第14話 戦闘開始

 ついに俺の初陣の戦端が切って落とされた。

ゴブリンまでの距離はおよそ20メートル。

奴らは真っすぐに突っ込んでくる。

弾は届くが焦らずにもう少し引き付けてから撃とう。

もう少し…。

っ! 今だ!

「ズババッ!」

 銃弾は過たずゴブリンに命中。

一体はその場に倒れた。

よしっ!次っ! 

…あれ? 

さっきまで真っすぐ突っ込んできていたもう一体のゴブリンがいない。

「おい! 気をつけろ!」

クライドの声がする。

気をつけろ?

何に? 

敵はどこだ?

…いた! 壁際でしゃがんでいる。

薄暗くて良く見えなかったんだ。

何をやってるんだ? 

弓を引いてる? 

あっ!

危険を感じたときにはもうやじりが目の前まで飛んで来ていた。

本来の軌道なら俺の頭を打ちぬいていた筈の矢は、高速で移動したロットさんの手に掴まれていた。

頭の中が真っ白だ。

ロットさんがいなかったら俺は確実に死んでいただろう。

「まだ終わっとらんぞ」

ロットさんの言葉で正気に返るが身体が動かない。

ゴブリンが次の矢を放とうとしている。

このままでは動かない的だ。

頭では理解しているのだが、足が言うことを聞かない。

突然後ろから体を押され、前のめりに床に倒れてしまう。

「そのまま寝転んで撃ってみろ。伏せていれば飛び道具なんざ、そうそう当たるもんじゃねぇ」

ロットさんの話が終わらぬ内に、矢が風を切って俺の頭上を飛んで行った。

「な、言ったとおりだろ」

そうだ。

俺だって床に伏せている相手を狙うのはとても難しい。

たぶん何回か撃たなきゃ当てられない。

落ち着いてよく狙うんだ。

「ズババッ!」

当たったようだがまだ倒れない。

「ズババッ!」

倒れた! 

鑑定結果は……、よし! 

HP0になっている。

俺は大きく息をつくのだった。


 戦闘終了を確認してクライドが声をあげる。

「よし、終わったようだな。見てもらったように、弓や魔法を使う敵というのは非常に厄介だ。それは敵にとっても同じだ。バランスのとれたパーティーというのは敵にとっても恐怖の対象となるんだ。そもそも陣形というものは……」

クライドが講習をしているが、よく頭に入ってこない。

他の新人に手の震えを気づかれたくなくて、俺は腕を組んだ。

「おっさん危なかったなぁ」

ジャンがニヤニヤしながら話しかけてくる。

無視してクライドの話を聞くふりをした。

時間が経ち恐怖が去ると悔しさがこみ上げてきた。

「あ、イッペイさん…。いえ何でもないです…」

メグが話しかけてきたのはいいが、口をつぐんでしまった。

今の俺は情けない顔をしているのだろう。

………よし、深呼吸だ。

気持ちを切り替えて反省しよう。

俺はメグに笑顔を作って頷いて見せる。


 そうだな。

今回の俺の失敗はゴブも俺も遠距離攻撃だったことだ。

せめてゴブを突撃させておけばあんなに易々と標的にはならなかっただろう。

だが、ゴブは攻撃技術がないから今後は盾を持たせるのがいいかもしれない。

ゴブに防御を固めさせて、その後ろから射撃をするスタイルを検討しよう。

このように俺の初陣は反省のうちに幕を閉じるのだった。


 迷宮の中にいると時間の感覚がなくなる。

地上であれば教会や公共施設の鐘の音が時間を知らせてくれる。

時計に行動のペースを管理させるということは人間にとって非常に楽なやり方だと思う。

これが迷宮の中ではそうはいかない。

腕時計も懐中時計も持たない冒険者は自分の感覚でペース配分を決めなければならないのだ。

初心者にとってはこれが非常に難しい。

考えても見てほしい。

地上でだって時計を抜きにした生活は難しくないだろうか? 

ましてや迷宮ではということだ。

「そろそろ夕方だ」

ロットさんがいつものように唐突に言う。

もうそんな時間なのか? 

すごく疲れたけど、よくわからない。

クライドが声を上げた。

「今からこの部屋で野営の準備をする。今夜はここに泊まるからな」

新人たちは一様にほっと溜息をついた。


 季節は秋ということもあり地下迷宮はかなり冷える。

俺たちは薪に火をつけた。

酸素は大丈夫なのかと心配になるが問題はないらしい。

煙は天井まで立ち上ると吸い込まれるようにすっと消えていく。

迷宮が煙を吸収したように見えた。


 料理は俺の独壇場だった。

干し肉と野菜でミネストローネ風のスープを作り、麦粥をたいた。

材料がないので特別な料理は作れない。

その代わりに下処理と火加減、塩加減を丁寧に仕事をすすめた。

この日のために用意したのは最高の切れ味を誇る包丁だ。

やっぱりよく切れる包丁は野菜の細胞を潰さないからスープが美味しくなるね。

無口なボニーが「美味かった…」といって肩をたたいてくれたのが嬉しかった。


 寝る前に生活魔法の洗浄を自分にかけていると、「俺にもやってくれ」とジャンが騒ぎ出し結局順番に全員綺麗にしてやることになった。

ロットさんまできちんと列に並んでいて吃驚したけど面白かった。

順番などはきっちり守る人のようだ。

ロットさんが並んだせいか、ボニーとクライドも並んでいた。

クライドはシャツについたゴブリンの血が綺麗に落ちていて感動していた。


 見張りの二人を残し就寝する。

見張りの前には、高さ30センチほどの1時間砂時計がおかれている。

二時間ごとの交代だ。

野宿の時も思ったがマントは本当に役に立つ。

特に迷宮は石畳の上に横になるので立ち上る冷気が体温を奪っていく。

マントがなかったらとても眠れなかっただろう。

革のマントに包まれると俺はすぐに意識を手放した。


 4時間後、身体をゆすられる感覚で目を覚ました。

ジャンが眠そうに目をこすっている。

「おっさん、交代だぜ」

見張りのパートナーはメグだ。

「おはようございます。イッペイさん」

囁くようにメグが声をかけてくる。

俺も挨拶を返し、薪を火に足した。

「眠くないですか?」

「大丈夫。思ったより緊張してるんだね。すぐに意識が覚醒したよ」

「そうですか。私は疲れたのかすぐに眠くなりそうです。だから居眠りしないように少しお喋りに付き合ってくださいね」

「もちろんさ」

なんかこういうのいいなぁ。

たき火の音がたまにぱちぱちいって、炎が作る明かりが壁で揺れている。

パティーと旅をしたときは交代で見張りをしていたから一緒に起きていることはなかったんだよなぁ。

「今日はいろいろありましたね」

「ああ。俺なんていきなり死にかけたよ。ロットさんがいなかったら死んでたね」

「あれはびっくりしました」

「それなりに準備もしたし、もう少し何とかなると思ったんだけど見通しが甘かったよ」

俺は苦笑する。

「それは私も同じです。私たちは三対二で戦ったし、遠距離攻撃できる敵はいませんでした。もし、闘っていたらどうなったかわかりません…」

「まあ、戦術を練り直して再挑戦するけどね」

「…イッペイさんはなんで冒険者になったんですか?」

「え?」

「いえ、イッペイさんが冒険者に向いてないとかじゃないんです。ほら、イッペイさんはお料理は上手だし生活魔法も使えるじゃないですか。いくらでも就職の口はあると思うんですよ」

「そういうことか」

「はい。それだけの才能があれば貴族の館でも厚遇されるはずです」

「まあねぇ…。俺さ、前にいたところではある商店で働いてたんだ。食品をあつかう商店だった。結構大きい店で、そこそこ勉強してなんとか雇ってもらったんだ。それなりにやりがいはあったけど、正直を言えば生活のために仕方なく働いてたんだ」

「普通は誰だってそうです…」

「そうだよね。そんなある日、俺は大事故にあって死にかけたっていうか、死んじゃったっていうか、とにかく大変な目にあってこのネピアに流れてきたんだよ」

「大怪我をしたのですか?」

「うん。幸いすっかりいいんだけどね。それで思ったんだ。どうせ拾った命なら、憧れだった冒険者になろうってね」

「バチっ」と大きな音をたてて焚火の薪が爆ぜた。

「…私は生活のために冒険者を目指しました。他にできることもなかったですし…。私にはわかりません、どうしてイッペイさんが冒険者をやりたいのか」

「俺だって本当はどうしてなのかなんて説明できないよ。やりたいからやりたいんだよね」

「でも、それで死んじゃったらどうするんですか? 今日だって本当に危なかったです」

「そうだよねぇ。思い出しただけで震えがくるよ。でもきっと料理人や高給取りの使用人をやるより冒険者でいる方が幸せなんだよ、俺は」

「幸せですか?」

「そう。死にかけてわかったのは人は自分の幸せを追求すべきだってことかな。もちろん他人に迷惑をかけちゃだめだけどね」

「幸せですか」

「メグは家族のために冒険者をやるんだろ。家族が笑顔でいることがメグの幸せだから。俺も俺の幸せのために冒険者をするさ」

「なんとなくわかりますけど、でも、なんだかよくわかりません」

「おれもわかんね」

俺たちは二人で笑い、砂時計をひっくり返した。

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