51話 もう一人の使者

公園墓地から外壁の下を潜る専用通路を通り抜け壁沿いに歩く四人、賑やかさを取り戻した内路の人々とは対照的に沈黙を保っていた。

しかし、もう限界だな。

隣を歩くオリバーは不機嫌さを隠そうともせず肩を怒らせたまま歩いている。俯き加減で表情こそ見えないが付き合いの長いチェイスには其処にどんな顔があるのかは容易に理解出来た。

そんな中、運悪く通りすがりの幼子がすれ違いざまに彼の顔をのぞいた様だ。とたんに声高らかに泣き出している。母親らしき女性が「いきなりどうしたの?何処が痛いの?」あやす様子を見ながらチェイスは思う。

悪く思うなよ、少年、これを機に強くなってくれ!

寧ろトラウマになってしまったのではないかと心配になる位の大きな泣き声なのだが、チェイスにしてみれば死人が増えないだけマシだ、と考える事にした。

警吏が準備してくれていた早馬は帰りにも使えたのたが丁重にお断りして正解だった。

大泣きしているあの子には悪かったが此奴を馬に乗せていたら怒りに任せて爆走させていただろう。

泣き止まぬ幼子を懸命にあやし続ける母親を尻目にしているとオリバーが話しかけて来た。


「・・・で、これからどうするんだ?チェイス」


彼の声色は暗く、何時もの彼からは想像できない。


「まずは腹ごしらえだ。何をするにしてもエネルギーがいるからな」


「おいおい、何を悠長なこと言って!」


ぐぅぅぅ〜。

拳を握るオリバーの腹が鳴った。すると彼の拳は力無くダラリと下がりお腹の方へ。


「うん、人の出入りの多いところには情報も集まるものだ。ついでにご飯をいただくのものも悪くない。うん、食事は大切だ」


さりげなくソフィーがフォローをいれた。

そういえばこの娘も昨日はいい具合にお腹をならしていたな。

渋々ながらもオリバーも納得した様だ。

彼は無言で分かった分かったと降参した風に手を振り出した。


「じゃ、じゃあ、ここから近場のお店が良いですね、そう、ですね、ここからなら・・・きゃ!」


良い店がないかと物色し始めたケリーが突然奇声を上げた。

彼の背後から覆いかぶさる様に抱きつく白い物体があった。

兎のような耳をピコピコと動かしながら彼女は己の双丘おむねをケリーに押し付けほっぺに頬ずりし始めるが、その有様は俺たちにとっては記憶に新しい。


「あんた、リリアリスか?」


「はいネ、覚えていてくれて嬉しいネ」


「えっ、えっ?リリアリス、さん?」


ケリーも驚きの声を上げリリアリスの方へ顔を向けようとするが素早くリリアリスは頬ずりを再開、ケリーの頭の動きを完全にブロックしてしまう。

あぅ、あぅっとケリーは呻き声を上げてもがいているがその位置関係は変わることはなかった。

何時ものオリバーなら羨ましそうなに喚くのだろうが、今は状況が状況だけにおとなしいものだ。・・・訂正する。見て見るとオリバーは右手親指をかむかむしてとても悔しそうにしていた。

それにしてもケリーの奴、随分女慣れしているな。俺たちもそうだがお互い鎧装備なしの普段着だ。リリアリスの豊かなお胸はピッタリと彼の背に密着していると言うのにコイツは全く恥ずかしがるどころか顔色一つ変えないじゃないか。俺には、無理だな。

ふと隣に立つ幼児体型のソフィーをじっと眺めると。


「ん、なんだ?何かいいたげな顔だな」


直ぐに自分への視線に気付くあたりは流石と言うべきか?


「は、はははは、は、は」


取り敢えず笑って誤魔化すことにした。

そんなやり取りを見つめながら終始ニッコリ笑顔のリリアリス、しかし此方としては彼女に対しては素直に笑顔を返せない。

リリアリス、彼女もまた先のハンプトン戦に参加していた獣人だ。最も彼女はハーディー男爵の騎士団ではなく『儀仗の戦姫』シャーロットに仕える獣人だ。つまりトレヴィンの関係者ということになる。

警吏の連中、こっちの動きに勘付いて監視をつけていた?

・・・いや、それは無いか、幾ら何でも自意識過剰に過ぎるだろ、全く。

チェイスはケリーの、正確にはリリアリスの背中越しに見える公園墓地の入り口、その付近を警戒している警吏達を見る。やはり此方に注意を向けている者など一人もいなかった。


「なぁリリアリス、ここで会えたのは偶然、じゃあないよな」


確かめるようにチェイスは質問するとリリアリスは思い出したように明るい声を上る


「おおう!今日は皆さんに耳寄りな情報を持ってきたんですネ。え〜と、えっと、まずはこれを受け取ってくださいネ」


リリアリスは右腕をケリーの首をロックしながら左手をこちらに差し出してくる。

彼女の人差し指と中指に挟まれた一枚のカード、果たしてそれは。

オリバーはそれを神妙に受け取り顔をしかめる。


「どうした?」


オリバーはそのカードの表をこちらに向ける。

それには『ROKUMEI』そんな文字が記されていた。オリバーからカードを取り裏面を見ると特定の場所への簡略された地図おそらく其処が『ROKUMEI』なのであろうが。


「何かの、店か?」


呟きながらメッセージカードの表、裏面を交互に見比べていると今度はケリーが何かを思い出したようだ。


「そ、その場所には心当たりが有ります。確か、中央内壁近くの角地に在る、レストランですね」


「レストラン、だと?」


リリアリスにまとわりつかれたままケリーはチェイスからカードを受け取るとうんうんと頷き「ヤッパリそうですよ!」と確信したご様子。


「この店はの区画にしては値段が高めの設定でなんですが、特に商人や貴族からは評判の良いお店、という事で結構有名なんですよ」


「おぅケリーさん、よくご存知ですネ〜」


リリアリスはギュ〜とケリーを抱きしめながら楽しそうにはしゃいでいる。身体を揺らされる毎に「うわっ、うわ〜」とケリーは叫んでいるが、リリアリスはチェイスとオリバーに改めて視線を合わせると彼女は無邪気な笑顔そのままで空いている手を再び差し伸べてくる。


「ご招待に応じて貰えるなら、美味しいお食事と一緒に、今、お二人が一番欲しがっている情報も、手に入れられるかも知れませんネ」


「!!」


語尾に微妙なニュアンスが付いていたが『今、俺たちが欲しがっている情報』といえば一つしかあり得ない。

この娘はトレヴィンの仲間だ。しかし俺たちに接近して来たのは別口からのアプローチと見るべきなのか?この誘いを受ける事が何を意味するかは分からないが、何れにしても此処は敢えて踏み込んだ方が正解な気がする。

無言で仲間達を見回す。当然、オリバーは頷いている。

ま、そうだよな。

ケリーはリリアリスに頬をピッタリとひっつけられたままで在るが、その眼差しから察するに概ね招待に応じることに賛成の様だ。

ソフィーは、お腹をさすりながら大きく頷いている。

・・・まぁ、多くは語るまい。

ジッと見つめるリリアリスに頷く。


「ああ、喜んでご馳走になるよ」


「はいネ!」


リリアリスはケリーから離れたかと思うとクルクルと回転しながらオリバーの背後辺りでピタッと立ち止まり一礼。その様子はまるで華麗な舞を披露する踊り子のようだった。


「ではではこちらにいらして下さいネ」


彼女はチェイス達の前を歩き始めた。

人混みを掻き分けリリアリスを先頭に石畳の道を歩いて少し経った頃、彼女は外壁沿い(都市内側)で停車していた一台の馬車の前で立ち止まる。

繋がれた馬に寄り添っていた騎士風の男はリリアリスに気付くといそいそと馬車のキャリッジのドアで出迎える。

これで目的地へご案内って訳か。

遠目には只の地味な黒いキャリッジに見えていたが近づくとは実に明らかだった。焦げ茶色の車体ボディーは磨き上げられたテンペストストーンの様に艶があり光を反射している。その車体ボディーを囲む薔薇をイメージした金色のフレームはさり気無い高級感を演出していた。パーツ一つ一つは地味な様でいて実は細かい意匠が施されているのだった。

参ったなこれは、都市で走り回っている商業用の馬車とは比べ物にならないぞ。

衛星都市は実に広く馬車の利用はある程度欠かせないものとなっている。都市の外には乗合馬車があり、内側には辻馬車が指定の場所で何時も待機しているのだ。辻馬車は現代で言う所のタクシーの様なもので乗合馬車と比べると値段が高く設定されているが(その分、良いキャリッジが用いられている)目の前のはそうそうお目にかかる事の無い貴族御用達のスペシャル仕様の様だった。


「お待ちしておりました」


「はぁい、お疲れ様ネ〜」


手を振り振り、気心の知れた挨拶を交わす二人、騎士の方はそれでもお堅い敬礼だったが。


「さぁさぁ、どうぞお入りなって下さいネ」


リリアリスはフレームと同じ薔薇を模ったキャリッジのドアを開けてチェイス達を招き入れる。

対面式の座席は思いの外広く間取りされていて明るい茶系統の美しい座席は外装と相まって高級感に溢れていた。

ドアの横で一礼しながら招き入れるリリアリスが輝いて見える程に。

果たして俺たちがこの中に入って良いものなのだろうか?

急いで自宅を出たのだ。お世辞にも綺麗な服とは言えない。そんな気遅れ気味のチェイスの横を通り過ぎる物怖じしない一人の男いた。そうオリバーだ。


「おお!」


に一番手で乗り込んだオリバーは余りの座り心地の良さに驚きの声を上げている。


「なんだこりゃあ!この座席すげぇフカフカじゃないか!ソフィーちゃん、ちょっとコッチに座って見ろよ」


手招きに応じて隣に座るソフィーもウンウンと頷いている。その座り心地を確かめる様に二人は何度も何度も身体を揺らし始めた。

全く、二人とも剛気な事だ。

ケリーに続き一番最後にチェイスは乗り込む。

確かに、フカフカだ。

そんな些細な感動を味わっているとリリアリスは未だ弾み続けるオリバーとソフィーを満足げに眺めながらドアに手を掛ける。


「御者は私が務めますネ。直ぐに出発するからあんまり弾み過ぎると大変な事になるから其処までにするネ〜」


彼女の警告にピタリと動きを止めるオリバーとソフィー、息もピッタリだ。

変なチームワークが形成されつつあるな。

そんな事を考えていると、リリアリスの言葉通り直ぐに馬車が動き出した。



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