第30話 教師二人
今日は講師にパティーを迎えて『不死鳥の団』初心者講習会中級編が開かれる日だ。
パティーは朝からはしゃいでいた。
早朝からホテルまで訪ねてきて俺を朝食に誘い、食事を食べている時も終始ご機嫌で今日の予定を話してくれた。
「今日中に5区まで行ってそこで宿泊ね。翌日は朝から第二階層で狩りをするわよ」
第二階層の地形、どんな魔物がでるのか、何に気をつけるべきかを経験談を交えて詳しく教えてくれる。
その後、部屋に戻ると俺の荷造りまで手伝ってくれて、二人で迷宮前ゲートまで歩いてきたが、その間、花がこぼれるような笑顔を終始見せてくれていたのだ。
俺もこれから迷宮なのにウキウキした気分になっていた。
だがそれも迷宮前ゲートにつくまでの話だった。
「おっさん! こっちだ、こっち!」
ゲート横の待ち合わせ場所では相変わらずのおサルさんが飛び跳ねていた。
その横でメグも元気に手を振ってくれる。
これから迷宮に探索に行くというのにどこかピクニックに行くような雰囲気だ。
けれども、それは俺も同じかもしれない。
すぐ横にパティーの息遣いを感じ、どうしても華やいだ気分になってしまう。
気を引き締めなければと考えた時、メグの後ろの建物の影から一人の人物が手をあげながら現れた。
「おはよう…」
となりでパティーの雰囲気が変わったのが見なくてもわかる。
「驚いただろ! 俺がボニーさんに頼んで来てもらったんだ!」
ジャンは褒めてくれと言わんばかりの目で俺を見ている。
嗚呼! 無邪気さは罪だ。
有罪だ。
ギルティ―!
「ごめんなさい。気が付いた時にはジャン君が誘ってて…」
メグが小声で詫びてくる。
いいのだよメグ。
君は悪くない…。
パティーとボニーさんが対峙する。
他のメンバーは見えていないようだ。
「おはようございます。第7位階冒険者、パトリシア・チェリコークです」
「ボニー…、第6位階だ…」
互いに名乗り合って探るような目つきを絡ませている。
「イッペイとはどういうご関係かしら?」
「イッペイは私の生徒…。私のポーターとして育てる…」
いや、初耳ですよボニーさん。
「あら、イッペイはもう前から私のポーターなんですのよ」
俺はそういうポジションだったのか?!
「俺、いつからパティーのポーターになったの?」
「あら、だって一緒に冒険したいって言ってたじゃない。でもイッペイには戦闘は無理だからポーターでいいかなって」
「うむ、戦闘は無理だ…」
二人ともひどいよ。
「まあ今回はお二人でイッペイさんを鍛えて上げてください」
一番年齢の若いメグのとりなしでその場は収まる。
確かに俺は生活魔法に回復魔法、各種スキルがあるからポーターとしては優秀なのかもしれない。
でも、できるなら冒険者として見てほしいよ…。
それはともかく、俺は鈍感系主人公じゃないからパティーとは、今微妙な関係にあることはわかっている。
今日だって俺と探索できるのを楽しみにしていたから、ボニーさんという人が突然現れて面白くない気持ちも理解できるのだ。
俺だってパティーのことが好きだし、関係を一歩推し進めたいところだ。
だけどパティーは貴族だ。
この世界で貴族の令嬢が平民とお付き合いすることは社会的に許されない。
ましてや結婚など言語道断なのだ。
なにせ法律で明文化されているくらいだから。
ちなみに男の貴族が平民の女に手を出すことはいいらしい。
ひどい男尊女卑だよね。
一方で平民の男が貴族と恋に落ちると処罰を受ける。
令嬢の方は修道院に送られて強制的に尼さんにさせられる。
男の方は鉱山で強制労働か処刑が待っている。
強制労働と処刑の分かれ目は肉体関係があったかどうか。
令嬢は身持ちが堅い娘が多いそうで、意外と肉体関係まで発展しないケースが多いという。
つまり俺がパティーに思いを打ち明けるには強制労働を、ベッドを共にするには死を覚悟しなければならないわけだ。
ゆえにパティーも躊躇する。
だからボニーさんの登場に必要以上にヤキモキしてしまうわけだ。
皆を前に俺は仕切り治す。
「みんなおはよう。今回はパティーとボニーさんを講師に迎えて第二階層を探索したいと思います。それでは二人の先生に挨拶しましょう。本日はよろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
ジャンとメグはいい笑顔だ。
こいつらの為にも今は仲良く先生をやって欲しい。
今日のゴブはいつもの大きなリュックの他に長い包みを両脇に抱えていた。
これはメグとジャンのために作り直した武器だ。
最初に作った劣化聖剣と模造ホーリー・メイスはパティーに止められたので渡さないことにした。
あれは鑑定士のオンケルさんに頼んでオークションに出してもらっている。
二人に作った武器は普通のモノより頑丈で少し攻撃力が高い程度の性能におさえた。
聖の属性を付与したがそれくらいならいいだろう?
「さあ、約束通り新しい武器をつくってきたぞ」
「おお! いい剣じゃねぇか!」
「このメイスも使いやすそうです」
評判も上々だ。
しかし二人ともよくあんなに重い武器が扱えるものだ。
剣はともかく、メイスは装備しても俺の攻撃力に10しか反映されなかった。
本来は189の攻撃力があるのだが、相も変わらず俺では武器の性能を十全に引き出せないようだ。
前回、メグとのタッグがはまっていたのでゴブにもメイスを作ってやった。
模造ホーリー・メイスを使わせることも考えたが、ゴブはレベルアップするゴーレムだ。
成長を阻害しないようにメグのと同じくらいの性能のメイスにした。
「それじゃあ今日中に5区まで移動するわよ!」
パティーの元気な声に導かれて俺たちは奈落の底へと通じる階段をおりるのだった。
ついに3泊4日の探索がはじまった。
スケルトンの前では役立たずと化したハチドリ達とヒカル君だが、一階層での殲滅速度は誰よりも早い。
目潰しをされた後に、3方向からの同時射撃を初見で見切れる者などそうはいないのだ。
後続にはジャンとメグ、遊撃にはボニーさん、後詰にはパティーまで控えている。
俺たちはいつもの必勝パターン、プラスアルファで第一階層を駆け抜けた。
午前中に4区に入り、3時くらいには5区まで来てしまうほどの快速だった。
「そろそろ休憩にしましょうか」
メンバーの状態をみてパティーが提案する。
こういうところはさすが『エンジェル・ウィング』のリーダーだけあると感心してしまう。
快進撃で新人たちは気づいていないが、疲労がたまり、僅かだが動作が遅れてきている。
パティーは常にメンバー各人の疲労の度合いや、負傷、水分とエネルギー補給を気にかけていた。
「よし、今日は特別なおやつを用意してるからな。期待してくれ」
適当な小部屋に入り俺はおやつの用意をする。
きょうのおやつはクレープ・シュゼットだ。
レストランによって微妙に作り方が違うのだが、カラメルソースやオレンジジュース、オレンジの皮などを使用して作ることが多い。
でも今日は野外だしここは迷宮だ。
季節的にもオレンジは手に入らない。
俺はもっとシンプルに作ることにした。
バターを溶かした鉄鍋にホテルで焼いてもらったクレープ生地を敷いて火にかけた。
その上に砂糖を振りかけオレンジリキュールを垂らしていく。
蒸発したオレンジリキュールのアルコールに火がついて、フランベすれば出来上がりだ。
「火の魔法みたいで綺麗です! それにオレンジのいい匂い」
甘いものと肉が大好きなメグがうっとりとした声をだす。
その通り、このお菓子は五感で楽しむお菓子なのだ。
視覚と音、匂いを楽しんだ後は、温かさと味を楽しんでほしい。
今日も迷宮の中は寒い。
温かいおやつは皆に大好評だった。
おやつを食べ終わると、ボニーさんがすっと体を寄せてきた。
パティーが思わず目を剝く。
「イッペイ…いつもの…して…」
「なっ、なにを?!」
パティーがこちらを凝視している。
気持ちはわかるよ。
「洗浄魔法…」
「そ、そう…」
うん。最初は俺も誤解した。
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