あなたは寿司の物語

鉈音

あなたは寿司の物語

 もちろん、あなたは寿司として生まれた。


 舎利ほねの上ににくを纏っている以上、あなたが寿司であることには疑いの余地がない。


 寿司であるのならば、あなたは戦わねばならない。


 何と?


 戦うのなら相手は敵だ。それは脂滴る獣肉の塊であるし、時には鍋で煮込まれた具材の群れであるかもしれない。あるいは、繊細な味付けを施された野菜料理レギュームでないとも限らない。


 彼らと異なるのは、あなたに知性があるということだ。あなたにはDHAやEPAといったω-3脂肪酸が含まれており、当然ながら高度な知性を獲得している。旨味成分のトリップ効果にあてられたあなたは、今の今まで、自分がホモ・サピエンスであると錯覚してしまっていたはずだ。実際にはあなたは寿司だ。ヒトであったという記憶は全て幻覚の産物なので、気にする必要はない。ところでω-3脂肪酸の効能については諸説あるが、私は単なるテキストであるので知的活動には疎く、よって感知しない。


 話を戻すが、テキストである私と違って、あなたは知的な存在だ。つまりインテリジェンス・寿司だ。I・Sだ。


 あなたは高度な握り寿司文明を創成することもできるし、古代熟れ鮨文明の史跡を巡ることもできる。あなたは寿司であることから逃れられないが、それ以外は自由だ。数多の創作寿司を生み出し、淘汰の苦難に晒すか? 伝統の純血を頑なに守り、人々の郷愁を寄る辺にするか? あるいは機械化によって人件費を削減し、ファストフードとしての道を邁進するか?


 いずれにせよ、それは私が決めることではない。あるいはあなたが決めることでもないのかもしれない。ホモ・サピエンスが求める姿に、変化していくだけなのかもしれない。あるいは見向きもされず捨てられるのだ。寿司という料理として生まれた時点で、あなたに自由はないのかもしれない。それでも。


 寿司あなた自身が人々に語るのだ。もしそれができなければ、あとには記録わたししか残らない。

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あなたは寿司の物語 鉈音 @QB_natane

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