第37話 急転直下

 「冬祭」前夜。

その晩、ネピアの領主コーク侯爵の城では大規模な舞踏会が開かれていた。

西の貴族、名士、豪商などが一堂に会し、華やか社交が繰り広げられている。

だがアンバサダー伯爵家の長女ユージェニーは親友であるパトリシア・チェリコークの姿を見て大きなため息をつくのだった。

パトリシアは貴公子数名に囲まれ、しきりに会話とダンスの誘いを受けていたが、心ここにあらずの態で会話にも身が入っていない。

おそらくパトリシアは男のことを考えている。

あの平民の男のことを。

「パティー、どうしたの? ぼうっとして。気分が悪い様なら少し休めるところにいきましょう」

「そうね。ありがとうジェニー。皆さま申し訳ございません。少し酔いが回ってしまいました。休んでまいりますわ」

優雅なしぐさで人の輪を外れてくるパティーの姿に、冒険者の時に見せる獰猛な顔は片鱗も現れない。

こういうところは大したものだとジェニーは感心する。

しかし、あの獰猛且つ妖艶な姿こそがパティーの本質だということをジェニーはよく理解していた。

「助かったわジェニー。ちょうど退屈していたから」

周りに人がいなくなるとパティーの口調は砕けたものになった。

「あらあら。貴方を取り囲んでいた貴公子たちが聞いたらさぞがっかりするでしょうね」

「あんな男たち…」

「やっぱりあの人が本命なわけ? よくわからない趣味だけど」

「イッペイの良さは貴女にはわからないのかしら?」

「そうねぇ…まだよく話したことないもの。この前の討伐隊脱出の際もずっと貴女がべったりしてたから、あんまり話せなかったわ」

「そんなこと…」

「まあ、男は皆同じ。貴女のここを見てるのよ」

言いながらジェニーはおもむろにパティーの巨大な胸を掴んだ。

性的にジェニーはノーマルなのだが癖になる柔らかさでついつい触ってしまうのだ。

「ちょっと! なんてことするのよ」

「ごめんなさい。衝動を抑えられなくて」

「イッペイが言ってたわ。男なら大抵私の胸に目が行く。でもその後の行動を決めるのはその人の心だって」

「それはそうかもしれないけど、紳士なら視線が胸に向くのも理性で抑えるべきね」

できるわけねぇだろ!

「今何か聞こえなかったパティー?」

「偶然ね私も聞こえた気がするわ」

人が通りかかったので二人は口をつぐんでやり過ごした。

「でもね、気を付けなさいパティー。わかっているとは思うけど、もしも人に知られれば…」

「ええ、もちろんよ。私だって修道院で尼さんはやりたくないわ」

「もしもパティーが閉じ込められても私が助け出してあげるけどね」

「ジェニー…。ありがたいけど大丈夫よ。他にちゃんとあてがあるから」

「白馬の王子様にでも助けてもらうの?」

「いいえ。怪盗モリアーティー・ウーロンティーにでも盗み出してもらうわ」

そう言ってパティーは笑った。ユーライアとの迷宮での一見はジェニーも聞いていたのでジェニーも一緒になって笑った。だがジェニーは一抹の不安をおぼえる。

「ねえパティー。ユーライアはしつこい男よ。例え貴女に対して思いを遂げられない身体になったとしても、今度は復讐に走る可能性があるわ」

「復讐? この私に手が出せるかしら」

パティーの剣の腕は確かだ。

ユーライアごときでは太刀打ちできまい。

だが、悪党というのは小狡い手を使ってくるものだ。

「直接貴女を狙うとは限らないわ。奴が狙うとすればイッペイさんでしょ」

「…少し真面目に対策を考えた方がいいかもしれないわね」

パティーはほとぼりが冷めるまでイッペイには他の街にでも行ってもらおうかと考えていた。

いくらパティーとイッペイが心を通わせていたとしても、今はなんの物証もない。

それこそ人前でキスでもしなければ、二人の恋を裁くことは不可能だ。

だがイッペイだけなら何とでも言いがかりをつけて投獄することが可能だ。

明日は「冬祭」でパティーも家の用事で出かけることはできない。

明後日になったらイッペイのところに行ってしばらく王都にでも行ってもらえないか相談しよう。

一緒に魔導列車で旅をするのも悪くない。

魔導列車の個室で旅をすれば新婚旅行のようではないか。

我ながら幼い少女のような空想をするものだとパティーは恥ずかしくなったが、自らが作り出した夢想についついうっとりしてしまうのだった。



 冬祭当日は素晴らしく晴れた爽やかな日だった。

今日は探索も休みだし、パティーも家の用事ということで遊びにこられないそうだ。

俺はありがたく朝寝を決め込む。

この一週間ブラッディ―・ターキー・レースのせいで疲れが溜まっていたので、とても起きる気にはなれなかった。

羽根布団の温かさに包まれながら、ベッドまでカフェオレを持ってきてもらおうかと考えている時だった。

部屋のドアが荒々しくノックされた。

「冒険者イッペイ・ミヤタ。ドアを開けるんだ!」

何事かとドアを開けると、鎧を装備した兵士が6人廊下を塞いでいる。

「えーと…。なにか御用でしょうか?」

「貴様がイッペイだな?」

「はい…」

肯定した途端に二人係で身柄を拘束されてしまった。

「動くなよ。貴様には迷宮からの魔石持ち出しの嫌疑がかけられている。よし探せ!」

魔石持ち出しって、Fクラス以上の魔石はまだ見たことすらないよ。

3人の兵隊が俺の部屋を捜索しだした。

「ありました!」

兵隊の手には見たこともないような大きな魔石が輝いている。

エメラルドみたいな色だ。

鑑定してみると本物のFクラスの魔石だった。

欲しいなあれ…。

しかし探し始めて1分も経たない内に見つけてしまうとは三門芝居もここに極まれりって感じだ。

どうせ探していた奴が、魔石を引き出しに滑り込ませたのだ。

こいつらの目的は何だろう?

「証拠は挙がった。もはや言い逃れはできんぞ! 連行しろ!」

部屋を出る前にゴブに思念を送る。

「(金庫の中の現金とポーションを持ってボニーさんの家へ行け」」

「(うが)」

俺なしでゴブが動けるのは1時間。

それだけあればボニーさんの家までたどり着けるはずだ。

本当はパティーのところへ行かせたかったが門衛がパティーに取り次いでくれるはずもなかった。

こうして俺はわけのわからない内に牢に入れられてしまうのだった。


「さっさと入らんか!」

あまりの臭さに牢屋に入るのをためらっていると後ろから蹴りを入れられてしまった。

部屋はジメジメとして悪臭が満ち、とてつもなく寒かった。

部屋の中には腐りかけた藁と桶が一つだけ。

藁はベッドで桶はオマルなのだろう。

ついさっきまでネピア一と言われるサンガリラホテルのスーペリアルルームで惰眠を貪っていたのだが、とんでもないことになってしまった。

牢屋は鉄格子せいなので素材錬成を使えば脱獄は簡単そうだが見つかったらどうしようもない。

などと色々考えていたら足音が響いて文句を言いながら、誰かがやってきた。

「まったく酷い匂いだ。こんなところには僅かでもいられないぞ」

聞き覚えのある声を耳にして、文句があるのなら来なければいいのにと思ってしまう。

あらわれたのはユーライア・ラムネスだった。

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