第38話 牢獄

 手に燭台をかざしユーライアが立っている。

手元のローソクには香料が練りこんであるようで、個人用の芳香剤になっている。

俺のいる場所まで甘い薬の匂いがした。

お偉いさんが囚人に尋問するときなどに使われるのだろう。

「初めましてイッペイ君。いや…、久しぶりというべきかなモリアーティー・ウーロンティー君」

完全にばれているようだ。

まあ、銃なんて珍しい武器を使うのは俺だけだからすぐにばれるだろうな。

「いい様だ。君にはこの薄汚い牢獄がよく似合ってるね。そなことはどうでもいいか、君に聞きたいことが一つだけあってこんなところまで足を運んだんだ」

俺は何もしゃべらない。

こういう時は黙ってる方が賢明だろう。

わざわざ情報を与えることもない。

「私から奪った剣はどうした? あの聖剣だ」

わざわざ来たのは劣化聖剣にご執心だからか。

だがあの聖剣はもうない。

潰してしまった。

「あれはもう売ってしまったよ。国外の貴族にね。アンタにも色をつけて代金900万リム送っといたはずだ。届かなかった俺からの手紙?」

「ああ届いたよ。忌々しい! 本当に売ってしまったのか? くそっ! 」

簡単に信じたぞ。よかった。

「…まあいい。用事はそれだけだ。君はこの後、鉱山に送られて強制労働だ。本当は殺してやりたいところだけどね。もっとも、鉱山に送られれば半年以内に半分の人間は死ぬそうだよ。もって1年。刑期が終わる3年を勤め上げて出てくる人間は2パーセントに満たないとか。君は弱そうだからね、すぐに死ぬんじゃないかな」

死刑じゃないのか! 

よかった。

いきなり死刑や拷問を受けるんじゃないかと心配していたがどうやら大丈夫そうだ。

安心したせいで笑顔になっていたらしい、ユーライアが怪訝な顔になっている。

「どうした。恐怖でおかしくなったか? ふん、せいぜい苦しんで死ね」

ユーライアは踵を返した。そして背中越しに、

「面倒な裁判はしないようにこちらで手配しといたよ。感謝してくれたまえ」

といって二度と振り返ることなく出て行ってしまった。


 ユーライアもいなくなり改めて周囲を見回してみるが、とんでもない劣悪環境だ。

独房の外からうめき声が聞こえるので同じフロアに他にも囚人がいるとわかった。

どうせすぐ鉱山に移動になるからここに長くいることはないだろうが、少しでも環境を改善しとくとしよう。

俺は生活魔法の洗浄を使って徹底的に牢の中を綺麗にした。

何十年と掃除もされず囚人たちの血と汗、糞と尿がしみ込んだ牢獄はさすがに一回で綺麗になることはなく、何度となく繰り返して魔法をかけ続けてやった。

そのおかげで久しぶりにスキルが身についた。

医療スキルの「消毒」だ。

なので今度はスキルを使い、独房の中を徹底的に消毒した。

最終的にスキル【消毒】がLv.2になるまで使い込んでやったぜ。

ピカピカになった床に腰を下ろし休憩する。

骨に染み入る冷気が腰に立ち上ってきて現実を突きつけてきた。

なるほど貴族はえげつない。

それにしても腹が減った。

朝食を食べる前に連行されてしまったから、腹の虫がぐうぐうと鳴いている。

いつになったら飯を食わせてもらえるのやら。

鉄格子の隙間から廊下の方を覗いてみるが看守の現れる様子はなかった。


夕方になってようやく看守があらわれた。

「新入りか。ほれ飯だ」

手渡されたのは汚いコップに入った、濁った水と、堅いパンだけだ。

パンは手づかみで渡されて皿もない。

「看守さん、ここどこなの?」

俺はずっと抱いていた疑問をぶつけた。

「お前そんなことも知らないでここにいるのか? ここは冒険者ギルドの牢獄だぞ」

俺の罪状はFランク魔石の隠匿ということになっている。ユーラシアはギルドの誰かを買収して俺を捕まえたということか。

「なあ、看守さん頼まれてくれないか?」

「金次第だな」

打てば響くように返事をしてくる。

この手の会話は日常茶飯事なのだろう。

「手元にはないんだけどさ、当てはある」

「はっはっ、じゃあダメだ。文無しは相手にしない主義でね」

看守は隣の房へ行ってしまった。

俺は鉄格子から口を突き出すように叫んだ。

「待ってくれって。アンタに1万リム払う。知り合いに伝言を伝えるだけで1万リムだ」

姿は見えないが声だけは聞こえてくる。

「俺も看守を始めて2年経つが、その手の話は聞き飽きてるんだ。新人の頃はよく騙されたよ」

足音と声が遠ざかっていく、くそ、失敗か。

なんとかボニーさんに連絡を取りたい。

俺の代わりに交渉してもらえば、うまくいけば脱獄、悪くてももう少しましな独房でもう少しましな食事を得られるかもしれない。

全財産はゴブに持たせてボニーさんのところへ遣った。

その額、約1700万リム。

買収にせよ懐柔にせよ効果的な額のはずだ。

もっともボニーさんに連絡が取れなければどうしようもないのだ。

遠ざかたと思った足音が再び近づいてきた。

独房は廊下を挟んで両側に並んでいる。

今度は向かい側の独房を看守は回っているようだ。

どうする? 

どうすれば看守の気が引ける? 

俺は奴のことを知ろうと鑑定をかけた。

「なあ、看守さん!」

「いい加減にしないと朝飯もってこねぇぞ」

「まあまあ、あんた頭にシラミがいるだろう? かいーんだろ?」

看守が怪訝な顔をして俺を見る。俺は声を落とす。

「直してやるよ、しかもただで」

しめた! 奴は興味をしめしたように俺の方に寄ってきた。

「薬でも持ってるのか?」

鉄格子のそばまで着た瞬間に、俺は生活魔法の洗浄を発動し奴の頭を綺麗にしてやる。

続いて間髪いれずに回復魔法で炎症を治癒してやった。

「こ! これは…」

「実は俺、治癒士なのさ。アンタもっとひどい病気をもってるだろ」

俺の声はほとんど囁きで看守にしか届かない。

「小便するたびに痛いんじゃないのか? あそこをおったてるたんびにな」

この看守は淋病にかかっている。この世界でも性病は蔓延しているようだ。怖いねぇ。

「な、治せるのか?」

「もちろんだ。それもこれもアンタ次第だけどね」

性病の治療は治癒士か教会の神官によって行われる。

どちらも治療費は高く、庶民はなかなか通うことはできない。

俺は回復魔法をちらつかせて看守の買収に成功した。


「どうすればいいんだ?」

「ボニーという第6位階の冒険者に連絡を取りたい」

「いいだろう。その代わり絶対治してくれよ」

「ああ、連絡がつき次第治療してやるって。鉱山に移されるまではアンタとは仲良くやりたいからな」

 何とか看守と話が付き、安心して俺はパンをかじった。

いや、かじれなかった。

こんなに堅いパンは初めてだ。

小学校の時、机の中に入れっぱなしにして気が付かないまま5日たった給食のコッペパンより堅かった。

生活魔法の火で炙り何とか嚙み切る。

鑑定で調べたが毒は入っていなかった。

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