第31話 怪盗 モリアーティー・ウーロンティー

 二日目。

今日はいよいよ第二階層へと突入する。

前回、俺がスケルトン相手に屈辱的敗北を味わったあの第二階層1区だ。

だが俺はもうあの時の俺じゃない。

当然対策はできている。

普段の俺は「やられたら逃げる」を信条にしているが、今日だけは3倍返しをさせてもらおう。


「ほらおっさん、スケルトンが来たから後ろに下がってな」

ジャンが憎たらしく言ってくるが俺は余裕で新兵器を取り出した。

「なんだそのぶっとい鉄砲は? 鉄の玉でも飛び出るのか」

「いい線いってるぞジャン。だがただの鉄球じゃない。手榴弾だ!」

俺の新しい武器はグレネードランチャーだ。

以前つくった手榴弾を遠くに飛ばす武器である。

これなら肩の弱い俺でも遠くまで擲弾を飛ばすことが出来るのだ。

距離およそ50メートル。射程範囲内だ。

「ポスッ!」

溜まった空気が抜けるような音がしてグレネードランチャーから手榴弾が発射される。

手榴弾は放物線を描いて着弾。

小さな爆発が起き密集していたスケルトンが吹き飛んだ。

「すげえじゃねーか、おっさん!」

「おう。あの弾は手榴弾と言って手で投げてもいいんだぞ」

「弾もおっさんが作ったのか?」

「当然だ! Hクラスの魔石を2個と鉄を使用している。それほど複雑な構造じゃないぞ。どうだ少しは尊敬したか?」

「なにもったいないことしてるんですかっ!!!!」

メグが横でプルプルと震えている。

「一発3000リムもするってことじゃないですか!!」

「いや…魔物がドロップした魔石を使えばもう少しコストはさが…」

「完全な赤字ですよ!! 私がメイスをふればただです!!」

そのあと全員に説教を食らった上、グレネードランチャーは使用禁止になってしまった。

くそ、スケルトンめ! 

お前らが全部悪いんだ。

俺の復讐はつづく。


 第二階層は1区から2区に入ると、ところどころ石畳が消え、土の通路が点在しだした。

土なので光もないのに植物が生えている。

コケ類が多いようだ。

興味を持った俺は警戒をゴーレムと仲間に任せ、鑑定を使って端から観察していった。


俺のスキルというのははっきり言って異常だ。

素材錬成を使えば有機溶媒などを使わなくても有機化合物が取り出せるし、薬物錬成スキルにいたっては空中で有機合成が可能だ。

合成のレシピはデーターベースに無数にあり、俺が欲し、素材さえあれば半自動的に望むものが作られる。

しかも化学的修飾によって物質を改良したり、新しい機能を引き出せたりとその過程は何でもありだ!

まるで神のデーターベースを使用しているような恐怖が常に付きまとう。

実際にこのスキルはそのような神の知識に触れる類のものなのかもしれない。

自分に必要なものは作るが、世に出すものはよく考えなくてはならないだろう。

急激な変化は人のありようを変えてしまう。

恐ろしいのは俺だけがその薬を作成できるという事実だ。

病気の治療薬の類は作らないでおこうと思っている。

 では、もし怪我や病気で苦しんでいる人が目の前にいたらどうするか。

それはもちろん治す。

変装をして、できれば気づかれないように回復魔法をかけてやるつもりだ。

変装用の覆面も既に作成済みだぞ。

だが俺の見ていないところで起きている不幸については責任を持てない。

それが俺のスタンスだ。


 ということで、話を迷宮に戻すと、ここ第2階層2区は薬品素材の宝庫だ。

いろいろと使えるものはたくさんあるが、俺はあえて無視しようと思う。

持ち帰るのは数点のみ。

まずはヘアパックの素材だ。

ヘアパックはパティーのために開発しようと考えていた。

以前「冒険者になって髪が荒れた」とぼやいていたのを覚えていたからだ。

本人は大して気にしていない感じで言っていたが、綺麗になれば喜んでくれるだろう。

アロビナというツタやクズモと呼ばれる植物の根などを採取して成分を抽出した。

材料はまだまだ多岐にわたるので仕上げは帰ってからになる。

 それとは別に毒消しの材料を俺は集めた。

万能毒消しは是非とも作っておきたかった。

もし俺自身が毒によって前後不覚の状態に陥ったときゴブや仲間に飲ませてもらおうと思っている。

俺が無事な時は回復魔法で毒も消せるので大丈夫だ。

取れそうな素材はあらかた取れたので、俺は再び狩りに集中する。


 2区の魔物もほとんどがスケルトンだったので、フォーメーションはメグとゴブのツートップだ。

グレネードの使用を禁止された俺はかなり後ろの方でポツンと荷物番をしている。

同じく暇そうなハチドリ達と一緒に辺りを警戒中だ、ヒカル君だけは戦場を照らすために前線にいる。う、羨ましくなんてないんだからね!

 そうやって後ろから戦闘を見物していると、俺たちの戦闘に横から入ってきたパーティがみえた。

8人パーティーで皆高そうな鎧をつけている。

さすがにこちらを攻撃してくることはなかったが、人の獲物を横取りした形になった。

「どういうつもりですか貴方たち!」

パティーが注意している。

すると男たちの最後尾にいたリーダーが前に出てきて兜を脱いだ。

「これはパトリシアさんじゃないですか。ひ弱そうなパーティーがいたのでつい手助けをしてしまいましたよ」

男の仲間が追従笑いをしている。

パティーの知り合いらしいし貴族のバカ息子か?

「ラムネス家のユーライア様でしたか。…少々御冗談が過ぎるのではありませんか」

「おやおや。そんな顔をされては、せっかくの美貌が台無しですよ。いや…怒った顔もお美しい」

「戯言を…」

なんかやばそうな雰囲気だ。

俺は特殊銃弾の入った方の銃を抜いて、謎の治癒士になるための覆面をしてから物陰に身を隠した。

「そういえばまだ貴女からお返事をいただいてませんでしたな。私からの求婚の答えはどうなりましたか?」

「何をおっしゃいますやら。はっきりとお断りしたはずですよ」

パティーはこちらに背を向けているのでどういう表情をしているか見えないが、声にはかなりの嫌悪感を感じる。

ユーライアは不細工ではないのだが酷薄そうな顔つきだ。

権力をかさに着てえばり散らしているのだろう。

さてどうするか…。

「おや、お断りになると…そうですか。ところでパティーさんここは迷宮ですよ」

「ええ、よく存じていますわ」

「何が起こるかわからないところです。不幸な事故はどこに転がっているかわかりません…」

ユーライアという男の顔がいやらしく歪む。

「私たちを殺すというのであれば…」

「殺すなどととんでもない! ただ足を刎ねてその辺に転がしておけばギルドカードは赤くならない。くくくっ…」

「あまり甘く見てもらっては困るな。これでも第7位階の冒険者だ」

パティーは言い放ち剣を構える。

「ふふふ。手向かいしますか? こちらは8人いるのですよ。それに対してそちらは3人。…それに私にはこの剣がある」

そう言ってユーライアが抜いたのはどこかで見たことのある剣だった。

「そ、その剣は!」

パティーも驚いたようだ。

「ふふふ、わかりますか聖剣ですよ。昨日オークションに出されていたのを落札しました。恐ろしいほどの切れ味です。お試しになられますか、パトリシアさん」

ユーライアの赤く光る舌が唇を舐める。

相手がダメ人間でもあの剣は危険だ。

こんなことならオークションに出品なんてしなければよかったな。

今更言っても詮無いことだが。

パティーの雰囲気に余裕がなくなったのが俺でもわかった。

「さあ、パトリシアさん。あちらに手頃な小部屋があるんです…。お話したいこともありますから移りませんか…。鎧なんぞ脱いでくつろぎましょう。なにそんなにお手間は取らせませんよ」

ユーライアの囁くようないやらしい声が響いた。

 俺は30メートル以内であれば思念でゴーレムに命令できる。

今回活躍するのはヒカル君だ。

奴らはヒカル君にはまったく注意を払っていない。

ゴーレムだという認識もないだろう。

俺は気づかれないギリギリの距離まで奴らに近づき、ヒカル君にフラッシュをたくように命令を出す。

ヒカル君のフラッシュを合図に飛び出し特殊弾丸を発射する。

この弾は内部に高圧パルス発生装置を内蔵していて、着弾と同時に分裂する。

分裂した各一片は細いワイヤーでつながっていて30秒の間電気ショックを与え続けるという、非殺傷型の対人兵器になっているのだ。

弾丸は1発に対してIクラスの魔石1個が使われている。

メグが聞いたら卒倒しそうだが、今は緊急時だ。

最弱の男故の万端の準備だった。

 男たちは電気ショックで次々と床に倒れる。

ユーライアはショックでおしっこを漏らしたようだが、洗浄魔法なんてかけてやらないよ。

 俺は悠然と一堂に近づき声をあげた。

「我は迷宮の怪盗モリアーティー・ウーロンティー! 皆さまお見知りおきを…」

朗々たる俺の声が迷宮に響いた。

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