52話 足跡

数十分の道のりも瞬く間に過ぎ去り馬車が停車した。


「お待たせしましたネ」


リリアリスがキャリッジのドアを開けるとそこには『ROKUMEI』の目の前だった。

店舗の周囲はお昼時と重なっていたせいかそれなりの賑わいをみせている。

商人や貴族向けのお店の割には混んでいるな。

しかし、人混みを観察すると身なりからして明らかに上流社会に属する者達が多かった。


「居るところには居るもんだねぇ」


オリバーコイツの呟きはやっかみなのか?単なる感想なのか?

取り敢えず俺たちは随分と場違いな場所に連れられた事は確かなようだ。

赤を基調ととした店構えは古代の大国をイメージしているらしく角や髭の生えた蛇の看板は独特の雰囲気を醸し出している。

馬車から降りると詰襟で身体のラインを強調した青いワンピースを着飾った二人の若い女性達が俺たちを迎え入れてくれた。


「ようこそ、いらっしゃいませ」


彼女たちが一歩動く度、ワンピースの太もも辺りまで入ったスリットから美しい脚がはみ出している。


「うっひゃー」


案の定、オリバーは早くもに釘付けになっている。全くやれやれだ。

リリアリスは手慣れた感じで女性に挨拶を交わすと俺たちを中へと促して行く。


「招待状は二階の受付に渡して下さいネ」


「ん?あんたは一緒じゃないのか?」


「ちょっとした段取りっていうモノが有りますネ、直ぐに合流するから心配は無用ネ」


『行ってらっしゃい』とばかりに手を振るリリアリス、俺たちの前にはスリット、いやワンピースの女性が和かに「此方にどうぞ」と二階への階段を指し示す。

店内は衝立で仕切られていて奥を見渡す事は出来なかったがそれなりに人の気配はする。

派手な衣装を売りにしている割には物静かな雰囲気が漂っていた。

この静けさは慣れそうにないな。

そんな感想を抱きつつ薄暗い階段を登って行く。そして二階を登りきった直ぐ側に小さなカウンターと一人の女性が立っていた。女性の服装には見覚えがある。

こっちはメイドさんか。

オリバーに連れられてよく通う定食屋ダイナーの女の子が着ている服に似ている、みたいだが、それにしてもスカートの丈がかなり長いな。

実際、オリバーが贔屓にしている店のメイドさんのスカート丈は膝上まで引き上げられていて、ともすれば下着が見えそうな攻め攻めな感じなのだが、ここ『ROKUMEI』のメイドさんのスカート丈は足元までスッポリと布地でカバーされていて落ち着いた清廉さが際立つモノとなっていた。

横でオリバーは「うーむ、これは、これでアリか?」そんな事を呟いているが、チェイス的には正直どっちでも良かった。今は特に。


「チェイスさん、招待状、招待状です」


正面で和かに出迎えるメイドさんを気遣ってか、ケリーが俺の服を引っ張り耳打ちをする。


「おっと、すまない、これで、いいのか、な?」


自信なさげに招待状を差し出してニッコリと笑顔。(多分、俺の笑顔は引きつっていたに違いない)

そんなぎこちないチェイスの挙動を慈愛に満ちた笑顔でスルーするメイドさんは「お預かり致します」と招待状を受け取りカウンターの上にあった小さな機械の挿入口に差し込んだ。

ピッと機械音の後、再び排出された招待状を手に取りメイドさんは手を廊下の先に差し伸べ一礼。


「お待たせ致しました。此方へどうぞ」


彼女は前を静々と歩き始めた。下手をすればスカートを踏んづけてすっ転んでしまわないかと心配になるレベルの丈だったのだが、こうして見るとその物腰、一連の動作に気品を感じる。それは普段から訓練されたモノである事は想像に難くない。

貴族の評判の店っていうのは本当らしい。

メイドさんは一番奥の角部屋のドアを開けて中に入るよう促す。


「どうぞ手前の方からお座り下さいませ」


その広め部屋の中央には大きな円卓が据えられており五人分の食器が並べられていた。奥からケリー、チェイス、オリバー、ソフィー、と言った具合に充てがわれた席に着き始める。

そこで初めて気がついた。円卓の中央はガラス張りになっていて美しい色あざやかな魚が泳いでいるのであった。藻と砂地と魚達が絶妙なバランスで配分されていてちょっとした癒しの空間をつくりだしていた。

そんな中、隣に座ったケリーが胸に手を当てながら深呼吸をし始めたではないか。


「おいおい、今更緊張してるのか?ケリー」


「あ、当たり前じゃあないですか!リリアリスさんの主人からの招待状とくれば、もう、あの人しかいないじゃあありませんか!緊張するなと言われてもそれは無理な話です」


リリアリスの主人と言えば『儀仗の戦姫』シャーロットだ。ハンプトン村で馬上の彼女を見かけたが風格だけで伝説の戦乙女ヴァルキリーをあそこまで体現出来る少女も珍しいと思ったモノだ。

ふむ、確かに情報欲しさに思わずついてきてしまったが、相手は貴族中の貴族、しかも貴族彼らの頂点付近に座する存在ではないか!

まず俺たちみたいな一勇士ブレイブマンがまずおいそれとお近づきになれる訳がないのだ。

今更ではあるが招待に応じたのは失策だったか?

不安になって見てみるとオリバーとソフィーは「これってどう使うんだ?なんで同じモノが沢山あるんだ?」とかなんとかナイフやフォークをいじくり回している。


「・・・ま、出たとこ勝負って事で、切りぬけよう」


誰にでもなく呟くように言葉を漏らすチェイスを眺めながらケリーはため息を漏らした。

程なくしてドアが開けられた。その向こうに現れたのは見覚えのある二人の少女シャーロットとリリアリスだ。腰の辺りまで伸ばした金髪を一つに結わえ美しいその碧眼は此方の心を見通すかの様な不思議な輝きを放っていた。

シャーロットは紺色の男性物のスーツに身を包んでいた。初見だったならば美少年に見紛う事もあったかも知れないが彼女は凛々しくも艶やかにその席に着いた。その背後に付き従うリリアリスもまた主人であるシャーロットに合わせてスーツに着替えており後ろに控える姿はまるで秘書の様に見えた。


「初めまして、私の名はシャーロット・セシル、中央セントラルからは辺境伯として任を賜る者である」


姿勢正しく、少女らしからぬ威厳を持って自己紹介に入るシャーロットはやはりあの時の彼女だとチェイスに確信を与えた。

スーツ姿の彼女を見た時は影武者か?とも思ったが、これはご本人で間違いないな。

流石のオリバーもこの娘の威風堂々とした姿に驚きを隠せなかった様だ。


「何?あの娘、目力半端ないんですけど」


此方にしか聞こえない様に耳打ちする辺りはしっかりしている様だが、リリアリスの兎耳は伊達ではない事を忘れるべきではなかった。


「ゴホンッゴホンッ!」


咳払いの後に向けられた彼女の微笑みは結構怖かった。


「え、えと、お招きに感謝します。セシル殿、改めて自己紹介させて頂きます」


誤魔化す様に席から立ち上がり一人一人紹介しようとするも正面に座るシャーロットに手で制されてしまった。


「それには及ばないわチェイス。んん、君の隣から、ケリー、オリバー、そしてソフィー、でよろしかったかしら」


最後の語尾は実に少女らしい茶目っけに溢れた声色だった。そして実際に彼女の表情は先程とは打って変わり実に和やかなモノになっていた。


「いえ、御免なさい。硬い雰囲気では食事は楽しめないわ。此処からは無礼講でいきましょう。皆さんもそれで構わないわよね。リリもコッチにいらっしゃい」


後ろに控えていたリリアリスに隣の席へ座る様促すシャーロットは長年の親友に対する様な笑顔で彼女に接していた。そして実際にそんな信頼関係を築いているのであろう。リリアリスも「はいネ」と素直に彼女の隣にチョコンと座るのであった。


「では、食器をもう一セットよろしく、お料理も一人分追加で、準備が出来次第持って来て下さるかしら」


シャーロットはドアの前で控えていたメイドさんに手際よく指示を出していく。メイドさんは「畏まりました」と軽く頭を下げて部屋を退出するのであった。


「料理が出されるまで少々時間が有りますね。では、この時間を有効活用する事にしましょうか」


シャーロットは一同を見回し改めて真面目な顔を向ける。


「さて、今朝は大変な事件に巻き込まれましたね。皆さんの、特にお二人の心痛は私如きが計り知れるものでは無いでしょう」


今朝の惨状が頭に過ぎる。きっとオリバーもそうなのであろうギリっと奥歯を噛みしめるその様子は犯人に対する憎しみの炎が決して消えていない事を表していた。


「ん、其処の兎は美味しい食事と『良い話』がセットになって提供されると言っていた。『良い話』とは、そんなお腹も膨れもしない慰めの言葉ではないのだろう」


一触即発、大胆発言をしでかしたソフィーとリリアリスの間に火花が散った様に見えた。

リリアリスやシャーロットには悪いが確かににとって一番の目的はその『良い話』の方だったのだ。

オリバーもチェイスもシャーロットがどんな情報を提供してくれるのかと、今か今かとジッと見つめる。


「ええ、全くその通りね、貴女の言う通りだわ、じゃあ早速だけど、これを見て頂こうかしら」


シャーロットはソフィーの物言いを気にする事なく手元にあったリモコンのスイッチを操作する様リリアリスに手渡す。

円卓の中央にあった水槽が消え代わりにカメラのレンズが複雑に折り重なった様な物体がガラス面の下に現れた。

フォンッ、空気が震える様な錯覚の後、円卓の真ん中に立体映像が浮き上がってきた。それは見覚えのある鋭角的な防護柵。件の公園墓地を囲う防護柵だと気付くのに時間は掛からなかった。映像が薄暗いのは撮影されたのは夜だという事を察するが。


「映像は犯人を映し出している部分を切り取った物ネ」


「⁉︎」


リリアリスが説明を入れている途中で気になるものが見えた。

何かが、何かが確かに横切った!

思わず立ち上がるチェイス。


「どうした、チェイス?」


「チェイスさん?」


オリバーとケリーはに気がつかなかった様だ。


「全く飽きれたものね、に気づける人間はまずいないと思っていたんだけれど」


シャーロットの台詞には驚きと若干のらしき感情が入り混じっていた。


「トレヴィン様もいましたネ」


「私はあの人を人類のカテゴリーには入れていません」


ピシャリとリリアリスの言葉を制すシャーロットを鑑みてトレヴィンとの間にはなかなか複雑な人間関係が構築されているのかも、と推察する。

そしてそんなやり取りは日常茶飯事なのか、リリアリスは何事も無かったように手元のリモコンを操作した。


「ではでは、少し巻き戻して、改めてスロー再生するネ」


立体映像がゆっくりと流れていく中で今度はハッキリとその違和感が浮き彫りになっていく。


「コイツ、か?コイツが犯人なのか?」


映像を噛みしめるように睨みつけるオリバーが呟く。


「うん、コイツが犯人、でも此れでは何処の誰かは全く分からない」


ソフィーの意見は全くもって正しい。映像の犯人は姿形こそ人型ではあるものの全身がモザイク処理が施されているが如く人相はおろか服装さえも定かでは無い。


「でもこれって、この犯人の姿だけが砕けて?いるのは不自然過ぎます。この原因はわかっているんですか?」


ケリーは犯人の用いている装備、技術に関心を抱いた様だ。確かにその辺りから切り込むのも一つの手と言えるかもしれない。


「これは光学迷彩と呼ばれる技術、の劣化版ですネ」


「?」


劣化版と言われても光学迷彩という言葉自体が初耳だ。


「んー、簡単に説明すると、お手軽に透明人間になれる道具、といった感じですネ」


リリアリスの説明はザックリし過ぎていたが何となく理解は出来た。


「本当、ですか?まさかそんなモノが世の中に出回っているって言うんですか?そんな相手を見つけ出すなんて、本当に出来るんですか?」


ケリーがまくしたてる様に質問する。彼の焦りにも似た感情はこの場にいたシャーロットとリリアリス以外全員が感じたことなのだ。


「 其処は、まあ大丈夫だと思いますネ。アーカイブで秘匿されている光学迷彩でも完璧に気配を消す事は出来ないですからネ」


「そうね、は既に確認済みだけど、獣人の鋭い感覚を持ってすれば看破は可能だし、対処法を知っていれば私たちにだって見分けるのはそう難しい話では無いわ」


そう言ってのける少女達に頼もしさを感じるという少々複雑な心境の中で、自分の知らない技術に対する恐れをチェイスは抱いていた。

シャーロットの様な権力者ともなると工房のアーカイブ、秘匿された情報さえ閲覧が可能という訳か。

チェイスは貴族という立場、彼らの持つ権利が初めて羨ましいと感じるのであった。

ん、ちょっと待てよ、犯人ヤツは秘匿されている技術を使って犯行に及んだって事は。

チェイスに黙って頷くシャーロット。


「ここで明らかな点が一つ、この犯人の中に貴族、工房、或いはその両方と繋がりを持つ者がいる、ということね」


犯人か、公園墓地での被害を見て犯人は複数犯と見当はつけていたが意外と規模の大きい犯罪組織が絡んでいる、という訳か。

トレヴィンが『この件に関わるな!』と念を押してきたのはあるいはの為だったのかもしれない。

シャーロットはいつの間にかジッと此方の方を見つめていた。


「で、俺たちは何をすれば良い?」


「相手は恐らく『其れなりの権威を持っている貴族』怖くはないの?」


「誰であれ、自分たちの大事なモノを傷つけてくれた事には責任を持って償ってもらう。其れだけだ」


「俺たちは家族の安寧をぶち壊されたんだ。其処はシッカリと落とし前をつけさせてもらう」


チェイスとオリバーは各々の決意を口にする。


「ん、世の中には決してやってはいけない事がある。其れを教えてやろう」


「ぼ、僕も元では有りますが一貴族、騎士としてこの件は見過ごす事は出来ません!」


ソフィーもケリーもこの件から手を引くことは無いとハッキリ言ってくれた。

本当、良い仲間を持ったモンだ。


「・・・やっぱり、私が見込んだ通りの人だった」


「?」


シャーロットの呟いた声はとても小さくて上手く聞き取れなかった。隣で満足そうに笑うリリアリス以外は。



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