタッ君に乗っている。
その日の内に2層の3区に到着した。
相変わらずの室内植物園だ。
「アジトにはお前らの他に誰かいるのか?」
「いや。仲間はこれで全部だ。他には誰もいない」
俺の質問に迷賊は素直に答える。
だが信じるもんか。
蜘蛛型ゴーレムのスパイ君を先行させてみると奴らが言うように洞窟はあったが、洞窟の前には奴らの仲間らしき人間が10人もいた。
油断も隙もあったもんじゃない。
俺は睡眠剤で迷賊を眠らせて木に括り付けた。
騒がれると面倒なのだ。
引き続きスパイ君に洞窟内を調査させる。
洞窟内部は魔導照明のお陰でかなり明るい。
これも冒険者たちから奪ったものなのだろう。
洞窟の入口から奥までは10メートルくらいはあり、それなりの広さだ。
片側の壁には食料などの物資や、武器が立てかけられていた。
一番奥には三人の幹部らしき男が酒を飲んでいる。
どいつも悪そうな面構えだ。
とはいえ制圧は難しくなさそうだ。
洞窟の入口は1か所しかない。
散開して物陰から狙撃。
洞窟前の敵を排除したら、そのまま前進。
催涙ガスを洞窟に投げ込み、こらえきれずに迷賊が出てきたところで、また狙撃。
そんな雑な戦法でも充分通用するだろう。
物音がして、数人の男が洞窟内に入ってくる。
「お頭! みてくださいよこの女! すげえ体してるでしょう!」
どうやら、慰み者にするために女の冒険者を捕らえてきたようだ。
下種どもが、ギルドに引き渡す前に勃起障害の刑じゃ!
まあ、すぐに死刑になりそうだけどね。
「おお! こいつはスゲェや! お前らまだ手を付けてねえだろうな!?」
お頭と呼ばれた男が興奮して
「もちろんでさあ。だから後であっしらにも味見をさせて下さいよ!」
「まあいいだろう。こんだけの上玉だ、我慢させるのも酷だな」
迷賊どもは薄汚い声をあげて笑った。
その時、捕まった女の人が
「貴方達、このようなことはやめて悔い改めなさい! このままでは貴男方の魂は本当に地獄に落ちますよ!」
スパイ君の位置からは女性の後ろ姿しか見えない。
後ろ手に縛られた手首が痛々しい。
彼女が着ているのは神官服?
迷賊がやたらと褒めるだけあってなんとなく色っぽい体つきをしているような気がする。
スパイ君、女の人の顔を見せてくれ。
俺はスパイ君に思念を送った。
命令を受けたスパイ君が移動を開始し徐々に彼女の姿があらわになる。
うわお!
神官服なのにフェロモンが出まくりの体つきをしてますよ。
……あれ?
なんだろうこの既視感。
清らかな瞳、優し気な口元、鼻筋もすっと通っていて上品だ。
豊穣の大地を思わせるような大きな胸と、くびれはあるのにお尻も大きい安産型。
既視感じゃない。
この姿は確かに過去の記憶にある。
「まさか……シスター・マリアか?」
そこにはホフキンス村で見たグーラが化けていた、シスターマリアのそっくりさんがいた。
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