6月16日 ラブレターと後輩と……
昼休み。
「さて、購買にでも行ってくるかな」
「あ、永山くん購買行くの?」
「え、ああ、そうだけど」
いつものように購買に行こうとしていると、横から急に話しかけられた。横を向いてみると、畠中麻莉紗が横から話しかけてきたようだった。その奥では片倉さんと大崎さんが席をくっつけていた。いや、俺に話しかける前に手伝ってやれよ。
「ちょっと頼まれ事してもいいかな?」
「どうせ購買で何か買ってきて欲しいんだろ?」
「おお、流石っ。話しが早くて助かるなぁ」
いや、麻莉紗が購買に行くのって聞いてきた時点で誰でも勘付けるだろう。彼女は手を合わせながらごめんねとでも言いたげな顔をしていた。別にパシリには慣れているから問題ない。主に妹にだが。なんか兄としての威厳なくないか?
「いつものごとく焼きそばパンを買ってきて欲しいんだ。後、中庭の自販機で牛乳もっ」
「あ、それならあたしはイチゴミルクを」
「アカネはりんご味のおしるこを買ってきて欲しいぞっ」
「お前ら図々しいな……」
後ろで準備をしていた片倉さんと大崎さんまで俺に頼んできた。てか、りんご味のおしることかうちの中庭の自販機に売ってんのかよ……。初めて聞いたぞ。なんか美味そうでもないし。
後でお金は返すという条件で急いで購買に向かう。何せ焼きそばパンは購買で売られているパンの中でもダントツの人気を誇っており、授業終了から僅か5分で売り切れてしまうのだ。なんか学生の思い出の味が焼きそばパンってのも頷けるなぁ。
~*~
階段を降り切ると、購買には既に人で埋め尽くされていた。これじゃあ、焼きそばパンが残ってるかは微妙そうだぞ。俺は意を決して購買の人ごみに入ろうとした時、横で小さい身長でピョンピョンと跳ねているツインテールの少女がいた。
幼女体型の少女は跳ねたり、僅かに出来た隙間から入ろうとしてみるが、すぐに弾き返されてしまう。派手に尻餅をつき、スカートの中が見えてしまっていた。しかし、少女は諦めずに立ち上がり、再び突撃をしてみるが、結果は同じ。……正直、これ以上見ていられなかった。
「だ、大丈夫?」
「ひゃうっ!?は、はいぃ!だ、大丈夫れすっ」
ダメだ、これ。全く大丈夫そうではなかった。俺は手を差し伸べると、少女は驚いて身体をはねさせたが、恐る恐る俺の手を握り、俺はその腕をグッと引っ張り上げて少女を立たせた。
「大丈夫か?派手に転んだりしてたけど」
「は、はいっ。大丈夫です!」
「そうか。それより、君も購買でパンを買いに来たのか?」
「は、はい。でも、こんなに人がたくさんいるなんて知らなくて……」
「何が欲しいんだ?」
「はい?」
「君は何を買いに来たのかを訊いてるんだ。代わりに俺が買ってやる」
「で、でも、そんな、初対面の方に……」
「遠慮すんなって。俺も購買で買いに来たから一緒に済ませたほうが早いだろ?」
「そ、それじゃあ。め、メロンパンと、か、カレーパンを―――」
「メロンパンとカレーパンな。任されたっ」
俺は少女の欲しいものを訊いて、そのまま購買の群れに突っ込んでいく。右から左から押し付けられ、なかなか前に進まない。かと思いきや、誰だか知らないやつの腕が俺の腹を直撃し、モロに入った。だが、俺は倒れずに前に進んでいく。そして、ようやく目的地である購買のレジにやってくると、俺は金の持っている右手を伸ばし、購買のおばさんに聞こえるような大きな声で言った。
「焼きそばパンとメロンパンとカレーパンをくれっ!」
~*~
購買の群れがなくなったのはそれから5分後だった。俺は残っているコッペパンと食パンの耳を買った。
「まさか、自分の分のパンを買い忘れるとか。ありえねぇだろ……」
俺はその場で落胆した。本来なら焼きそばパンとカレーパンを買う予定だったが、俺の買いたかったものが見事に頼まれた物リストと重なっていたため、焼きそばパンとカレーパンを2つと言い忘れていた。よって、俺の今日の昼はコッペパンと食パンの耳だけになってしまった。俺は貧乏人かよ……。
仕方がないので中庭の購買に行こうと昇降口に向かう。下駄箱の扉を開けると、朝の時にはなかった手紙が入っていた。ピンク色の封筒を取り出してみる。『永山先輩へ』以外には何も書かれていない。差出人不明の手紙であった。
「お、落ち着け。これは、その、一種のラブレターってやつで大丈夫だよ、な。アンダースタンド?」
誰に理解を求めているのか全くわからない独り言を呟く。心を落ち着けるためには必要な行為であった。いやいや、早まるな、秀和よ。これは何かの罠であるかも知れない。最近のいじめは巧妙なものが多いと聞く。これももしかすると、俺に恨みを持った人間が俺をいじめる目的で仕掛けている罠の可能性も否定できない。
「とりあえず、これは教室で読むか」
ラブレターらしきものをポケットに仕舞い、靴を履きかえて中庭へ急ぐ。結構時間も掛かってしまっていたので急がないと麻莉紗に文句を言われてしまうかもしれないからだ。
中庭で頼まれていた飲み物と、自分の分の飲み物を買う。驚いたことに本当にりんご味のおしるこが学園の自販機に存在していた。
~*~
「遅い」
「仕方ねーだろ。自分の分を買い忘れてたんだから」
結局いちゃもんをつけられる始末になってしまった。約束していた焼きそばパンを渡したはいいが、時間が15分も過ぎてしまっていることに麻莉紗は怒っているようだった。理由を話しても―――、
『言い訳は聞きたくない』
の一点張りで俺は理不尽に怒られている。
後ろの方で冷たい視線を送られているような気がするが、俺は無視をする。と言うか、無視以外の選択肢がなかった。
「まあ、ちゃんと目的のものを買ってきてくれたんだし、今日はここまでにするよ。お昼休みも時間がないし」
「……さいですか」
身勝手な理由で解放された俺は自分の机に座り、買ってきたコッペパンの袋を破り、それにかぶりつく。うん、普通にうまい。質素感が何とも言えないけれど。これで腹を膨らませるのは無理がある。パンの耳でもそんなに量があるわけではない。食パン3枚分の耳が入っているだけである。まあ、サンドイッチが売れるからできることであるのだろうが。
しばらくパンをかじっていると、思い出してポケットの中を探る。中庭に行く前に見つけたピンク色の封筒。多分ラブレターだと思われるものは、ちゃんと中に入っていた。夢でも幻覚でもないらしい。ここで開けるのはまずい気がしたので、教室を出て屋上へ向かう。
重い鉄の扉を開ける。施錠されているわけではないので、生徒なら誰でも入れてしまう。しかし、屋上はしばらく使われていなかったため、錆びれた鉄格子や腐り始めている木製の長椅子があるだけで人の気配は全くない。一人になりたい時は絶好の穴場スポットである。
「ここなら大丈夫だろ」
俺は封筒を取り出し、向日葵の花のシールを剥がす。その中には一枚の紙切れが入っていた。二つ折りにされているそれを開く。
手紙の内容は『放課後に屋上で待っている』というものだった。やはり差出人は不明だったが、字の丸っこさからいたずら目的で入れたわけではないのだろう。
「……まじか」
やべぇ、緊張してきた。嫌なほど心臓がバクバクしている。初めてもらうラブレターに緊張しないやつなんているはずがないだろう。しかし、俺は嬉しさで浮き足立っていた。
そこにチャイムが鳴り響く。
「結局食べきれてないし……」
パンの耳をかじりながら、屋上を後にする。全ては放課後にわかることだ。ここは大人しく放課後まで待つべきなのだろう。……残ったパンの耳はどうしようかな。
~*~
「起立、礼」
クラス委員の号令が終わると、クラスメイト達はバラバラと教室を出ていく。ようやく放課後である。俺は荷物を整理していると、誰かに肩を叩かれた。後ろを向くと、頬を指でつつかれた。
「えへへ、引っかかった」
「……そういう行動は控えて欲しいって言わなかったか?」
「嬉しくないの?」
「まあ、嬉しいんだが……」
片倉さんの顔が俺の視界に入ってくる。無邪気な子供のような顔を俺に晒し、微笑んでいた。何が面白いんだが。
「それで、俺に何か用か?」
「今日の放課後空いてる?」
「残念だな。今日は先客が二人ほどいるから無理だ。また後日だな」
「そっか。それなら仕方ないか。まあ、孤独を貫いてる人からしたら余計なお節介だよね」
「……なんか妙な言い回しをされている気がするが。そういうことだ。また今度にしてくれ」
「一人は妹さん?」
「そうだよ」
「じゃあ、明日は確実にしたいから先に言っておこう。明日なら空いてるでしょ?」
「そうだな。空いてるな」
「なら、デートしよっ」
「ブっ!?」
「うわっ、汚っ!?」
不意な言葉に思わず吹いてしまった。恋人でもない俺らが何故にデートに行く必要があるのか。
「何でデートなんだよ」
「ん~?男の子の意見も聞きたいから?」
「また服の話か?」
「そうっ。あ、ちなみにマリちゃんとあかちゃんもいるよ」
「デートじゃねーじゃん、それ」
「ん?それとも両手に花?」
「勉強できるやつだよな!?お前!」
三人も女子がいる時点で『両手に花』って言葉を使うのはおかしいだろ!絶対にわかってて言ってるな!?そもそもデートの意味も履き違えてるってどういうことだよ!
俺が心の中でツッコミを入れていると、片倉さんはクスクスと笑った。
「体育祭実行委員の時から思ってたけど、ほんとに面白いよね、君」
「そうか?別に面白いことなんて何もしてないぞ」
「人として面白いってことだよ」
「人格を馬鹿にされてる!?」
「してないって。あはは」
してないって言いながら笑うのやめてくれませんかね?意外と傷つくんですよ、それ。
「お~い、安杏っ!早く行こう!」
「今行くっ。それじゃあ、また明日ね」
「おう」
片倉さんが教室を出ていく。いつもの三人組で帰っているのだろう。とても楽しそうにしてるしな、あのグループ。教室が和むひとつの理由でもある。
「さて、俺もそろそろ行くか」
ちゃっちゃと妹のところに行かないとな。まずは屋上。そこを目指して走っていった。
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