職人の頂

千石柳一

三回戦

「よう伊崎。相変わらず寿司は心とか言ってんのか?」

「鈴木先輩……力に溺れた寿司をお客さんに出して……!」


 殺風景な闘技場で、二人の男が対峙していて。

 そこには風と、寿司職人特有の闘気が流れていた。


「ま、昇段ついでだ。お前の職人魂も握り潰してやるよ。いくぜ!」

「唸れ! 俺の寿司ッ!」


 すでに開戦の合図はされている。

 互いに一直線に突っ込み、その手に握っていた中トロを叩きつけ。

 生じた大爆発が、コロシアム全体を揺るがした。


「イヤッハァアアア!」

「ヘイラッシェエイ!」


 爆風で吹き飛んだ二人は空中で体勢を整えると、次々とネタを握って撃ち合う。

 トロ、イカ、ウニ、イクラ――。

 握るネタには力が宿り、それを自在に操って戦うのが寿司職人。

 握り、放ち、爆ぜ、瞬きも惜しい空中戦が展開される。


「これが『空上』をかけた職人の戦い!」

「目で追うのも精一杯だ!」

 闘技場を埋め尽くす五万の寿司職人が、二人の激闘に沸き立つ。


 読者の皆様もご存知の通り、寿司には並・上・特上・極上・最上・空上・雲上・天上といった階級が存在する。

 勿論これは握る職人の階級であり、特上の職人が握った寿司は「特上寿司」となる。


 昇段には公式試合に出場し一定の成績を収めねばならず、「空上」以上の職人の名は永遠に寿司界に残る。

 寿司小説を読むほど寿司通の皆様に当然の常識を解説する非礼を詫びたい。


「軟弱職人が! 所詮寿司は力なんだよ!」

「負けるか! 心の寿司がッ!」

「――!」


 決着は一瞬だった。

 刹那の隙に伊崎が撃ったマカジキが鈴木の胸を穿ち、大爆発が熾きて彼は地面に激突した。

 闘技場に、静寂が降り。


「俺が、負けた……?」

「先輩だって、昔は言ってたじゃないですか」

 呻く鈴木に歩み寄って、伊崎は言う。


「寿司は心で握るんだ、って」


 気絶した鈴木をその場に、闘技場を後にして。

《伊崎職人、四回戦進出!》

 万雷の拍手を背に、伊崎はさらなる高みへと進む。

「天上」――寿司職人の頂を目指して。

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職人の頂 千石柳一 @sengoku-ryu1

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