53話 契約

会食も終盤にさしかかり皆で食後のお茶ティーを楽しむ。

流石は大商人や貴族を相手取る店と言える。味もさる事ながら特に食材で芸術的作品を創り出す発想には恐れ入った。

器だけでなく野菜や肉の盛り付け方に美しさを感じるのは初めてだった。

少なくとも食べ物で宮殿や動物園を造る発想は自分にはなかったものだ。

野菜や果物で形作られている豪奢な建造物にやはり食材でカットされた愛らしい兎?虎?像?翼を広げる鳥?が戯れている。

其処にナイフやフォークを入れるのは少々気が引けたものではあるが朝御飯を抜いていた事や緊張感が抜けた所為もあったのだろう。料理の載せられた大皿へ一度箸が投げ入れられた途端にその手は止まる事はなかった(最早一刀目が誰であるかは語らなくても良いだろう)

「いや〜食べた食べた!なんか一生分の食事を食べた気がすんだけどこれは気のせいか?」

「うん、それは気のせい、でも言いたい事は分かる」

オリバーもソフィーもご満悦、かくいうこの俺も例外では無い。

「ケリー、お前はやっぱり肉はあんまだな?」

「え、いや、そうですね、でもその分色んな野菜料理をいっぱい頂きました」

これ程の新鮮な野菜料理は早々口にできるものではない。

肉をあんまり摂らないケリーもホクホク顔なのは頷ける。

そして上品にナイフやフォークを使って器用に料理を切り分けて食していたのはケリーだけだった。(俺たちの中で)

流石は元貴族。

「食事の方は気に入って貰えた様で何よりネ」

既に空になった食器やら何やらは片付けられ、忙しなく立ち回っていたメイドさんたちも姿を消していた。しかも恐ろしく動きに無駄が無い。

そんなタイミングで立ち上がったリリアリスが俺たちを見回す。最後にシャーロットに軽く会釈すると場の空気がガラリと変わった。彼女の手にはあのリモコンが握られていてようやくの続きが出来ると察する。

「さて、これから話す事は秘匿情報になります。元来、皆さんの状況を鑑みても軽々しく取り扱って良い内容では有りません」

シャーロットは俺とオリバーを交互に見つめ念を押す様に語り始める。

「守秘義務、ってヤツか?ああ、分かってる。絶対に外には漏らさない。約束する!」

「そうね、私個人としては皆さんを信頼しています。とは言っても、リリは許してくれないわよね?」

主人である筈のシャーロットは悩ましげにリリアリスの顔を伺っているが彼女ハッキリと頭を縦に振りそれは『論外です』と言っていた。

「やっぱりそうよね」とシャーロットはため息をついては見せているが、含みを持たせた感は拭えない。

「其処でです。今回に限り私と皆さんは契約関係を結びこの情報を共有する事とし、に協力してもらう、という方向でいきましょう。・・・ここまではよろしくて?」

果たしてその問いかけは誰に対してだったのか?なんとも面倒くさいやり取りだ。

「辺境伯からの、直接のご依頼ですか?チェ、チェイスさん、これって凄いじゃ無いですか!」

素直なケリーあたりは少し興奮気味になってしまっている。

「はいネ。こちらからの正当で正式な契約に基づいて皆さんに動いて頂きますネ。は有るかもですが、その分の報酬は期待して貰って結構ネ」

怒りに任せて盗賊を討伐しようとしていたオリバー、そんな勢いに任せて行動するコイツに一時は同調していたが、やはり後々の事を考えるならこの制約、言い換えてはむしろ有難いのではなかろうか。

「よろしく頼む」

決意したチェイスはオリバーの返事を待たずに応えるが、彼としてはむしろ話の続きの方が気になるという風でコンコンとテーブルを人差し指で叩いている。

「それでは代表としてチェイスさん、此方の契約書にサインをお願いしますネ」

回転式のテーブルに書類とペンを載せて此方に回すリリアリス。

チェイスが書面を手に取り一通り目を通す。内容を確認をざっと確認しているとオリバーは「何でも良いから早くサインしろ!」とかいろいろ五月蝿いがこの手の段取りは慎重にだ。

「はやる気持ちは理解するけど契約書は君達の立場を守るものでもあるの、サインは慎重にね」

シャーロットのフォローには感謝だが明らかに歳下の彼女にお姉さんぶった態度を取られるのはなんとも言えない感覚に見舞われてしまう。

いやいやそれよりもだ。

契約内容に再度目を移す。

ふむ、建前上の契約の割にはかなりの好条件だな。

「問題無いよ。コレにサインすれば契約完了だな」

「ハイですネ。下にある空欄にサインをお願いしますネ」

図らずも代表となって自分の名前を記入することになったチェイスだが異論を唱える者はいなかった。

「よし!これでいいな話を進めてくれ!」

チェイスが契約書にサインを終えるや否や、はやる気持ちを隠そうともせず前のめり気味に迫るオリバーは今にもシャーロットに掴みかからんばかりだ。

「ん、まずは落ち着こう。バカ兄貴」

そんなオリバーのベルトをグイっと引っ張り席に引き戻したのはソフィーだった。

しかし、バカとついたが兄貴とは随分とサービスしたものだ。

当人も意外な台詞に余程ビックリしたのか、「お、おぅ」と大人しく席に落ち着いた。

そんなやり取りに目を丸くしていたシャーロットはコホンっと咳払い。気を取り直してリリアリスに合図を送る。

フォンッ、空気の揺れる感覚の後、さっきと同様に円卓の上に立体映像が映し出された。

其処に現れたのは十数人に及ぶ無表情な顔、顔、顔。

規則正しく宙に浮いている青白い顔写真は不気味な印象を俺たちに与えていた。

「・・・世間、いえ、ギルドの中でさえ限られた者にしか知らされていない案件の、被害者達です」

「ギルド?って、こいつら全員勇士ブレイブマンなのか?」

オリバーが呻くように言葉を絞り出す。確かに言われて見ればこの画像はブレイブマン・ギルドの登録に使われている写真だ。

勿論チェイスやオリバーらも然るべき場所、つまりブレイブマン・ギルド専用の記録保管所アーカイブにこの様な写真がプロフィール付きで管理されている。

確かこの手の登録写真は3年周期で更新しなければ、だったか?

そんな中シャーロットは話続ける。

「恥ずかしながら事件そのものが明るみになったのはごく最近、とある二人組の・・・勇士ブレイブマンといって良いのかしら?・・・彼らが奴らの手から逃れる事が出来たからなの」

彼女のなんとも言えない表情。

この写真がギルドのアーカイブから取られているなら当然これらの写真の主は勇士だろう?

そんな違和感を他所にフォンッ!画像が二人の男のアップに切り替えられた。

「「なにぃぃっ!!」」

今度はオリバーとチェイスがほぼ同時に身を乗り出した。

目の前に映し出された二人組は実に見覚えのあるヤツらだった。

髑髏を思わせるこけた頬、窪んだ目をギョロリと光らせているこの男はエスだ。

エスは顔付きだけでなく全身が針金の様な痩せ細った体格の持ち主であり本当に勇士なのか?と思わせる男だった。

実際、見たまんまだったけどな。

となりの男は相方のゴルド。ヒョロリと背の高いエスとは対照的に筋肉を凝縮させた様なゴツい体躯のゴルドは見た目なら一流の勇士に見えた。だがしかしコイツもやはり中身はエスとなんら変わり無くある意味で二人はいいコンビだった。

二人とも先のハンプトン村での戦いでハーディー男爵の騎士団(仮)に雇われていた勇士たちだ。

いや、確かに勇士と言っていいのか?

「ん?この二人はハーディー男爵の騎士団選考からも真っ先に弾かれた奴らだぞ。彼奴らに遅れを取るとは一体どんなヤツだ?」

ソフィーは元とはいえハーディー男爵の騎士団偵察隊の主要メンバーだ。彼女の辛辣な言葉を受け苦笑するシャーロットはリリアリスに目で合図を送る。

「実はこんな映像がありますネ」

机上に浮かぶ映像に一瞬の乱れが生じたかと思うとそこに表れたのはゴルドの巨大な顔だった。

精度の高いカメラを使っているのだろうゴルドの毛穴までクッキリと見えた。

「うげっ!」

オリバーの反応は仕方がない。彼の隣のソフィーもなんとも形容し難い表情を浮かべている。

はっきり言って食後で見たいとは決して思えない映像であった。

「いいリアクション有り難うですネ♡」

リリアリスのとても愛らしい笑顔が憎らしい。

「コホン!リリ、いい加減に先に進めなさい」

シャーロットに嗜められたにも関わらず彼女は気にする素振りも見せない。寧ろ弾んだ声で「はいですネ」と答え手にしたリモコンのスイッチを操作する。

いい加減この娘のマイペースには参ってしまう。

そんな事を考え始めていると宙に浮かぶ巨大なゴルドの静止画像は一転やたら揺れ動く動画へと切り替わった。そして其処からは雑踏と聞いた覚えのある声が響いてきた。

『・・・へっへぇ、やったぜぇ今回は良いカモには恵まれなかったが、これはこれでなかなかの収穫じゃねぇか?コイツは高く売れるぜぇ』

この声から察するに動画を撮影しているのはゴルドの相方エスの様だ。エスはカメラをゴルドの顔から周囲の彼方此方と向けてはユッサユッサと揺らしている。落ち着きの無いカメラワークは彼のご機嫌な心情を表しているようだ。

二人の会話から察するにどうやら先の戦いでハーディ男爵から貸し受けた装備品をこっそりとくすねてきた様だ。

しかし彼らは自分でソレを使い続けるつもりはないらしくとっとと売りに出そうと目論んでいるらしい。

「全く、セコイ奴らだぜ」

呆れた様につぶやくオリバーには全く同意だが。

黙って続きの動画に目を向けよう。

二人は何処へ向かっているのだろうか?路地裏に入り密談を続けている。

意気揚々なエスの声とは裏腹にゴルドの声には明らかな怯えが含まれていた。

『むぅ、だけどよ、いくら試作品だって言ってもよ、この界隈でソレを売るのはやっぱりマズイ、あの男爵に俺たちの事、バレるの、ヤバイ』

『だーいじょうぶ、だーいじょうぶだって、当てはちゃーんとあるんだよ、今のこの時期っていえば、そぅあれだ、衛星都市モエルバッハにゃあ南からのキャラバンが来てるハズだ。其奴らに売れば良いんだよ』

確かに南のキャラバンといえば数日前からこの都市モエルバッハの外街に滞在していた。

成る程、エスの目の付け所は悪くない・・・別にヤツを褒めるつもりは毛頭ないが。

しかしどうしたのだろう。陽気にカメラを回し続けていたエスの動きが突然立ち止まった。

「んん、何だ?」

状況の変化にオリバーは目を凝らしながら動画に目をやる。

薄暗い路地裏の先に明らかな不自然な影が現れた。

なんと前方の(エスとゴルドから見て)空間が歪み不可思議な色彩が一人の人影を浮き上がらせるではないか!

剥き出しの小剣ショートソードを右手に持ち此方側エスとゴルドにゆっくりと歩き出す人影。

ぼんやりとした人影に対し、しっかりとその存在感を表している小剣ショートソードはひたすらに不気味。

グルリッ!視界はすぐ様回れ右、急激に景色を変えて行く。そう、エスは一目散に逃げ出したのだ!

ダッダッダーーー!

駆け足の音と目まぐるしく回転する画像。

「おいおい!相方を置いて真っ先ににげるか普通!」

呆れた様に声を出すオリバーだが、しかし動画の端っこにはしっかりとゴルドらしき頭がちらほらと見えるではないか。

「・・・あー、いや、うん、奴らのチームワークは完璧の様だな」

オリバーはなんか納得出来ないっという感情を見せているが。

「ああ、あの二人何の合図も無しに何の迷いも無くほとんど同時に動いてたぞ!スゲーな!」

思わずチェイスは感心してしまった。

しかし・・・いや、別に褒めているわけでは断じてない!

チェイス的に勇士ブレイブマンとして彼らの行動を認め訳にはいけないのだ。

だがやはりと言うべきか、エス達の全力疾走は大したもので大通りに出た後もしばらく続き、数秒の後動画は突然プツリと途切れてしまった。

シャーロットはコホンと咳払いし改めて口を開く。

「彼らによれば、これと同じような出来事がもう一度あったそうよ」

「そんでもって身の危険を感じた二人は警吏に泣きついたってわけですネ。見回り隊の中にたまたま私が居なかったら、多分スルーされていたですネ」

見回り隊とは衛星都市や城塞都市の巡回警備を担う仕事を指している。

恐れをなしたエスとゴルドは都市モエルバッハを離れようとしていたのだろうか?

しかし得体の知れない影は諦めておらず二人を追いかけて来たって訳か、あの二人は慌てふためいたに違いない。

とは言っても再度逃げ出したその先で見回り隊に出会えたのは彼らにとって幸運だった。その時の様子も当然の如くといわんばかりに目に浮かんでしまう。

警吏付きのリリアリスの前に現れた奴らはこんな感じで捲し立てたに違いない。

『はぁはぁ、タチの悪い盗賊に追われてる。手を貸してくれ!ご、5、6人は撃退したが数が多過ぎる。頼む!』

「実際エス辺りはこんなところだろう。戦闘の痕跡どころか剣さえ抜いた気配も感じさせていなかったはずだ。警吏が相手にしなかったのは当然だな」

「寧ろ怪しいヤツらって事で拘束されていたんじゃないか?」

オリバーも二人の行動パターンを推理してリリアリスに問いかけた。

「おぅ、まさにその通りデスネ。これが人族の以心伝心、ツッカーの仲間ですカ!何だかんだ言っても意外とあの二人と通じ合うものがあったりするのでしょうかネ?」

「リリネット、ツーカーの仲だ。そして俺たちと、ヤツらとの間に通じ合うモノは何一つない」

リリネットの勘違いを早々に正すのは勇士ブレイブマンとしてのプライドの問題だ。

「うん、ヤツらは勇士ブレイブマンを不当に貶める存在だった。そんなヤツらとこの二人を一緒にしようなどとは、やはり兎は耳だけで眼は節穴だったということか?」

ソフィーの視線とリリネットの視線が絡み合い火花を散らす。

前になんか似たような場面があったぞ!この娘の元同僚に仲の良い兎族の娘が居たはずだから兎族そのものに嫌悪感は無いと思うのだが、性格が致命的に合わないってやつなのだろうか?性格なら仕方がないかぁ、って今はそんな事で言い争っている場合ではない。

「リリ、また脱線しているわよ」

シャーロットもこのままでは話が進まないと感じとったのかリリアリスを軽く窘めた。

リリアリスはペロっと舌を出し悪びれる事の無い笑顔で「先に進みますネー」と再びリモコンを手にした。

フォンッ、短剣を構えた人物が一人浮かび上がった。

フードと一体となったチュニックを身に纏い短剣を身構える姿は正に暗殺者アサシンそのモノではあるが。

「さっきはモザイクの塊だったけどネ。二人の生き残りの記憶と照らし合わせるとこんな感じになりましたネ」

「うん、でも二人の記憶というのが気になるところ」

「その点は抜かりはないネ、衛星都市自慢の技術で搾り取った記録は信頼に値すると断言するネ」

『搾り取った』という表現に些か不穏な空気を感じるが、まああの二人のしぶとさは折り紙つきだ生きてはいるだろう。心配はしない。

「だけとよ、これだけじゃ意味がねぇ。何処かで見た服だと思ったら、キャラバン連中の着てるモノのまんまじゃねぇか!」

オリバーの指摘はもっともなものだった。エスたちが装備を売り払おうとしていた相手。

南からのキャラバン隊にはオリバーの言う『まんま』の服装とまではいかないまでも確かに似た感じの服装をした者らが至る所で見受けられる。

「ま、実際に犯人達がキャラバン隊をカモフラージュに使っているという線は確実でしょう。キャラバンと貴族の繋がりは切っても切れない関係にありますからね」

件の工房に繋がりのあるであろう共犯者の貴族の存在を思い出したのかため息まじりにシャーロットは語っているが、意外にもその瞳に苦悩は見受けられない。

実際彼女は語られる声に憂えは感じられなかった

「そう、ならばというわけで私たちはこの機会を捉え、今回に限り使えるとびっきりの罠を彼らに仕掛ける事にしました」

彼女の目がキラリと光を帯びる。

「成る程ね、其処で俺たちの出番ってわけだ!」

意気軒昂に応えるオリバーだが、肝心の罠の内容がどうしても気になってくるのは当たり前。

「じゃあ聞かせてもらおうか?そのとっておきってヤツの内容 を」

チェイスの問いにリリアリスが手を挙げて応える。兎の耳をピコピコさせながら宙に浮かぶ画像を切り替えて行く。

「はいですネ。その前にみなさんにはお相手の事をもっと詳しく知っておいて欲しいですネ」

「・・・ああ、そうだなよろしく頼む」

「ま、当然だな」

うんうんと頷くソフィーそしてチェイス、オリバーともに異論はなかったのだが。

そういえばケリーはさっきから静かだな。席に静かに収まっているケリーに眼をやるが俯き加減の彼の表情はよく見えない。

しかしリリアリスは御構い無しに話を続けていくため注意はそちらにどうしても向いてしまうチェイスだった。

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