第39話 死を受け入れる時
牢屋というのは本当に寒い。
石壁は氷のように冷たく囚人たちの身体と心を苛む。
俺は生活魔法の火で床を温め何とか凌いでいる。
【MP】が異様に高いおかげで可能な力技だ。
ただし空腹だけは何ともならない。
生産特化型の俺も空気から食料を作ることは無理だった。
ボニーさんは昼過ぎにやってきてくれた。
差し入れにサンドイッチをたっぷり持ってだ。
この牢では食事は一日2回なので本当に助かった。
サンドイッチを食べ人心地ついてから、約束通り看守のホーマーの淋病を治してやった。
「なあ看守さん、俺の移送はいつになるんだ?」
「鉱山送りの馬車は毎月25日に街を出る。つまり4日後だ」
それだけ聞くと、俺はホーマーに席を外してもらいボニーさんと話した。
「ごめんなさいボニーさん手間を取らせてしまって」
「気にするな…。何があった…?」
「例のユーライア・ラムネスですよ」
俺は何が起きたのか詳しくボニーさんに説明した。
「ゴブは私の部屋にいる、心配するな」
「はい。ありがとうございます。それで、さっきのホーマーという看守に金を払ってもう少しましな独房に移してもらいたいんです。月に15万リムで移れるそうなんで」
「了解した。…パティーはこのことは?」
「知らせる時間も手段もありませんでした。ごめんなさいボニーさんを頼ることになってしまって」
「頼られて悪い気はしないさ」
ボニーさんが少し顔を赤らめる。
少しだけきゅんときた。
「でも…俺は…」
「わかってる! お前が誰を好きなのかくらいよく知っている…」
「ボニーさん…」
「だが、私に乗り換えるならそれで構わんぞ…。今ならここで揉んでもいい」
ボニーさんは鉄格子の間からたわわな胸を挟みいれた。ゆ、揺れてない。俺の心は一瞬だって揺れてないんだからねっ! 俺のポーカーフェイスは完璧だ。
「ボニーさん。胸でパティーに勝てる女の子はそういませんよ」
「くっ、そうだったな…」
どこまで本気だったんだろうこの人は。
「で、どうする? 脱獄するのか?」
「死刑が確定しているなら脱獄も考えるんですけどね。もし脱獄したらネピアにはいられなくなるでしょ」
「ああ…。パティーと一緒に駆け落ちという手もあるぞ。或いは私と」
「ちょいちょいアピールいれてきますね。いずれにしてもパティーと相談です」
「わかった。パティーには私から連絡をつける。今日中に動くから安心しろ」
我ながら残酷だ。
ボニーさんに告白されながら、パティーへの連絡を取ってもらうなんて。
片思いの子に、自分の親友が好きだから手紙を渡してと頼まれるくらい残酷だ。
地球では全く持てなかったのに今頃モテ期がくるとはね。想いには応えられないけどせめて誠意をつくそう。
「ボニーさん、必ずです。ボニーさんが困ったときには必ず助けます。だから許して下さい」
俺の言葉にボニーさんは困ったように笑う。
「私たちは『不死鳥の団』だろ」
仲間は…ありがたいね…。
パティーはボニーからの手紙を読んで、心を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
まさに警戒をうながそうとしていた矢先であったのに後手に回ってしまったのだ。
このような結果になってしまってはイッペイと王都を旅するなどという夢想に浮かれていた自分が恥ずかしかった。
まずは情報を収集しなければならないだろう。
関わったのはギルドの幹部であることは間違いない。
イッペイをホテルから連行した隊を調べ、どこから命令が出たかを突き止めるのが先決だ。
イッペイを陥れたものを絶対許しはしない。
パティーは普段実家では見せない獰猛な冒険者の顔に戻っていた。
俺は料金を支払ってグレードの高い独房に移っていた。
まるで宿屋のようにお金を払うと良い牢屋に入れるなど、現代日本の常識では考えにくいことだが、地球でも時代と地域によって、このようなことは当たり前だったらしい。
俺の入った部屋は6畳ほどの広さで寝台とテーブル、椅子が一つずつあるだけだったが、先ほどの汚い牢獄よりはずっとましな作りだった。
鉄格子ではなく扉がついていてプライバシーも守られている。
窓には鉄格子が取り付けられてはいたが、しっかりと閉じる扉もついていて隙間風は少なかった。
金さえあれば看守にいろいろ買ってきてもらうことも可能だ。
結構な中間マージンを取られるがそこは致し方のないところだ。
先ほどアップルパイを買ってきてもらったら、2000リムくらいの商品で3000リム取られた。
俺は密かに10万リムをボニーさんから受け取っている。
あんまり額が大きいと取り上げられてしまうらしい。
本当は魔石が欲しかったのだが監獄に魔石を持ち込むのは禁じられている。
金品や食料の持ち込みは公然とまかり通っているが、魔石となるとどのような利用法があるのか分からない。
魔石が持ち込まれた場合は看守も厳しく罰せられるし、迷宮ゲートと同じ魔石チェック装置があるので持ち込みは不可能だった。
あればいろいろ作れたのに残念だ。
これから移送される鉱山では私物の持ち込みは更に困難になるそうだ。
それでも強者は金貨を飲み込んだり、お尻の穴にいれて持ち込むらしい。
…無理だ。
ボニーさんに、
「いれてやる…」
と言われたが全力で断っておいた。
新しい世界は今のところ要らない。
俺にはレベルが高すぎるっス。
そういうわけで鉱山に金を持っていくのは諦めた。
「おい、面会だぞ」
ドアの向こうには表情を曇らせたパティーがいた。
部屋に入りドアを閉めるなりパティーは謝ってくる。
「ごめんなさいイッペイ私のせいで!」
「大丈夫だよパティー、全然大丈夫」
俺は優しく抱きしめるくらいしかできない。
そしてついに、俺は鎧を着ていないパティーを抱きしめたぞ!
一瞬死んでもいいかもと思った。
いや、まだ死にたくないけど、それくらいすごかったんだよ。
人に死を受け入れさせてしまう胸ってすごくない?
「絶対にここから出してあげるからねイッペイ」
いかんいかん。パティーは真剣だ。
「それは嬉しいけどどうやって?」
「絶対に不正があったはずよ。それを突き止めるわ」
「だけど俺の部屋からFランクの魔石が出たということになってるんだろ? 有罪が覆るか?」
「…」
難しいのだろう。有力貴族に知り合いでもいれば何とかなるかもしれないが、一度下された判定を覆すのはかなり難しいだろう。
「それでも何とかするわ」
「パティーありがとう。でもな、それでも何ともならない時は俺のことは忘れてくれ」
パティーは俺を睨みつけてくる。
「その時は移送馬車を襲撃するわ…」
「チェリコーク家に迷惑がかかるだろう」
「ばれないようにやる。私は引かない!」
まったく雌のライオンにでも睨まれたような感覚だ。
冒険者としてのパティーの顔がそこにあった。
そしてこの表情のパティーが俺はたまらなく好きなのだ。
「わかったわかった。移送は10日後だ。まだ余裕はある。それまでは正攻法で俺の身の潔白を証明してくれ」
「ええ、わかったわ」
いまだ、獰猛な目つきのパティーとキスを交わし、その日は帰らせた。
これでいい。
パティーを犯罪者にすることはできない。
俺の移送は3日後だが、嘘をついたことに後悔はない。
鉱山に行ったとしても何とかなる気がする。
一度死んだ転生者はサバサバしているのだ。
いざとなったら鉱山から脱獄してやるさ。
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