第77話 駆け抜けろ!

 3月も末になってネピアの町も華やいだ感じがする。

家々の花壇にはクロッカスや水仙の花が咲き乱れ、鮮やかな色合いが道行く人を楽しませていた。

俺は久々に休日の合ったパティーと春の一日を過ごしている。

冒険者は泊まり込みの探索ばかりだからなかなか会えないのが辛い。

パティーは初めて見るタッ君に興味津々だ。

「いいわねこれ。うちにも一台欲しいわ」

「毎分50MPが必要だぞ」

それを聞いてパティーが目を丸くする。

「セシリーでも1時間しか動かせないじゃない!」

タッ君はただの運搬車ではなく自分である程度の状況判断ができるゴーレムなのだ。

エネルギーとして必要な魔力の量はそこいらの魔導自動車とは違う。

「タッ君のようなゴーレムは無理でも、迷宮用のカートとか、魔力アシスト付の荷車なら作ってあげられるよ」

惚れた弱みでついつい甘くなってしまう。

「本当に!? もちろんお金はちゃんと払うからね」

嬉しくてパティーが横から抱きついてくる。

今日は休みだから当然鎧は装備していない。

俺の右側からパティーの温かさが伝わってくる。

大変だ! 

俺の腕だけじゃなくて身体まで埋もれてるよ! 

なんに埋もれてるか? 

もちろん……喜びにだ!


「はははっ、後でベースになるリアカーでも見に行く?」

「そうね、すぐ行きましょう!」

あらら、もう少しいちゃつきたかったのに、パティーはすぐにでも出かけたいようだ。

扉を開く前に情熱的なキスをしてもらったので良しとするか。

ところでタッ君はアパートの中庭にある物置小屋が定位置になっている。

各種荷物を入れるために『不死鳥の団』で借りた。

扉にカギはかかるが、常駐する人間はいない。

不用心だがタッ君を起動するためには『不死鳥の団』のメンバーが近づかなくてはならないので盗まれる心配はまずないだろう。


  手を繋いで道を歩くわけにもいかないので俺とパティーは節度ある距離を保って歩いた。

途中に服やアクセサリーの店があったがパティーは見向きもしなかった。

探索以外のパティーの普段着は俺から見てもシンプルだがお洒落だと思う。

でも、パティーにとってはブティックよりもリアカーショップが優先されるらしい。

俺としてはどちらでも構わない。

いや、本音を言えばリアカーショップの方がありがたい。

ブティックだとどうしても時間を持て余してしまうもんね。


 やってきたのは以前も来たことのある「シェル・リアカー商会」だ。

『マキシマム・ソウル』のメンバーが全員一致で押すだけあって品ぞろいはネピア一だ。

俺たちはああだこうだと言いながら、迷宮での運用を考えて大きさと駆動方式を考えていく。

と、その時だった。俺の目に信じられないものが飛び込んできた。

なんとそれはゴムを巻いた車輪だった。

「ま、まさか、ゴムなのか」

ゴム車輪を調べていると近くにいた店員がやってきた。

「これはお客様、ゴム車輪にご興味がおありですか?」

やはりゴムのようだ。

だがボトルズ王国は比較的北の方にある国だ。

国中のどこを探したってゴムの木なんか生えていないだろう。

「これは輸入品なの?」

店員は俺の質問ににっこり笑って否定する。

「いえいえ、このゴムは迷宮産ですよ」

なるほど、それで合点がいった。

確か第四階層6区が熱帯の密林のような場所だと聞いている。

「もしかして、四層の六区でとれたとか?」

「ご名答! お客さん冒険者ですか?」

ゴムの存在を知らないパティーが質問してくる。

「その車輪を覆っている素材が四層六区でとれるの?」

「ああ。ゴムの木という木からとれる樹液なんだ」

この店で売られているゴム車輪は地球のゴムタイヤとは全く別物だ。

木製の車輪の外周にゴムの輪が嵌められたいわゆるソリッドタイヤと呼ばれるものに近い。

空気入りのタイヤと違ってパンクはしないが高速で走るとゴムが焼けて煙が出る。

「これは画期的な品でしてね。耐久性は地竜に劣るんですが、滑りにくいんです。素材の間に溝があるでしょう。これがうまく大地とかみ合って素晴らしい推進力を生むんですよ。最近では魔導自動車の車輪もこれなんですよ。もっとも自動車の車輪は木製ではなく鉄製ですけどね」

試しに鉄製の車輪でゴムを巻いたものはあるかと聞くと、販売していたので三つ購入した。

パティーもゴム製の車輪がついたリアカーを買った。

帰りにGランクの魔石を10個買って駆動機構を作り、組み込む予定だ。

速度は抑えて馬力を重視した造りにしようと思う。

『エンジェル・ウィング』は明後日から迷宮に潜るのでそれまでに作ってやらなくてはならない。

「ごめんねイッペイ。せっかくの休みなのに。でもこれで中継基地に物資がたくさん運べるわ」

「中継基地?」

「ええ。五層の小部屋よ。知ってるでしょ?」

何のことかわからない。

詳しく聞いてみると、第五階層到達パーティーは階層内の小部屋の私有化をギルドに認められているそうだ。

一般に迷宮内の小部屋を長く占有することは禁じられている。

だが、第五階層ともなるとたどり着ける冒険者は少ない。

またそういった迷宮深部を探索するパーティーが安心して物資を保管できるように、冒険者ギルドが特別に配慮して小部屋の占有を認めているそうだ。

占有が認められた小部屋の前にはギルドから渡されるパーティー名の入ったプレートと、迷宮のドアにつけられる特殊な錠前が支給されるとのことだった。

そういえば、ボニーさんも第五階層に到達した第6位階の冒険者だ。

あの人も小部屋を持っているのだろうか? 

後日確認したところ以前所属していたパーティーは解散し既に部屋の占有権は失われているという答えが返ってきた。

そのパーティーは大規模パーティーだったが魔物の襲撃で半壊したと、少し寂しそうな表情でボニーさんは教えてくれた。


 素材屋で材料をそろえ、買ったばかりのリアカーに積み込んで帰った。

各種錬成魔法を駆使して二輪耕運機にリアカーを取り付けたような運搬機を作成した。

日本ではテイラーとかティラーなどと呼ばれ、農村地帯でよく使用される運搬用の車両だ。

道路運送車両法上では「小型特殊自動車」に分類され公道も走れるぞ! 

農業用に使われるだけあって走破性は悪くないと思う。

座席はついているが屋根やドアなどはない。

小型だが550㎏の積載が可能だ。

エネルギー源はMPではなく魔石にした。

Iクラスの魔石で25kmの走行が可能だ。

スピードは出ない代わりに、現行の魔導自動車よりも燃費をかなり抑えることができた。

ギアは2段切り替えでバックもできる。

迷宮ではターンが難しいのでバックは必須機能なのだ。

「ありがとう、イッペイ。これで夢へと一歩近づいたわ」

俺たちには目標がある。

パティーは俺のために貴族の地位を捨てて庶民になろうとしている。

だが、そのことはチェリコーク家にとって醜聞でしかない。

江戸時代の旗本のお姫様が庶民に嫁ぐようなものだ。

だから俺たちは醜聞を覆すような名誉をチェリコーク家へもたらさなければならない。

それが迷宮下層への到達だ。

史上最高到達階層は第八階層1区だ。

この偉業は100年前になされ、未だそれを越えるものはいない。

俺たちはチェリコーク家のお抱えパーティーとして100年ぶりに第八階層へ到達、もしくは未だ未踏破となる2区や4区を探索し情報を持ち帰ることを目標にしている。

これがなされればチェリコークの家は面目躍如であり、放蕩娘が一人出奔してもお咎めはないだろう。

それまではいろいろと耐えなければならないのだ。

「イッペイ……本当は泊っていきたいけど……」

うん、耐えなければならないのだ。

「わかってるさ。もう少しだから。俺もすぐパティーたちに追いつく。第五階層までならすぐに追いつけるさ」

「うん」

「第八階層にだってたどり着いて見せる」

「うん」

口づけを交わしてパティーを新型テーラーで送った。

いまだ宵の口の繁華街を徒歩で帰る。

唇のすぐ横にパティーの息遣いが残っているような感じがしてくすぐったい。

脳はしっかりとパティーの匂いを記憶している。

もう少しだ。

より高ランクの魔石を手に入れ、よい装備を作り、いつか第八階層へたどり着いてやる! 

それまではいろいろと耐えなければならないのだ。

花街のお姉さんが俺に流し目を送ってくる。

負けるもんか。 

飲み屋のお姉さんが胸の開いた服で俺を誘う。

負けるもんか! 

耐えなければならないのだ! 

俺は夜の繁華街を全力で走り抜けた。

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