第40話 襲撃

 俺は占いが嫌いだ。

占いに頼るというのは自分で考えることを放棄する行為だからだ。

自分で考え判断したことよりも、カードや水晶玉に頼るなんてナンセンスだと思う。

もっとも追い詰められた人間が占いに頼りたくなる気持ちも今ならわかる。

なにせ今日は俺が鉱山へと移送される日なのだから。


ギルドの中庭に馬車が停められ、囚人たちが乗り込んでいく。

ドアに外から鍵が掛けられる移送用の箱型馬車だ。

窓は小さく、そこから逃げ出すことは出来そうもない。

今回の移送では俺を含めて9人の囚人が送られることになっていた。

強面の奴、小狡そうな悪党顔、冷酷そうな目つきの男と色々いるが、共通して全員が臭い! 

こんな臭い奴らと一緒に狭い馬車に押し込められて長い旅をするかと想うと涙が出てきそうになる。

生活魔法の洗浄を使えればいいのだが、移送時に反乱などが起きないように魔法封じの首輪をつけられてしまった。

この首輪をつけた状態で魔法を発動しようとすると、首輪に【MP】が急速に吸い取られてしまう仕組みになっている。

無理に外そうとしても同じで、【MP】が枯渇した結果、いわゆるMP切れの状態に陥り失神してしまうという代物だ。

吸収速度は300MP/秒で大抵の者なら1秒以下で前後不覚状態になってしまう。

もっとも【MP】が999999ある俺にはあまり関係ないが目立つことはしたくなかった。

「おい、頼まれていた薬だ」

看守のホーマーが俺に袋を渡してきた。

鉱山に私物の持ち込みは禁止だが、持病がある者の薬は免除されている。

俺は中身を確認して、有り金のすべて5万リムのはいった財布をホーマーに渡した。

前金で4万リム払っている。

渡された荷物の中身は薬ではない。

飴玉ほどの小さな魔石とカモフラージュのための薬草が入っていた。

移送馬車に乗る時には魔石チェック装置を通った後なので魔石の受け渡しが可能になる瞬間でもあった。

危ない橋を渡るということで、一番小さいIクラスの魔石1個1000リムを手に入れるのに90000リムもかかってしまった。

どうして一番小さいIクラスの魔石にしたかというと、とある場所に隠して魔石を鉱山に持ち込むためだ。

とある場所とはどこか。

想像してくれ。

いや! 無理に想像することはない…。

入れる時に多分痛い場所だ。


  冬枯れの大地を馬車は南へ向かう。

馬車の中は重たい空気に満ちていた。

へんに絡まれても嫌なので俺も視線を合わさないようにして無言を貫いていた。

だが、突然強面の男が口を開く。

「おれはバラカス。鉄斧のバラカスだ。パドル街の顔役の一人だ。まあよろしく頼まぁ」

バドル街はネピアの裏町の一つだ。

裏稼業の者たちが集まる地区として知られている。

普通の人はまず近づかない。

俺も行ったことはない。

バラカスに言われて一人ずつ挨拶させられる。

ここにいるのは囚人なので名前と犯罪歴を言っていく感じだ。

軽いところでは窃盗、荷物を持ち逃げしたポーター、重いとことでは迷宮の中の傷害や殺人までいろいろいた。

あまりお友達にはなれそうにない人々ばかりだ。

やがて俺の番が回ってくる。

注目されるのいやだったので適当に挨拶することにした。

「イッペイです。盗みが原因でつかまりました」

「何を盗んだ?」

あれ、俺の時だけそんな質問するの? さっきまで適当に流してたじゃないの。

「剣です。貴族が持っていた剣を…」

「ふーん。どうもお前は怪しいな…。お前はなんか違う。匂いが違うな…」

そりゃあ、アンタらみたいに臭くないもん。洗浄魔法使ってるから…。

「お前はからは犯罪者の匂いがしねぇんだよ。…まあいい、次の奴!」

怖かった。

変なのに目をつけられたかと思ったぜ。

もっとも俺の隣に座っているおじさんは、パーティーの仲間を3人殺しているらしい。

比較的優しそうな顔をしていたから隣に座ったのに俺の人を見る目はなさすぎだな…。


 2時間くらい走って、ようやくトイレ休憩だ。

座りっぱなしなので立って歩けるだけでもありがたかった。

トイレといっても建物があるわけではない。

そこいらの藪で用を足すだけだ。

俺も大きい方のふりをして藪の中にしゃがんだ。

魔石を隠すためだ。…。

意外と痛くなかった…。

気持ちよくもないけどね…。


 さらに数時間走った時だった。

馬車の外でドサリと人が落ちる音がした。

「敵襲!」

矢が飛ぶ音が響き渡り、いくつかが馬車に刺さったようだ。

外の様子はわからないが、叫び声やうめき声が聞こえる。

やがて雄たけびが聞こえてきて、怒声と、金属と金属がぶつかり合う音が轟いた。

間違いなくこれは移送馬車を狙った襲撃だ。

ひょっとしてパティーがという考えが頭に浮かぶ。

耳を澄ましてみるが聞こえてくるのは野太い男の声ばかりで、パティーの声はしなかった。

戦闘状態はしばらく続きやがて馬車の周りは静かになる。

 軋む音をたてて扉が開かれた。

顔を見せたのは山賊以外の何者にも見えないような男だった。

「お頭、助けに来ましたぜ」

男の言葉を受けてバラカスが悠然と立ち上がる。

「遅かったじゃねぇか」

「すんません。なかなか襲撃にいい場所がなくて」

「まあいい。とっとと引き上げるぞ」

「へい。こいつらはどうします?」

こいつらとはもちろん俺たちのことだ。

「そうだな…、まあいい。全員囚人だ。わざわざ殺すこともねぇだろう」

そういうとバラカスは馬車を下りて行った。

馬蹄の音が響きバラカスたちが遠ざかっていく。

騎馬の数は20以上。

護送の兵士たちは全部で9人だったからとても敵わなかっただろう。

生きているなら助けてやろうと思って俺も外に出た。

 囚人たちは馬車から降りて兵士たちの懐から金や食料を奪っている。

護送兵の乗っていた馬は襲撃団に奪われたようで、馬は馬車についている分だけだ。

さすがにこの馬車を持っていったら目立つから置いていったのだろう。

俺は生存者を探す。

一人目、まだ生きている。

ほとんど死にかけているが心臓は弱弱しく動いていた。

はい、回復魔法を発動。

「う、うう」

「あ、あの兵士生きているぞ!」

剣を持った兵士が膝をついて立ち上がりかけたので囚人たちは一斉に走って逃げだした。

俺はそんなことは気にせずに次の兵士のところに行く。

背中に矢を受けている。

とりあえずヒールをかけて救命措置をとる。

「兵隊さん! 矢を抜くのを手伝ってくれ」

俺の呼びかけに最初に助けた兵士が正気を取り戻した。

「お、おう…」

俺は全員の兵士の間を駆け巡り、とりあえずの救命措置的ヒールをかけて命をつなぎとめる。

これなら全員助かりそうだ。

「矢抜けましたか? それじゃあ…」

「こ、これは! お前治癒士か?」

「まあそんなところです。さあ次の人です」

俺は全員の傷を治し、9名の兵士は死なずに済んだのだった。

「おかげで助かった。礼を言う」

目の前で死なれるのは嫌だからね。

目立つのは嫌だけどこの場合は仕方がないだろう。

「お前のことは上にもきちんと報告しておく。我らからも減刑嘆願書を出しておくからな」

それはありがたいが、脱獄の可能性もまだ0ではないんだよね。


 俺たちは全員馬車に乗り鉱山へ行くことになった。

馬を盗られてしまったので囚人たちの追跡もできないそうだ。

兵士たちは囚人に比べると、多少匂いがマイルドだったが、40倍の激辛カレーにミルクを少し入れたくらいのマイルドさだ。

俺は血を洗うという名目で全員に洗浄魔法をかけさせてもらった。

「ところで、なんで首輪をしているのに魔法が使えるんだ?」

「あ…。壊れてるんですかね?」

「そのようだな…。まあいいか」

いいのかよ。命を助けられたお礼に、見て見ぬふりをしてくれるらしい。

まあ、壊れてないけどね。

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