第52話 神のお導き

 ネピアの商店街を一台の荷馬車が進んでいく。

御者台には犬人族のクロが座り、手綱をとっている。

その横ではパティーが立ち並ぶ店を物色していた。

二人はイッペイ捜索の旅に必要な物資を買い出しに来ているのだ。

「パティー様、質問してよろしいでしょうか」

「どうしたの? クロ」

「その、言いにくいことなんですが、本当にイッペイさんは生きているのでしょうか? パティー様が見せてくれたゴーレムは確かにイッペイさんが作ったものだと思います。でも生前に作ったものかもしれないし…。僕だってイッペイさんは生きてるって信じたいんです。でも…」

「クロは慎重な子ね。きっといい冒険者になるわ。でもイッペイは生きている。間違いないわ」

「僕はパティー様のように強くはありません。ゴーレムを見ただけでは確信が持てないんです」

眼を赤くするクロの頭をパティーは優しく撫でた。

「実はね、あのゴーレムをオンケルという鑑定士に見てもらったのよ。もう動かなくなってしまったけど、あのゴーレムは1時間活動するのに5MPの魔力が必要なんだって。あの子が私の元に来たのは今月の3日よ。ゴーレムの残量MPと消費MPを計算したら、あの子が主人の元を最後に離れたのは1月27日の10時くらいだとわかったわ。一方鉱山からの報告ではイッペイの死亡は26日ということになってるの。発見されたのは27日の朝らしいけどね」

「それじゃあ…」

「なにがあったかはわからない。でもゴーレムがイッペイの元を飛び立ったのは、死亡したとされる後のことなのよ」

胸の内にずっと渦巻いていたわだかまりが消え、クロは晴れ晴れとした笑顔を見せたが、すぐにその表情は曇る。

「よかった…本当に良かった。僕、いくら自分にいいかせても不安で、怖くて…情けないです。自分が情けないです」

クロのあどけない顔に涙が零れる。

「クロは悪くない。悪いのはイッペイよ。ちゃんと手紙の一つもつけてくれればいいのに、鳥だけ寄こすんですもの。どうしてそういうところをきちんとしないのかしらね」

パティーの疑問はもっともだが、これは一平の地球での知識に起因する。

一平が見ていた映画やドラマの中で、逃亡者が捕まるのは大抵、家族や恋人に接触を図った時だったからだ。

臆病な一平が捕まることを極度に恐れたために今回の仕儀になった。

一平は死亡したとされており、身を隠す必要などないのだが一平自身はそのことを知らない。

「さあ涙を拭きなさい。意地悪な貴族が美少年をいじめてるみたいに見えちゃうでしょう?」

おどけるパティーの口ぶりにクロは笑顔を見せて手綱を握りなおすのだった。



 2月4日、俺はラプトングレーという街にたどり着いた。

ラプトングレーは王都エリモアの南西600キロ程の場所にある中規模の街だ。

まだまだ先は長い。

ここに来るまでは本当に大変だった。

食事は干し肉やホフキンス村からちょろまかしてきた野菜があったので何とかなったが宿泊できる場所がほとんどなかった。

寝泊まりは主に神殿を利用した。

神殿は24時間礼拝堂の扉があいているので中に入ることが出来る。

暖房はないので寒いのだが、雪や風をまともに受ける外にいるよりはましだった。

俺は神官服の上に毛皮をまとって寒さを凌いだ。

それでも神殿があるだけましだ。

神殿がない場所では回復魔法をかけ続けて夜通し歩き、日の当たる日中に仮眠をとる過酷な旅路だった。

最近ではもう走って旅することはやめている。

あれは目立ちすぎる。

追手をまいたと思われる今、急ぎすぎて怪しまれるのもバカバカしかった。


 街に入った俺は早速魔石を購入した。

Gランクの魔石が3個で9000リム。

死んだ神官さんのお金12500リムを貰ってきたので買うことができた。

俺はこの魔石と残ったミスリル(元貞操帯)を使ってボーラを復活させた。

ハチドリは3匹いないとなんとなく安心できないんだよね。

バリ、ボーラ、バンペロ、三匹力を合わせてこれからも俺を守ってくれよ。


 手元に残った硬貨を手の中でチャラチャラいわせながら、のんびりと通りを歩いていると男たちが争う声が聞こえてきた。

騒ぎはパン屋の軒先で起きているようだ。

 エプロンをした大男が30過ぎの優男やさおとこの胸倉をつかんでいる。

「今日という今日は勘弁ならねぇ! 衛兵に突き出してやる!」

「だから、つけといてくれって言ってるだろ。金を払わないとは言ってねえじゃねえか」

優男の方がパンを持ち逃げしようとしたようだ。

イケメンなのだがまばらに髭をはやし、身なりはあまりよろしくない。

「何を偉そうに! てめえのツケがいくらかわかってんのか。1万リムを越えてんだぞ」

「わかってるって。だからもう少ししたら払うって」

ほう、1万リムもつけで買い物をしていたのか。

パン屋の親父は見かけによらず優しい奴なのかもしれないな。

この世界でそれだけツケをさせるなんてあまり聞いたことがない。

「うちの女房をたらしこんで、ツケでパンを買っていやがったクセに。威張るんじゃねぇ!」

違ったようだ。

所謂スケコマシという奴ですな。

殴ってやれ殴ってやれ。

「それにお前が金づるにしていた、タバコ屋の後家にも浮気がばれて捨てられたって聞いてるぞ。ヒモのお前が女に捨てられて金を払えるわけないだろうが!」

うわー、パン屋の親父が防御の上からボコボコに殴りつけてるよ、えげつない。

人ごみに遮られて動けなくなり、しばらくその場にいると衛兵たちがやってきた。

隊長らしき男が優男をみて呆れている。

「またお前か。次にやったら石切り場で強制労働だと忠告したはずだぞ」

「俺はなにもやってませんよ」

優男の言葉にパン屋の親父が激昂げきこうする。

「ふざけるな! 今このマフィンを盗って逃げようとしただろうが!」

「だから払うって言ってるだろう」

再び殴りかかる親父を引っぺがして隊長が叫ぶ。

「いい加減にせんか! こいつは牢にぶち込んでおく」

自業自得と言えばそれまでなのだが、マフィンを数個盗んだだけであの地獄に行くのはなんとなく可哀想な気がした。

こいつはちょっと歳をとっているがまあまあイケメンだ。

おそらくすぐに目をつけられて、狙われるだろう。

ツケのせいでケツを掘られるのはあまりに不憫に思えた。

「少々お待ちください」

我ながら甘いと思うが、まあ仕方がない。

助けてやれるかはわからないが、やれたとしてもこの場限りだ。

「今回、彼のとったパンの代金は私が立て替えます。どうかそれで赦していただけませんか」

俺は回復魔法でパン屋の親父を鎮静させながら聞く。

「い、いや、神官様がそこまでいうなら…」

よし、魔法が効いてるな。

数発殴って気が晴れたというのもあるのだろう。

「衛兵の方々もよろしいでしょうか? この者には私がよく言い聞かせますゆえ」

衛兵はちょっと考えるそぶりをする。

「ふむ、ならばこの度だけは神官殿にお任せするとしよう」

何とか収まったようだな。

尻の穴が疼うずいて、ついつい優しくなっちまったぜ。

俺はパンの代金300リムを払って優男を連れてその場を離れた。


 通りを抜けて少し静かな広場にたどり着いた。

「神官様、ありがとうございました」

「タバコ屋の後家さんに土下座をするか、働くかしなさい。それではさようなら」

俺は男を置いて歩き出した。

「へっ? それだけですか?」

男がついてくる。邪魔だなぁ。

「もういいから行きなさい」

「だって衛兵に「この者には私からよく言い聞かせますゆえ」とか言ってたじゃないですか」

俺の物まねしやがって。

似ているところがムカつく。

「だから言い聞かせたじゃないですか。タバコ屋の後家さんに土下座をするか、働くかしなさいって」

男はゲラゲラと笑い出した。

「こんな神官さん見たことないぜ。この町の神官さんですか?」

「いえ、旅の神官です」

なんで並んで歩いてるの? 

「そうですか。どちらまで?」

「王都エリモアです」

「ふーん…」

何を考え込んでるんだ、このイケメン中年は? 

こいつはイケメンだけどクール系じゃなくて愛嬌がある。

「神官様、俺も一緒に連れて行ってはもらえないですか?」

何を言ってるんだこいつは。

こちとら逃亡囚人だぞ、連れて行けるわけがないだろう。

「無理です」

俺はバッサリ切り捨てたが、中年は食い下がった。

「俺はチェイサー・バヤリースといって、こう見えても元騎士なんですよ。道中の護衛にも役に立ちますよ」

元騎士ですと? どれどれ。


鑑定

【名前】 チェイサー・パヤリース

【年齢】 31歳

【職業】 浮浪者 元ヒモ 元騎士

【Lv】 21

【HP】 389/423

【MP】 46/46

【攻撃力】121

【防御力】263

【体力】 154

【知力】 102

【素早さ】72

【スキル】身体強化Lv.5 シールド防御Lv.6  野営Lv.5 槍術Lv6 剣術Lv.4


思ったより強いじゃないかこいつ。

パン屋の親父にわざと殴らせたか…。

これなら収監場所でも自分の尻くらい守れたかもしれない。

助けないでもよかったかな? 

それにしても、護衛か…。

防御力のない俺には魅力的な言葉だ。

「連れて行ってくださいよ。俺はここから王都までは何度か行き来したことがあるから、道にも詳しいんですよ」

道案内はたしかに欲しい。

これまでの道中で何度か道を間違えてえらい目にあっている。

それに一人より二人でいた方が追跡の目を誤魔化せるかもしれない。

「言っときますけど現金は3200リムしか持っていませんよ」

チェイサーがあんぐりと大口を開ける。

「さっ、3200リムって、…あんたそれでどうやって王都まで行くつもりなんですか!」

「食料は持っているんです。神が導いてくれます」

チェイサーは考え込んでいる。

どうせ俺の金をあてにしていたのだろう。

これでついて来ないというのなら、それはそれでいい。

「はあ…、どうせこの街にはもういられないしな…。わかりました。やっぱり一緒に行きましょう。金については当てがあります」

こうして俺はチェイサーと一緒に旅をすることになった。

ぱっと見は旅の祓魔師とそのお供だ。どんな旅になることやら。

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