第53話 チェイサーという男

 冬は氷雪ひょうせつに輝く。

見とれてしまうほど美しいのだが、ずっと続くと飽きてしまう。

都会の人が雪に喜んでいても、地元の人は何も感じないのと同じだ。

絶景も3日つづけば日常の一部となるのだ。

いいや、つまらないどころじゃない。

もう雪はうんざりだ! 

王都までの道のりは長く、風景は代り映えのしない雪の平原だ。

俺とチェイサーは聞く人がいれば眉をしかめるようなボーイズトークを展開して寒さと無聊ぶりょうを慰めていた。

 道の向こう側から女の二人連れが歩いてきて、神官服の俺にちょっとだけ頭をさげて去って行った。

さっそくチェイサーが聞いてくる。

「右と左、どっちが神官さんの好みだ?」

しばらく一緒に旅をしてきたせいでチェイサーもだいぶ馴れ馴れしくなっている。

俺も気にしていない。

「そうだな…」

「難しく考えるなよ。どっちとやりたいかだよ!」

チェイサーはさっきからこんなことばかり聞いてくる。

「それは一晩だけ? それとも付き合うの?」

マジレスする俺も俺だ。

「んー…、一晩だけ」

「うーん…左かな…?」

「へぇ、右の方が美人でおっぱいもデカかっただろ? まあ左の方が性格はよさそうだったけどさ」

「だってさ、性格のいい娘とのセックスはやっぱり楽しいだろ。お互い相手を思いやった方が気持ちいことが出来るし…」

「気持ちいいことってなんだよ?」

チェイサーがニヤニヤしながら聞いてくる。

「あくまでも一般論としてです」

「俺は美人の方をとるね。きつめの子を俺に惚れさせるのが楽しいんだよ」

チェイサーにとって恋愛はゲームみたいなものらしい。

イケメンめ、勃起障害の刑に処すぞ! 

しかし通り過ぎた女の人たちも、自分がこんなことを言われているとは思ってもみないだろう。

すまない。

その代わり君たちが俺をどう言おうと恨んだりはしない。

「さっきの右の男、小さそうだよね」

とか、

「アイツ下手そうだわぁ」

などと言われても、甘んじて受け入れよう。

…事実と認めるわけではない!


 夕方ちかくになって、さびれた寒村に到着した。

村人に聞いてみると神官不在の神殿があるという。

今夜のねぐらはそこに決定だ。

こういう時に神官の服と身分証明書は役に立つ。

 神殿の中を生活魔法で綺麗にして、森から拾ってきた枝を暖炉にくべてようやく落ち着くことが出来た。

チェイサーがいないと思って探してみると、子供たちに干し肉を配って一緒に食べている。

その姿はまるで中年のガキ大将だ。

おいおい、小学生くらいの子どもに女の口説き方を教えてどうする。

上手なキスの仕方だと? 

馬鹿かこいつは。

…なるほど勉強になる。

バカは俺か! 

思わずチェイサーの話に聞き入ってしまったよ。

それにしても、この男が子ども好きとは意外だった。

「チェイサーって子供が好きなんだな」

「へへ、だってあいつら可愛いじゃねえか。田舎のガキは純朴でいいや」

照れたように笑う中年も少年のようだった。


 その夜、俺は村人たちから乞われて『祈りの夕べ』を開いた。

ホフキンス村でやろうとしたあれだ。

今回は普通に経典を読んで、お説教みたいなことをするだけで済んだ。

この村の識字率は低く、経典を読むだけで喜ばれる。

娯楽が少ない地方なのだろう。

礼拝堂には100人近くの信者が集まり、熱心に俺の話を聴いていた。

 ふと見るとチェイサーが礼拝堂の後ろで30歳くらいの女と話し込んでいる。

奴が耳元で何かを囁くと、女は何が面白いのかクスクスと笑っていた。

時間を惜しまず女を口説くあの姿勢は、尊敬はしないが感心してしまう。

俺がロールプレイングゲームを楽しむように、あいつは現実の恋愛ゲームを楽しんでいるのだろうか。

 祈りの夕べが終わると、チェイサーがどこから探してきたのか黒い喜捨袋きしゃぶくろをもって信者たちの間を歩いた。

村人たちはその中に大銅貨や銅貨などのお布施ふせを入れていく。

人によっては現金ではなくジャガイモや麦を入れる人もいた。

後で数えたら9230リムもあった。

まったくチャッカリしていると思うが、現金収入はありがたい。

「さあ、飯を食いに行こうぜ」

後片付けをしている俺にチェイサーが言う。

「いきなり何言ってんだ?」

「さっき話をつけといた。さあ行こう」

チェイサーに連れられて行った家は、先ほどチェイサーと楽しそうに話していた女の家だった。

家の旦那さんは数年前に亡くなったとのこと。

奥さんの他には10歳くらいの兄妹がいるだけだった。

「ほら、約束通り干し肉と野菜をもってきたぞ!」

テーブルの上に食材を広げると子供たちが歓声をあげた。

みると兄妹はかなり痩せている。

「ありがとう。助かったわ」

奥さんのチェイサーを見る目が潤んでいる。

奥さんが食事の支度をしている間にチェイサーは子どもたちにカードで手品を見せてやっていた。

子どもたちは初めて見る手品に大興奮だ。

「器用なもんだな」

「イカサマ賭博の応用でね。ただしこいつは一晩に一回しか使わないのが俺のポリシーだ。生き延びるコツってやつだね」

「本当に生き延びたかったら足を洗えよ」

「とっくに洗ったさ、最近はやってない…」

そいうチェイサーの顔が真剣だった。

ここ数日一緒にいて思ったのだが、こいつは人生をやり直したがってる気がする。

ヘラヘラしているように見えて、王都での再出発に賭けているような悲壮さが見え隠れしている。

案外、タバコ屋の後家に捨てられたというのも、わざとそうされた気がする。

チェイサーが土下座でも何でもして謝れば後家は許してくれたのではないだろうか。

こいつはあえてヒモの関係を清算したんじゃないのか、そんな気がした。

 奥さんの料理の腕は大したことなかった。

多分俺が作った方がうまい。

でも、人に作ってもらう料理というのは美味しく感じるものだ。

秘蔵のエール(自家製)もふるまってもらい、俺は上機嫌で奥さんの家を辞した。

チェイサーはかなり飲んで、だいぶ酔っぱらっていた。

無類の酒好きのようだ。

大事な話があるというので奴は置いてきた。

…大事な話なのだろう。

俺は深入りを避ける。


 深夜になってもチェイサーは帰ってこなかった。

ホフキンス村のグーラのことがあったので少し心配になる。

まあ、あの奥さんがグーラということはないだろう。

グーラが化けた女はもっと抗がいがたい異様な性的魅力があるそうだ。

それでも俺は老婆心を発揮して鞄からジョージ君を取り出し、様子を見てきてもらった。

「ジョージ君、チェイサーは無事だった?」

「ウキ!」

ジョージ君が元気に頷く。

心配はなかったようだ。

「チェイサーは今頃何をしてるんだろうね」

「ウキ」

ジョージ君は高速で腰を動かし始めた。

ジョージ君による情事じょうじの解説をやめさせて、俺はさっさとベッドに入った。

…羨ましくなんかない。


 翌日、俺とチェイサーはまた路上の旅人となった。

「なあ神官さん。次の街に就いたらまたエールが飲みたいな」

「ああ、いいな。そういわれると急に飲みたくなってきた」

「だろ? じゃあ一杯おごってくれよ」

「はあ? 昨日のお布施の半分やっただろ。4600リム」

「ああ、あれは置いてきた」

「置いてきたぁ?」

「ああ。昨日の女の家に置いてきた」

笑顔でいうチェイサーに俺はため息をつく。

この男は、金と女と酒にだらしなくて、子供が好きで、貧乏していて、それでもって…よくわからん。

よくわからんけど一つだけわかった。

俺はどうもこの男を嫌いにはなれないようだ。

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