第79話 シスターとグーラ(前)
迷賊のねぐらの中でロープに縛られたシスター・マリア(仮)が言葉を重ねる。
「今からでも遅くありません。あなた方の罪を
迷賊たちは大笑いだ。
「面白すぎて腹の皮がよじれちまうよ! なあ、俺たちは今からアンタの服をひんむいてたっぷり楽しませてもらおうと思ってるんだぜ。アンタのことを抱きながら俺が今までの罪を告白したら、俺の魂とやらは救われるのかい?」
迷賊の手がシスターの顎を掴んだ。
白い肌が苦痛に染まる。
時間的な余裕はなさそうだ。
あれがシスターなのかグーラなのかはいまだ不明だが、このままにしておくわけにもいかないだろう。
「女性の人質が洞窟の中にいる。だけど基本は一緒だ。外の敵を排除後、催涙弾を使っていぶりだすぞ」
木に縛り付けた迷賊の見張りはゴブに任せ、俺たちは洞窟方面へ突入した。
火薬ではなく魔力を利用した銃の利点の一つは発射音が静かなことだ。
敵にこちらの位置を
洞窟前の迷賊たちは攻撃を受けていることさえ理解できずに倒れていった。
一応急所は外して狙撃した。
軽く回復魔法をかけた後に拘束していったので今のところ死者は出ていない。
僅か十秒足らずで、表にいた十三人を無力化した。
洞窟の中では興奮しきった男たちが表の状況など知る由もなく、シスターに好色な視線を向けている。
二人の男がシスターを後ろから羽交い絞めにして、腕を押さえている。
前にいる頭目がまさに神官服に手をかけたところだった。
スパイ君から送られてくる情報を見ながら思わず口にしてしまう。
「あと10秒ほど見学したいけど、そうもいかないよな……」
俺は煩悩を振り切るように催涙弾を洞窟の中に投げ入れた。
「火事か!?」
「目がいてえ!」
「ゴエホッ! ゴエホケッ!」
次々と男たちが出てきたのでメグがメイスを振るって昏倒させた。
催涙ガスでまともに目もあけていられないので倒すのは簡単だった。
俺は銃を向けたまま、涙と咳にむせぶシスターに回復魔法を施す。
「動かないでくださいシスター。貴方は本当に人間ですか?」
「どういうことでしょうか?」
シスターは清らかな瞳で俺を真っ直ぐに見つめる。
「前にあなたにそっくりなグーラに襲われたことがあります。姿も顔も瓜二つです。貴方が本当に人間のシスターかを確かめたい」
「グーラ? 私にそっくりな……まさか! あのグーラが生きていたの!?」
シスターには心当たりがあるようだ。
「ひょっとすると貴方のおっしゃるグーラは……かつて私が討伐しそこねた魔物かもしれません。申し遅れましたが、私はスコティス神殿の
グーラもマリア・ミスティアと名乗っていたな。
「冒険者のイッペイです。あなたの知っているグーラについて教えてください」
俺は銃口をシスターに向けたまま質問する。
シスターはチラッと銃に視線を投げてから言葉を繋げた。
銃が武器という認識はあるようだ。
「はい。そのグーラは私たちがスコティスで取り逃がしたグーラのことでしょう」
嘘を言っているようには思えないが、俺はホフキンス村のグーラにもコロッと騙された過去を持つ。
自分の勘はまるっきり頼りにならないと思う。
ただ、あのグーラは死亡を鑑定で確認しているので同一個体ということはないだろう。
「ゆっくりと貴方のギルドカードを提示してください」
神官だろうがゲートの出入りには冒険者ギルドのカードが必ず必要となる。
彼女がゲートを通って迷宮に入ったのなら、ギルドカードを携帯しているはずだ。
シスターは懐からギルドカードを取り出した。
その手は少し震えている。
色は赤くない。
「これで信じていただけたでしょうか」
迷宮内で殺人は犯していないようだ。
だがこれだけでは彼女がグーラではないという確証は得られない。
困ったな。
ルール違反になるが、俺は彼女に気づかれないように鑑定をかけることにした。
怒られるかもしれないが、もしシスターの正体がグーラだったらと考えると、見逃すわけにはいかなかった。
鑑定
【名前】 マリア・ミスティア
【年齢】 23歳
【状態】 魔封(魔封じの首輪)
【職業】 女神官
【Lv】 23
【HP】 34/334
【MP】 329/329
【攻撃力】118
【防御力】176(+99) 戦闘用神官服
【体力】 182
【知力】 176
【素早さ】78
【魔法】神聖魔法Lv.4 聖属性付与Lv.2
【スキル】浄化Lv.1 魅了Lv.1 (パッシブ)
【備考】スコティス神殿所属の祓魔師ふつまし
人間で間違いないようだ。
……スキル欄がこの人を体現してるな。
清廉と官能が同居しちゃってますよ。
「わかりました、シスターマリア。貴方を信じましょう」
俺はゆっくりと銃口を彼女から外した。
「ありがとうございます。ところで貴方が会ったグーラはどうなりましたか?」
「倒しました。ここから南東のホフキンス村というところでシスターのふりをして何人も村人を手にかけていたんです」
シスターの表情が曇る。
取り逃がしてしまった責任を感じているのだろう。
「そうですか。あれは元々スコティスの街中に潜伏していたグーラでした」
スコティスは北部最大の都市だ。
その大都会で二年前に
被害者は男ばかりで、いずれの場合も縛られたまま殺害されていた。
犯人は被害者を縛り上げると、まず喉を潰して声を出せないようにする。
その後、生きたまま腹を裂いて内臓を取り出していた。
取り出された内臓は殺害現場には見当たらなく、持ち去られていた。
あまりに猟奇的な事件に、犯人は当初から人間ではなく魔物ではないかと考えられた。
そこで動き出したのが対魔物のスペシャリストである神殿所属の祓魔師隊であり、シスターマリアはその部隊に所属していた。
眉間に小さなしわをつくりながらシスターは続ける。
「犯人の足取りはなかなか掴めませんでしたが、二十人を超える人間が殺害されて、ようやく被害者にある共通点が浮かび上がったんです」
捜査線上に浮かび上がったのは一人の娼婦だったそうだ。
名前をミランダといい、娼館ではなく街角に立つ街娼だった。
夜の街では隠れた有名人で、品のよい美貌から没落貴族の令嬢であるとか、亡国の王女ではないかという
街娼であるから決まった場所にはいない。
ミランダが立っていたというだけで、夜のクレメント通りに百人もの男たちが詰めかけたなどという伝説をもつ娼婦だった。
「つまり、被害者たちは皆、そのミランダという娼婦を買った男たちだったということですか?」
「その通りです。我々は密かにミランダを探しました。とはいえミランダは決まった場所で商売をしておらず、どこに出没するかはわからないという謎の娼婦でした。隊員はみな一般男性に紛れて夜の町を徘徊していましたね」
スコティスの街だけで街娼の立つスポットというのは50を超える。
例えば前出のクレメント通り、例えばロッテルバーグ橋のたもと、例えばヒャクニンタウン地区、神官たちは一般人の服をきて夜の街で娼婦を探した。
だが、ミランダの行方は
「私たちの捜索をあざ笑うかのように被害者の数は日ごとに増え続けていきました。それでもある日、我々はついに奴と遭遇することができたのです」
シスターは上を見上げた。
明るく輝く迷宮の天井をスクリーンにして記憶を映し出しているのだろう。
俺は抜けるように白いシスターの喉を眺めながら次の言葉を待った。
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