第56話 チェイサーの槍(後) あるいは月下のジョージ君

 現金が600リムしかない俺たちは、町の近くにある廃砦に泊まった。

ここはもともと騎士団の演習場で、今でもたまに使われるらしい。

俺たちは盛大に焚火をたいて寒さをやり過ごした。

見張り番にはジョージ君を立てている。

もう、チェイサーにゴーレムのことを隠すこともないだろう。

ジョージ君は城壁の上に立って、腰をふりながら見張り番をしている。

ジョージ君はすっかりこの動きがお気に入りだ。

高速で腰をふるゴーレムにため息がこぼれる。

チェイサーの情事を目撃させてしまったのがいけなかった。


 たき火の前に腰を下ろして、チェイサーがぽつりと語りだす。

「今日、どうして俺が騎士を辞めたか聞いたよな」

「うん。まあどうでもいいぞ。それほど興味はない」

嘘だけどね。

「5年前だ。この辺りで境界線をめぐる領主同士の小さな小競り合いがあった。そこで俺たちはある村へ徴税をしに行ったんだ。その村は相手方の領主の村だったが、その村の畑のある場所がこちらの領主の土地だという言い分だった」

「つまらん争いだな」

「まったくつまらん争いさ。だが村人たちは命がけだった。俺たちがやったのは徴税という名の略奪行為だ。村には女子供も大勢いた…」

こいつはそれを看過できる性格じゃないか…。

「逆らったのか…」

「ああ。上官に内緒で村人たちを逃がした。その結果、俺は騎士の地位をはく奪された」

「それでこのていたらくか」

「そういうなよ神官さん。先祖代々騎士の家系で、俺は常に騎士であり続けようとしたんだ。他の生き方なんて今更できなかった」

「それでヒモになってりゃ世話ないぞ」

「ああ。わかってるさ…。死んだような生活をしながら、それでも俺は騎士にこだわり続けたんだ。寂しい女たちを食い物にしてな。彼女たちには悪いことをした。ただ俺と一緒にいた女は可哀想な女ばかりだったんだ。まあ、傷を舐め合うような関係さ…」

「で、今後も騎士を目指すの?」

「いや、それはもうやめだ。本当は騎士になって堂々とアルマから槍を受け取る予定だったんだけどな、結局そうじゃないまま受け取ってしまった」

やけにスッキリとした顔をしている。

「王都まではまだあるからな、今後のことは歩きながら考えればいいんじゃないか」

「ああ。ところで神官さんは王都へ着いたらどうするんだ?」

さてどう答えたものか。

もうこいつには本当のことを言ってもいいだろう。

それで密告でもされて捕まったら、後は笑うしかないな。

「実は俺は神官じゃない」

俺はこれまでの経緯をチェイサーに語って聞かせた。

「はははは、変な神官だと思ってたら、実は偽神官だったわけだ。こいつは傑作だ!」

「そういうことだから、今後は目立つこととか絶対にしないでくれよ」

「わかった。ところで神官さんこそ今後どうするつもりだ?」

だから偽神官だって。

「とりあえず連絡を取りたい人がいるから、その人と相談して決めるよ」

「女か?」

「まあね~」

その後、俺はパティーがいかにいい女かや『不死鳥の団』のことなどをチェイサーに語って聞かせた。

「なるほど、あらかたの事情は呑み込めた。…で、さっきからずーーっと気になっていたんだが、あのサルは何をしてるんだ?」

チェイサーの指さす方向には、月光を浴び白銀に光るジョージ君が城壁の上で相変わらず腰をふっていた。

あ、たった今、体位を変えました。

手の動きを見るに、後ろからですな…。

「なんか、あの動きが気に入ってるみたいで…」

「あれは神官さんが作ったんだろう? へんなゴーレム作るなよ」

お前が悪いんだよ! 

ジョージ君が情事を覗いたとも言えずに、俺は心の中で悪態をついた。



 「メグさん村が見えましたよ」

御者台に座るクロ君に言われて荷台から這い出ると、はるか遠くにホフキンス村が見えてきました。

私たち『不死鳥の団』とパティーさんは目下イッペイさんの捜索中です。

ここに来るまでにルチア村という村で黒髪の天使が目撃されて以来、イッペイさんの痕跡は消えています。

ひょっとすると山の中の間道を通ったのかもしれません。


「とまれー」

村の入口付近で私たち一行は村人らしき一団に足を止められてしまいました。

「あんたら、どちらから来なすった?」

「私たちはコンブウォール鉱山から来ました。これよりここを抜けて王都エリモアへ向かうつもりです」

代表してパティーさんが受け答えをしています。村人たちはなにかヒソヒソと話し合い、時折グーラとか偽物とかいう言葉が聞こえてくるけど何でしょう。グーラ? 確か屍食鬼の雌のことですよね。

「いや、いくら何でも立て続けにグーラがあらわれることなんかなかんべぇ」

「だども、あのおっぱいさ見てみれ! とても普通の女のもちものじゃねえぞ!」

「また、オラたちを騙す気だべか? でもあれなら騙されてもいいべなぁ!」

この人たち命知らずです。確かにパティーさんの胸はモンスターレベルだけど、正面からそれを言う勇気がある人は少ないのです。私も最近成長してきたけどあれに太刀打ちできるとは思えません。そういえば最近ジャン君やクロ君の視線を感じるのよね…困ったような、嬉しいような。

「なあ、あんたら。黒目黒髪で平べったい顔のオッサンを見なかったか?」

ジャン君の質問に村人たちが反応します。

「あんたら神官様のお知り合いか?」

「神官様ぁ?」

「ああ。レッドブル様のことだべ。あのお方ならオラたちの病気を全部治してくれて、グーラまで倒して、知らねぇうちにいなくなってしまっただよ」

「馬鹿やろっ! 治療のことは内緒だろうが!」

「いけね」

どうやらイッペイさんは神官に化けているようですね。今後はロバート・レッドブルという神官を追いかける必要があるようです。

 イッペイさんはこの村の人を治療して、魔物退治をしてたんだ。久しぶりにイッペイさんの痕跡に出合えて、まるでイッペイさんがそばにいるかのように私は嬉しかったです。もうすぐです。もうすぐ追い付きますからね。待っててくださいよイッペイさん。

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